誰が勝者で誰が敗者なのか
お待たせしました。ちょっと長いです。
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今までのあらすじ。
温泉にきました。入ります。
「何でまだここにライアンがいるんだ?」
ミーシェさんに叩かれ、別の部屋に連行されたライアン。
そして、この部屋の説明を受け終わってやっと落ち着けると思ったら、ライアンがふらりとやってきて居座っているのだ。
「ほら、アポロさん。月華にはライアンさんの居場所がないのですよ。だから私達の所に来たんですよ。アポロさんも元ぼっちとか言ってましたよね。気持ちがわかるでしょ?」
「ライアンを貶すのはいい。だが、俺を貶すことは許さん」
「俺のこともフォローしてくださいよ!!」
「せっかくアポロさんのことをネタにして話を落としたのにわかってませんよ、コイツ」
アルが俺の耳元でコソッと言う。ライアンが会話に入って来たのが嫌だったのだろう。
「だな。ライアンが本当に居場所がないとか相談されたら困るぞ。せっかくの温泉なのに暗い話なんて」
俺も小さい声でアルに返す。
「ですよねぇ。こっちは観光モードに移行してますから、シリアスとかノーサンキューです」
「あの……聞こえているんですけど」
「あ、でも迷える羊で馬車馬のように働く奴隷精神を持った人物を探してなかったですっけ?」
「ああ。そんな話あったな。冗談混じりの話だから本気にしてなかったが、本当にそんな人物がいてもいいな。でも、ライアンはそのような人物ではないぞ」
ちらっとライアンを見る。
なんか凄い複雑な表情をしているが気にしない。
きっと彼は今の居場所がない状況に憂いているのだろう。
「それは洗脳すればいいのですよ。相談にかこつけてやってしまえばいいんです。そんな人物いないなら作ればいいじゃないですか理論です」
「相変わらずエグいな、アルは。でも、やるか。良い人材は欲しいからな」
そこでアルとの内緒話をやめる。
空気を変えるために咳をして、ライアンに向かい合う。
「あ、その。ライアンに月華の居場所がないって話だよな」
「違いますよっ!!」
ライアンはすごい剣幕で反論してきた。
人は図星をつかれると焦るものだ。
大丈夫、わかってるから。
「その。なんだ、居場所がないと世界に必要とされてないって思うからな」
「変な慰め方しないでくださいよ!
迷える羊の再建の話が聞きたいのですよ。俺はそのために来たんですよ」
「なんだ。そうなのか」
「絶対わかっててやってたでしょう」
ライアンが目を細めて俺を睨む。
が、それも一瞬。呆けた顔で俺に問いかける。
「あれ?リンさんとベクトラさんは?」
「ん?風呂に入ってる」
この月華の間にはこの離れ専用の温泉があるのだ。
リンとベクトラは温泉があると聞き、すぐに入りにいった。
俺も入りたかったが、大衆浴場のように男風呂、女風呂と分かれていないので部屋にお留守番なのだ。
「じゃあ、行きますか」
ライアンが至極真面目な表情をしながら立ち上がる。
「どこにだ?」
「決まってるでしょう!覗きにですよ!
そのために俺達はここにいるのでしょうが!」
「いや、再建の話だろ」
「そんなんどうでもいいでしょう!アポロさん頭おかしいんじゃないですか!?」
「言い切りやがったぞ、こいつ」
「アポロさん、アポロさん。ライアンさんを上手いこと使って覗きをしましょうよ。罪はライアンさんに押し付けるのです。命の恩人達に非道な行いをするってミーシェさんに言ったら何が貰えるか私気になります。
お金?アイテム?それとも、この月華?」
「やっぱ止めましょう。再建の話をするために来たんです、俺は」
ミーシェさんの名前が出た瞬間、ライアンは元の位置へ座り直した。
その瞬間、部屋の扉が開いた。
入って来た人物を見て、俺とライアンは顔を見合わせる。
「どうしたの?」
そんな俺らの態度を変に思ってきたのか、入ってきた人物であるリンが首をひねる。
温泉に入った後なので、金色の髪はしっとりと濡れ、白い肌に微かな赤みがかかっている。浴衣に似た前合わせの衣を着ていた。暑いのか帯をきつく締めずに緩めている。首元、もっと言えば鎖骨が丸見えだ。
部屋の中ということで安心しているのだろうか。男の視点から言えば無防備に近い感じだ。わかりやすくいうとエロい。
「エロいですね、リンさん」
「エロい!?」
言われると思わなかったのか、驚愕の声をあげるリン。
自分の体を見直して、着崩れてるのに気付き慌てて服の乱れを直す。
そして、紅潮した顔で上目遣いに俺を睨む。
「エッチ」
「待て、俺は何もしてない」
「あの、俺はアルさんのせいで最初の登場以外ほとんど見えてないのですが」
リンが登場してすぐ、ライアンの目前にアルが来て視界を塞いだらしい。
ライアンが小刻みに動こうとしていたらしいが、その度に位置を修正していたとのこと。
「リンさんの痴態は私が守った!」
「痴態って言うな!少し服がはだけてただけでしょ!」
「リン殿、ついにエロフの目覚めか!?」
「いきなり出てこないでよ、ベクトラ!
それにエロフって何よ!私はそんなんじゃないから!」
アル曰く、エロに目覚めたエルフがエロフとのこと。
「なに、皆が楽しそうに話しておって、混ざりたかったのじゃ。
自慢ではないが拙者は寂しがり屋じゃ!」
「本当に自慢になってないわね、それ」
「あの、何で俺の目に布が巻かれているんですか」
「あ、ここからは部外秘なので。非公開にしまーす」
ライアンの顔には布が巻かれ、目が塞がれている。勿論、アルが巻いたからだ。どこから布を出したんだろうか。
そして、なぜ目隠しをされたかというと。
「ベクトラ……その格好は駄目だと思う」
「そうよ。エロフって言うならベクトラでしょ!」
ベクトラの格好はリンとは比べ物にならないくらいにはだけていた。
浴衣に似た前合わせの衣をまとっていたのはリンと変わらないが、普通なら衣がずれないように帯で結びつけるはずが、それをしていない。本当にまとっているだけの状態。胸の半分以上は露出していて、かろうじて大事な部分が見えないという有り様。ふとした拍子で見えてしまいそうだ。
堂々と露出しているのはベクトラなのに、それを見たらこちらが悪いように思ってしまう。
「いや、なんかベクトラさんは別枠ですね」
「なんで!?」
「侍じゃからな。そして、これでも有象無象の者には触らせたことがないのじゃ。気を許した者にしか肌を触らせぬ!」
「って、その格好で俺の腕を掴もうとするな!
さっきの台詞はどうした!?」
「ういのう!ういのう!
アポロ殿は主殿じゃからこれくらいは平気じゃ!これ以上は無理じゃが」
「ベクトラ!駄目。それはほんと駄目!」
「そうですよ、流石に刺激が強すぎるので夜でお願いします」
「大丈夫じゃ。
主殿が触ろうとしたら避けるのじゃ!」
「生殺しだと思うのは俺だけか……」
「あの、そんなことより。何で俺は部屋を閉め出されるのですか?
って夜に何が起こるのですか!?酒池肉林ですか!俺もって母上!!?」
何故か部屋の外からライアンの声が聞こえたと思ったら、母上の声を最後に声は聞こえなくなった。
1分後、遠くから悲鳴が聞こえた。
「はぁ、疲れた」
月華本館から離れへの帰り道。
思わずため息が出た。
あれから食事をして、さぁ風呂へ行こうと思ったらライアンが来て再建の話を聞きに来たのだ。
長くなりそうなので俺一人でライアンの相手をすることに。
月華本館にあるライアンの部屋で男同士顔を突き合わせ深夜まで話した。
迷える羊がどうして再建が必要になり、どのような経緯で俺達に話が入ってきたか、俺達が何を考え再建を着手し、何を目的にしたかも。
そして、今何をしたいか。
語れる部分はほとんど話したような気がする。
ライアンは興味深そうに俺の話を聞いていた。迷える羊の話は素晴らしい接客態度で美味しい料理が食べられる予約制という珍しい形態のお店。アルの知恵で再建が成功したと。町の噂を拾い集めただけでは手に入れられない話を聞くことができたからだ。
あちらにも有意義な話だったみたいで、ライアンが出来る範囲で色々俺に協力してくれる約束を取り付けた。
「しかし、どうしよう」
離れの前で止まる。
時間は夜更け過ぎ。
リンやベクトラは寝てるだろう。
俺も眠たいので寝てもいいが……。
「やっぱり温泉に入るか」
明日には出発なのだ。このまま温泉に入らずだったら、何のために高級宿に来たのかわからなくなる。
そのまま離れに入り、温泉のある部屋へ歩く。
脱衣所で着替え、温泉へ。
「凄いなぁ」
湯壺は石で積み立てられており、15畳ぐらいの大きさだろうか。
源泉から流れ落ちる音が、風が吹けば木々の葉の揺らす音が響き風情を感じさせてくれる。
温泉の色は乳白色で温泉から出る湯気と相まって神秘性すら感じさせる。
「あったかい……素晴らしいな」
体を布で綺麗にした後、温泉に入る。
深さは座ると胸の少し上くらいとちょうどよく、乳白色のさらっとした感じの温泉が体にじんわりと浸透する。骨抜きになりそうだ。
「お……」
湯気で最初見えなかったが、温泉の奥に大きな石がある。
立った人が三人分くらいだろうか。
天然の岩と言うべきものが温泉の中に鎮座している。
「肩をかけるにはちょうどいいな」
いそいそとその石の元へ。
温泉に骨抜きにされて、力を入れるのも億劫になってきたのだ。寄りかかるものがあるのでこれ幸いと利用する。
入り口から見えないように裏側に周り腰をおとす。
「さて、ちょうどいいし。キャラメイキングでもするか」
別に風呂に入っているのは俺一人なのでどこでステータスを見てもいいのだが、根がチキンなのだろう。少しでも危険の低い場所で。
これで、突然誰かが突入してきてもバレないはずだ。
ステータスと呟く。
「お、レベルがあがってる」
さきの戦闘のおかげでレベルが1あがっていた。
レベルアップのおかげでポイントが3ある。
何に振り分けるか。
少し考えた後、INTが38だったのできりよく2ポイント、残った1ポイントをAGLに。
「ふぅ……三日月か」
正直、眠かったのであまり考えずに決めた感じだ。
見あげれば、三日月が夜空に光っていた。
満月も綺麗だが、三日月も満月に負けないくらい綺麗だと思う。控えめな佇まいと言うべきか、侘び寂びを感じさせる趣きがあるのだ。
温泉に入りながら月を眺めるのは格別だ。欲を言えば、温泉に月が映り込めばいいのだが、乳白色のこの温泉では無理だろう。
せめて、想像で我慢するか。
まぶたを閉じ、イメージする。温泉に浮かぶ月の姿を。ゆらゆらと浮かび、波が起これば姿を変える三日月を。
「はっ……!」
気がついたら、寝てた。
首を振り、残っていた眠気を振りほどく。
月の位置から判断するに、寝てたのは1時間にも満たないだろう。危なかった。もし、温泉で寝てたため溺れて死亡という事態になったら、笑うに笑えない。
立ち上がると、若干ふらついた。
のぼせかけているな、これは。石に手を置いて体を支えながら石を回り、脱衣所の方に。
行こうとしたら………。
「……………は?」
「……………え?」
何故か、温泉に、人がいた。
理解できずに止まる。
そこには目を瞬かせながら、口をあんぐりと開けているリンがいた。
当然、温泉に浸かっているので服を着ていないばかりか、少し離れた位置に桶を浮かべ、遠くに行かないように手を当てて支えているので胸のきわどい場所が見えそうになる。
「きゃああああああああ!」
「待ちなさい!それ、私の台詞でしょ!」
「リンがついに痴女に、痴女に!?」
「ついにって何!?ちょっと私のイメージおかしくない!?」
「最初会った時、高潔なエルフだと思ったのに、思ったのに!」
「私は今でも高潔なエルフよ!」
よし、今のうちだ。
リンが混乱している隙に抜けだそう。
「じゃあ、そういうことで」
リンを背にしながらこそこそと出口に向かおうとする。
「待ちなさい」
だが、数歩進んだ所で冷たい声が場に響いた。
くっ、混乱からこんなに早く立ち直ったのか。
「今から塾があるから」
「そんなものないでしょ。今、夜中よ」
「くっ、殺せ」
「そんな小芝居いらないから、座りなさい」
「はい」
逆らえず、温泉の中に腰をおろす。
温泉に入るとちゃぷんと音が鳴った。その間抜けな音と今の深刻な状況のギャップに笑うに笑えない。
温泉に浸かり、所在なさげに月を見る。リンの方向を向いて話をしたいが、無理だからだ。代わりに姿の欠けた月を相手にしよう。
「何でここにいるの?
あ、振り向いたら殺すわよ」
「ええと……」
どう言えば正解なのか。
「火の精霊よ……」
「ちょっと待って!何で攻撃態勢なの!?」
早く言えということか。
「お、俺は風呂に入ってただけだ!」
咄嗟に出た言葉だけあって、意味不明だ。
温泉なんだから、風呂に入りに来たに決まっている。
「そりゃわかってるわよ。問題はなんで今ここに入ってるのよ」
「ライアンに今まで捕まってたんだよ。それに月華に来たのに温泉に入ってなかったから入りに来た……かな」
事実をありのままに説明するが、リンを納得させる自信がないので語気が弱くなる。
「脱衣所に私の着替えがあるのに?」
リンは責めるように言い返す。
温泉はもとより、脱衣所も一つしかないので誰かが入ってたらわかるはずである。リンはそう言いたいらしい。
だが、
「俺の方が先に入ってたぞ」
「え!?」
予想外だったのだろう。
リンの語気が弱くなる。
「ほら、あそこに石があるだろ。あそこに寄りかかって寝入ったんだ。1時間ほど前くらいから入ってた」
「え………」
最初に俺が入った時は誰もいなかったのだ。
それは確認済みだ。
だから、俺が寝入ってる間にリンが入ったことになる。
「リンこそ脱衣所に俺の着替えがあるのに入って来たのか?」
リンの言葉をそのまま返す。
背後で水しぶきが舞う。姿が見えないが、どうやら慌てているようだ。
「えっと………その………ごめんなさい」
どうやら、俺の着替えを見てなかったらしい。
「……………俺が悪いわけではないのはわかってくれた?」
「…………うん」
無実が証明された。
居眠りしてたのが悪いと言えば悪いのだが、善人であるリンはそこまで気がついてない。
「……で、どうするの?」
「どうするとは?」
恥ずかしさを押し殺した声でリンが聞いてくる。
だが、どういう意味か俺にはわからない。
「……………」
返ってきたのは無言の返答。
「……ど、どうするとは?」
再度問い返す。
「このまま入るの!?どうするの!?」
静寂から一転、大きく、そして羞恥が入り混じった声が響く。
「えっ……」
「振り向くなぁ!」
「もるふぁぁぁ」
予想外の提案に思わずリンの方向へ振り向こうとしたが、首を回されて阻止された。
首から変な音が聞こえたが、生きている。よかった。
なんで町の中で死にそうな目に何回もあってるんだ、俺は。
「振り向くなと言ったでしょう」
「す、すまん」
リンの手が首から離れる。
「……で、どうするの?」
リンは再度繰り返し聞く。
恥ずかしさがありながらも、何かを期待する物言いに戸惑いを覚える。
何が正解なのか。
首を折られそうになった衝撃で色々と飛んだが、リンとの会話を思い出す。リンは出て行けとは言ってなかったはずだ。
「えと、リンは俺がここにいてもいいのか?」
「今まで入ってたんでしょ?」
「そりゃそうだが……」
女性としてそれでいいのかという言葉が出かかったが慌てて飲み込んだ。
「事故だもの。事故!
お互い悪くないんだし、出てけなんて言えないわよ」
リンは事故を強調しながらそう言った。
半分以上リンの注意不足のような気がするが、寝てた俺も悪いのでお互い不幸な事故で済ました方がいいのだろう。
「では……このままで」
「うん……」
いや、違うだろ。
出て行けばよかった。
場の空気に流されているって言ってしまったが、出て行くのが正解なはずだ。
事故なんだから。1時間も入ってたんだから、のぼせかけているはずだ。
頭がまわらないのは、のぼせているせいなのか、この場の状況のせいなのかわからない。
振り向かなくてもわかる。リンの近さが。俺が振り向くのを阻止するために近距離に来たために。
背中合わせに近い状況は嫌でも存在感を感じさせる。
リンが少し動くと、水しぶきの音がする。
見えないから、逆に想像力を掻き立てられる。
少し動いたとか、姿勢を変えたとかわかるんだ。
「ん………」
リンの吐息。
何でもない一言。
つい喉から出た言葉。
そのはずなのに、何故こんなに艶かしく聞こえるのか。
「ねぇ」
「はいえす!」
突然声をかけられ、心臓が波打つ。
「何でそんなに返事が変なの?」
「気にするな。驚いただけだ」
「そうなの………」
そしてまた沈黙が辺りを支配する。
気まずい。
それはリンも同じなのだろう。
「何か喋ってよ」
「何かって……」
「黙っているの気まずいのよ」
「そう言われても……」
顔の見えないこの異常な状況で何を話せばいいんだか。
「か、顔が見えないこの状況では話し辛いな」
「そ、そう?」
「うん。ほら、リンだって口数少ないし……」
「私は別に……」
リンはそう言うが、いつもの元気さはない。
この気まずさも顔が見えないせいだ。きっとそうに違いない。
だから、ここから出れば解決するはずだ。
自分でもよくわからない理論武装をして出ようと決心する。
その時だった。
「ねぇ、じゃあ布出して」
リンがそんなことを言い出したのは。
「え……」
去ろうとして準備していた言葉が引っ込む。
「布よ、布。体を隠せるぐらいの。持ってるんでしょ」
リンが羞恥のためか早口で言う。
「持ってない」
手ぶらだ。
温泉の中に何も持ち込んでいない。
「アイテムボックス」
「あ…………」
失念してた。
そういえば俺にはそんな便利なものがあったを忘れていた。
のぼせかけているせいか、さっきから思考が変になっている気がする。
アイテムボックスからバスタオルぐらいの大きさの布を取り出す。
タオルを掲げ、リンに聞く。
「このぐらいの大きさでいいか?」
「うん。そのまま温泉に置いて。
こっち見ないでね」
リンに言われるまま掲げた状態から手を放す。
布は重力に引きずられるまま下に落ちる。
視界の端で布は温泉に落ち、漂ったがそれも一瞬。すぐにどこかに引っ込んだ。
「んしょ……」
リンの声とジャブジャブと水をかき分ける音が聞こえる。
「こっち見ていいわよ」
その一言が胸が高鳴る。
ドキドキと胸の鼓動が早まる中、意を決して振り向くと、
「やっぱりか」
「待ちなさい。なんでちょっと残念そうなのよ」
俺が渡した布をリンは体に巻きつけていた。
もしかして、という淡い期待が打ち砕けたのだった。
常識的にありえないと思ってはいるものの、期待せざるを得ないのは男としての宿命なのか。
「リンが痴女の可能性がでてきたからな、もしかしてと思ってな」
「本気で思っているなら殴るわよ」
ジトーッとした目でリンが睨む。
薄布一枚だけ巻いている姿のリンを見るのは気恥ずかしく、慌てて目をそらす。
「HAHAHA、冗談だよ、リン」
「……なんで芝居口調なのよ。
ま、いいけど。場所を移動しましょ」
リンが立ち上がり、ザブザブと音を立たてて進んでいく。
俺の横を通る時に白く艶かしい太ももが見えた。
ドキリと心臓が音を立てた。
無防備すぎる!
リンからしたら、体に布を巻いているから大丈夫だと思っているのかもしれないが、男の身からしたそれでもギリギリアウトなんだよ。
「ほら、いつまでそこにいるの?来なさい」
パンパンと水面を叩きながらリンが催促する。
そこは、温泉の縁。
腰をかけるのにちょうどいい場所。
「分かった。ってこっち見るなよ」
「え………きゃあ!?変態!変態!変態!」
俺の方を見るなと言う意味がわかったのか、リンが温泉で火照った顔を更に赤らめる。
「待て。まだ何もしていないぞ」
「まだって、まだって言ったぁぁぁ!?
いつかするつもり!?そのつもりなのね!?」
「違うから!立ってもいないという意味で」
「立つ!? 変態!変態!変態!いじめっこ!唐変木!」
やばい。何か変な意味に取り違えてる!
「ち、違う。座っている状態から立ってないということだ!
と、とにかくこっちを見るなよ」
リンが顔をそむけたのを確認して、リンの方へ。
そのまま、手で隠しながら、リンの横へ。
そして、リンの隣に腰を落ち着ける。
この乳白色の温泉なら色が濁っているのでわからないはずだ。
「オッケーだぞ………あ」
「そのあって何!?」
俺もアイテムボックスから布を取り出せばいいことに気づいたのだ。
「ちょっとだけ待ってくれ」
リンがこちらに顔を向けそうになったのを慌てて止めて、アイテムボックスから布を出して下半身に巻きつける。
「いいぞ」
恐る恐るリンが振り向く。
振り向くとすぐに、俺の顔を見た後、俺の下半身を見たのは何故なのか。
温泉は乳白色だから、見えないぞ。
「こ、これでおお、落ち着いて会話でで出来るわね!」
「もうこの時点で落ち着いてないんですけど!」
リンは茹でダコのように顔を赤らめ、そんなことを言う。
暑いのか顔を手で扇ぎながら、チラチラとこちらを見る。
「あ、あのね。そのね……」
リンが喋ろうとしたその時だった。
「待たれい!」
ガラッと脱衣所の扉が開き、中からベクトラが躍り出た。ベクトラは体に布を巻き付けてはいるが、体を隠す部分の面積は狭く、上は胸の半分しか隠しきれず、下にいたってはギリギリセーフとしか言いようがない。
「ベクトラ!?」
「ずるいのじゃ!
何故、拙者達だけのけものにするのじゃ!」
「私も登場です!」
布を一枚巻いただけのベクトラが文句を言いながら近づいてくる。
やばい……。
え、温泉入りに来ただけなのに、何でこんな変なことになってるの?
「え、え?何でベクトラがここに……?」
信じられないと呆然とするリン。
その問いには答えずに、ベクトラとアルらしき者は上機嫌に話す。
「最初ベクトラさんは布すら巻こうとしてなかったので止めました!」
「温泉で布を巻くのはマナー違反じゃからな!
手で隠せばいいのじゃ!」
何故か誇らしげに言う。
そのまま、流れるような動作でかけ湯をして体を巻いてる布を手に取り……
「だめぇぇぇぇ!」
「目がぁ、目がぁ~~~あああああああ~~~~」
ベクトラの体から布が外れようとした次の瞬間、突然横から手が伸びて目に直撃する。
あまりの痛さに目を開けない。
「うぅぅぅぅ………」
じんじんとする痛みがなくなり、やっと目を開くことが出来た。
そこには、布を体に巻いてそっぽを向いたリンと、温泉に桶を浮かべ、桶にお湯を張って寛いでいるアルらしき者と、全裸のベクトラがいた。
「大丈夫か、主殿?」
俺の斜め前方で心配そうに俺を覗き込むベクトラ。
止めろ。この温泉は深いから座ったら大丈夫だけど、動くと見えるかもしれないから!
「私は悪くない」
対してぷいっと機嫌悪そうに顔を背けるリン。
悪くないといいつつ、目線をチラチラとこちらに向けるのは心配してるからだろう。
「せっかくのサービスシーンでしたのにね、アポロさん」
「手で隠すつもりじゃったから見えぬはずじゃがのう」
「そういう問題じゃないでしょ!万が一があるのよ!
ベクトラも女性なんだから慎みを持ちなさい」
「そうは言うがのう、リン殿。
リン殿だけ主殿と一緒に温泉に入るのはどうかと思うのじゃ」
「違うの!?
これは違うの!?アレなの!?」
「深夜、男と二人っきりで温泉に入るのがエルフの慎みというやつですか」
「違う!?事故よ、事故!」
リンは慌てて今までの経緯をベクトラとアルに説明する。
その話を聞いて、ベクトラはフムと頷きながら、
「ならば、すぐに出ればよかろう」
「ですね。そのまま一緒に入ってたら説得力ないですよ!」
真っ当な意見を述べた。
「ち、違うの!?
アポロが先に入ってたから、追い出すのもかわいそうと思って!」
「ならば、拙者も呼ぶのじゃ!
拙者は寂しがりやと言ったはずじゃ!仲間はずれは嫌なのじゃ!」
「わざわざベクトラを呼ぶってどんな状況なのよ、それ……」
リンはその状況を想像したのか、げんなりとしながら呻く。
「まぁ、まぁベクトラさん。今仲良く皆で入ってるのですからいいじゃないですか」
それはいいんだが……。
「なんでアルの体はモザイクかかってるんだ?」
首から下が見えない様にモザイク処理がかかっている。
え、何これ?
仕様なの?魔法なの?
いや、アルの体で裸は駄目だと思うが……。
「は?何を言ってるんです?
裸ではまずいので水着を着てますよ!
どうです、ビキニですよ!似合ってます?」
何言ってるのこの人といった表情でアルは言う。更に、自分の体を見せつける様にポージングをするが、俺にはモザイクがかかっていてよくわからない。
「自分でもこの水着いいと思うのです!
ね、アポロさんもそう思いますでしょ?」
「あ……ああ」
「むふーー!」
アルの熱気に押され、思わず肯定の言葉がでる。
ぎこちなかったが、アルは興奮して気が付かず、俺の言葉にそのままの意味で受け取った。
「問題はリン殿じゃ」
「私?」
深刻な声でベクトラはリンの方向へ顔を向ける。
責めるような声音でベクトラは言う。
名指しされるとは思わなかったのかリンは戸惑いの声をあげる。
「ここは温泉の中じゃ。布を温泉に入れるのはマナー違反じゃ!」
「え!?だ、だって………」
チラチラとこちらを見るリン。
ベクトラは一度俺を見た後、諭すようにリンに言う。
「確かに主殿がおる。しかし、混浴だから当たり前じゃ。
混浴を容認している以上、ルールには従わねばならん」
「ぐっ」
痛いところを突かれたとリンは呻く。
嫌なら出て行けばいいだけの話だと言外にベクトラは言っているのだ。ここにいるのならルールを守れと。
「安心してください、リンさん。この温泉は白く濁ってるのでお湯に入っていればわかりませんよ」
「俺を覗きこんで言うな」
しかし、乳白色の色の温泉のお陰で下半身に布を巻いていてもバレていない。誰が何と言おうと死守せねば。
藪をつついて蛇を出すわけにはいかない。リンには単独で戦ってもらおう。
「のう、主殿もそう思うじゃろ?」
「俺に振るな」
「胸部が豊かなベクトラさんが勇気を出してるのに、胸部が豊かじゃないリンさんが勇気を出さないでどうするんですか、ねぇアポロさん?」
「お前ら、リンをいじめるならリンだけをいじめろ」
リンは外道共の攻撃にぐぬぬと悔しそうな顔をしていたが、突然両手で自分の顔を叩いた。
「リ、リン?」
叩いた後の顔は目が据わっていた。
それは何かを決意した表情。
それとも、何かが吹っ切れてどうでもよくなったと言えば一番正しいのだろうか。
「脱ぐわ」
端的に一言。
リンが言った。
「おぉ!」
「さすがリンさん!」
喝采の声をあげる外道共。
例えマナー違反でも、脱ぐのが恥ずかしい人がいたら許してあげるのが仲間というものだと思うのは俺だけなのだろうか。
リンが布に手をかける。
そのまま胸を手で隠しながら、布を体から離し湯の外へ置く。
「流石じゃ、拙者はリン殿を信じておった!」
「これこそ仲間の絆!
裸の付き合いです!」
「いや、お前水着だろ」
見えないけど、水着のはずだ。
「ふ、ふん。ぬ、脱いでやったわ」
リンは髪をかきあげながら勝ち誇るが、顔が林檎のように真っ赤だ。
しかし、この状況はやばいな。
クラクラする。
俺の横で、恥ずかしそうにしているのはリン。
腕で自分の体を抱いて懸命に体を反らしている。触れれば壊れそうなガラス細工を思わせる白く華奢な体は背中だけ見ても妖艶な魅力がある。
俺の斜め横、悠然と座っているのベクトラ。
リンとは違い、むっちりとした質感で健康的な艶かしい魅力を出している。浅黒い肌が温泉の白い色によく映える。温泉から隠し切れない胸部の豊かさは大事な部分だけを隠している。動けば見える、だが不思議と見えない。
そして、俺の正面にはアル。
何か体中から湯気を発してる。
なに、これ?
進化でもするの?
湯気でアルの顔すら見えないのだけど。
「温泉はいいですねぇ、こんな小さな体でも癒やされます」
「大丈夫なのか、これ?煙たくないのか?」
「はぁ?たまにアポロさんはわからなくなりますね。
しかし、温泉は馬鹿に出来ませんよ、この肌見てください。ツルツルスベスベですよ!」
「いや、肌よりもまず自分の状態見た方がいいぞ」
「おぉ!本当じゃ!ツルツルスベスベじゃ」
自分の肌を触りながらベクトラは感嘆の声をあげる。
「本当ね。それだけが救いだわ」
「聞く所によると、この月華の間に流れる温泉は他とは違うそうじゃ。効能が段違いに凄いらしいのじゃ」
「え、そうなの?」
会話が走りだし、リンの緊張が解けてきた。
背けるようにしていた姿勢も会話をするために体勢が元に戻り、そして自分の体を抱いていた腕も緩んできた。この温泉の深さで助かっているが、水深が胸より下ならアウトですよ、リンさん。
その警戒心のなさに少し心配になる。アルと目が合うとこれがチョロインですよと目で語ってきた。
それより、目だけが湯気から見える光景は恐怖でしかなかった。
「うむ。だからこそ月華の間を建て、利用を制限しているそうじゃ」
「へぇ……でもそれなら一般に開放した方がいいのに。いっぱいお客が来るわよ」
「権威付けだな。貴族や地位の高い人のみが利用出来るという制限をかけることによってプレミア感を出す。ここに入れる人に取ってもそれがステータスになるからな。あの月華の間に泊まれるって自慢できる」
「迷える羊で聞いたような……」
リンは若干わかってなさそうだが、温泉でする話でもない。
無難に話を切り上げる。
「しかし、本当にスベスベね。毎日入りたいわ」
リンは自分の腕をさすりながらぼやく。
月華の間はライアンの命を救ったお礼ということで泊まることが出来たのだ。お客として利用するには莫大なお金がかかるだろう。
リンもそれはわかっているのだろう。はぁとため息をつきながら、名残惜しそうに肌を撫でる。
「うーむ」
俺も自分の腕を触ってみるが、スベスベになったような、なっていないような。
男女の効能の差だろうか。
自分ではわからない。
「どうしたのじゃ、主殿?」
首を捻っていた俺を不思議に思ったのか、ベクトラが聞いてきた。
「いや、俺にはあまり効果がないみたいだ」
「そうなの?」
リンは驚きの声をあげる。
「多分……」
自信がないので曖昧な言い方になってしまう。
「ふむ……ならば拙者の腕を触ってみるか?」
頷き一つ、ズズッとベクトラが近づいて来て俺の方へ腕をかざす。腕が動けばむっちりとした質感ながら、とても柔らかそうな、それでいてつつけば押し返しそうな弾力のあるものが連動してその姿を変える。
「ベクトラ!?」
「腕を触るだけじゃからいいじゃろう」
「そういう問題!?」
「まさかリン殿、主殿に触れられるのは汚らわしいと思っておるのか?なんと酷い……」
「思ってないわよ!」
「なら、腕を触られるのは問題無いはずじゃ」
「うぐぐ………」
リン、弱すぎない?
ベクトラは、ほら、ほらと腕を出して催促してきた。
「やりましたね、アポロさん。そこでバランスを崩して胸を掴むのです!それが主人公のあるべき姿です」
「いや、アル。何か眩しく感じるのでこっち向くな」
アルの体から湯気はなくなった。だが、代わりに変な光の線がはしっていた。
月明かりでは説明できない謎の光の線がアルの体の胸や下半身を隠すのだ。どこからこの光が出ているのかよくわからない。
「もし、腕以外を触れば主殿の腕を折るのじゃ」
「やりましたね、アポロさん。ベクトラさんの了解が得られましたよ」
「いや、許されてないだろう」
もうアルのことについては考えるのはやめておく。
「主殿、触るのじゃ。効能を確かめるのじゃ」
しびれを切らしたのか急かしてくる。
恐る恐る、ベクトラの腕を触る。
「どうじゃ?」
「ツルツルでスベスベです……」
ベクトラの肌は温かく、触れると手を押し返すような弾力がある。押し返すと言っても拒絶感はなく、どうだもっと強く触ってもいいんだぞとでも言うような力強さを感じさせる弾力だった。
温泉の効能のツルツルスベスベという効能よりベクトラの持っている肌の魅力の方が魅力的だった。
「では、次はリン殿じゃ」
「私!?」
えっと驚くリン。
当然と頷くベクトラ。
「もしや、主殿に触れられるのは汚らわしいと思っておるのか?なんと酷い……」
「思ってないわよ、でも……」
「やはり、主殿に触れられるのは汚らわしいと思っておるのか?思ってないなら触れられてもいいはずじゃ」
「おい、会話がループしているぞ」
「主殿もリンの肌を触れたいと思うじゃろ」
「え………」
俺に話を振ってきた。
言葉に詰まる。
触りたいか、触りたくないかと言われると当然触りたい。白く透明な肌は温泉によってほのかに赤く色づいている。元の白さに色づいた肌は何と健康的な色なのか。細いといっても女性らしく柔らかな丸みがあり、女性の素晴らしさを体現している。もし、触れるなら……。
「ほら、主殿も触りたいと言っておる」
「うう……」
「何も言ってないですけど」
「ほら、主殿も触りたいと顔に書いてある」
「認めるから言い直さないでくれ。恥ずかしくなってくる」
多分バレてるのだろう。
正直に告白するほうがマシだ。
リンは呻きながらも恥ずかしがりながら上目遣いに俺を睨む。
「わ、わかったわよ」
「流石じゃ!」
「リンさん最高!」
「ほ、ほら……」
リンは恐る恐るといった感じで腕を俺の方へ出す。
「ツルツルでスベスベです……」
ベクトラに言った言葉と同じ。
でも、感触は違っていた。
リンの肌も温かい。触れると指が沈み込むような感触がする。それは包み込むような優しさがあり、もっちりとした質感は手を離すのを拒否したくなる欲求を抱かせる。
「う、うん、温泉の効能はわかったようね」
リンも恥ずかしいのか、視線を外に向けながら言う。
「まだじゃ!」
「えっ?」
「えっ?」
しかし、ベクトラはそれを許さなかった。
真面目な表情で告げる。
「主殿の肌の感触を確かめておらぬ!」
「俺?」
「そうじゃ。次は主殿の番じゃ。
主殿ご自身では温泉の効果がわからないと。ならば拙者が確かめよう」
「…………」
確かに道理にかなってるような。
「ほら」
ベクトラやリンがそうしたように、俺も腕を差し出す。
しかし、ベクトラは俺の腕を押し返してきた。
「ベクトラ?」
ベクトラの真意がわからず戸惑う。
「拙者は腕じゃなく、主殿の胸板を触りたいのじゃ!」
ベクトラはそんな馬鹿げた発言を力強く言った。
場が凍った。
アルも瞬きするだけの存在になり、リンにいたっては瞬きもせず停止している。
助けを求めて、リンを見る。
救助してくれと懸命に視線を送っていたら、リンはやがて動きだし、
「わ、私も触らせたから……触っても、い、いいわよね」
ボソリと小さな声で言った。
「リィィィィン!?」
これでも常識人のはずだったのに、どうしたんだ!
俺達のパーティーに染まりすぎたのか!?
「だ、だって私も恥ずかしかったのよ!アポロも恥ずかしい目にあわないと平等とは、い、言えないでしょ!」
非難の声をあげると、リンは早口で言い訳がましい言葉を言った。
「で、でもな……」
「アポロさん、貴方の負けです。存分に触らせましょう」
反論しようとしたが、それまで静観していたアルが重苦しい口調で割り込んできた。
「おい」
アルは楽しければそれでいいと考えてるだろう。
その手には乗らん。
「まさか、ベクトラさんやリンさんに触れられるのは汚らわしいと思っているのですか?なんと酷い……」
「まだそのフレーズ使うのか……っておい、ベクトラ!」
気が付くとすぐ目の前にベクトラが近づいていた。
息がすぐ届くその距離。
お互い裸という特異な状況に、思考が停止してしまう。
俺がフリーズしたことをいいことに、
「ご覚悟を!」
「ま、ま……」
「あ、ずるい!私も」
ベクトラが俺の胸を触ろうと手を伸ばす。
フリーズから再起動し、体を傾けることで回避する。
すると、ベクトラが手を伸ばしたことに対抗したのかリンも俺に向かって手を伸ばす。視界にそれが映ったのでそのまま水の中へ逃げ込もうとしたら、リンが動き、姿勢を変えたせいでリンの桜色の突起が温泉から水上へ姿を表し……俺は完全に停止した。
「ぬぉ!これが男の人の胸板か!触るのは初めてじゃ!」
ベクトラは俺が逃げられない様に肩を掴み、もう片方の手で俺の胸を触る。
「わ、私も」
腕がリンの腕に当たる。密着と言ってもいいほどの距離にリンが近づく。片腕は俺の腕につけ、もう片方の腕で俺の胸を触りだす。
「やはり、男の人は違うのう」
「ね、ゴツゴツ?筋肉質じゃないのに硬いわ」
「うむ。主殿は筋肉キャラじゃないのに意外じゃ。たくましいのう」
温泉の効能のツルツルスベスベはどこにいったのか。
リンやベクトラは好き勝手に感想を言いながら、俺の胸板をさすり続ける。女性の柔らかな手の感触と腕に当たる未知の感触のせいで動くに動けない。いや、正しくは何も考えることは出来ず、ただ感触だけが頭に伝わるだけなのだ。
そして、二人にされるがままになる。
「ね。やっぱりアポロも男の人なんだわ」
「癖になる感触じゃ。いつまでも触っていたいのじゃ」
胸板だけではなく俺の胸の先端にも手が当たる。最初はあっと声を出していたが、そのうち気にならなくなったのか、何度も触られる。
そして、触っていた手が胸だけではなく、その下、お腹まで侵食しはじめて……。
「って待てぇぇぇぇ」
それは駄目だ。
思わず立ち上がる。
よし、もう逃げよう。無理だ。
そして、足を踏み出した時だった。
「あ………れ?」
クラッとした揺れを感じ、そのまま湯が俺に近づいて来た?
「きゃあああ!?」
「主殿!?」
俺が湯へと近づいていると気付いた時、リンとベクトラの声が聞こえてきたような気がした。
「はっ」
起き上がった時、そこは朝だった。
日が眩ゆく地上を照らす時間。
周りを見渡すと、そこは俺達が泊まった部屋だった。
俺は布団で寝ていたようだった。
右隣にはリンが、左隣ではベクトラがスヤスヤと寝ていた。
どこか幼い顔つきの二人の寝顔に自然と微笑がこぼれる。
「…………」
そこで、記憶が戻ってきた。
微笑が止まる。
俺は布団で寝た記憶がない。
いつだ。最後の記憶は温泉の場面。リンとベクトラから羞恥プレイを受けてる真っ最中だったはずだ。そこから、記憶が無い。
自分の姿を確かめる。
ちゃんと服を着ている。おかしい。
なら、どういうことだ。
もしかして、もしかして昨夜のことは全て夢なのか。
思わず首を振る。何かを振り払いたかったのだ。
「………んんぅ、ア……ポロ?」
その動作のせいだろうか、眠ってたはずのリンが起きだした。眠たそうに目をこすりながら俺に声をかける。
「リ、リン??」
心臓が早鐘を打つように鼓動する。
ま、まだ心の準備は出来ていない。
だが、そんな俺の事情はお構いなしに時は進み、現実は動き出す。
「大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ってな、何が?」
聞いてはいけない。
そんな予感がした。
それを聞けば、何か恐ろしいことが起こる。
それがわかっているが、聞けずにはいられない。
胸を抑えながら、リンの答えを待つ。
だが、答えは左隣から聞こえてきた。
「主殿は昨日倒れたのじゃ」
いつ起きたのか、ベクトラは布団から起き上がり座っていた。
「た、倒れた?」
まさか、まさか………。
俺から少し視線をずらしながら、ベクトラは言う。
「うむ。昨日温泉で突然倒れたのじゃ。湯あたりじゃろう。リン殿から聞くに長い間入ってたそうじゃ」
「し、心配したわよ」
二人はそう言うが、俺の目を見ない。
俺の顔を見たとしても一瞬、すぐに視線を逸らす。
「あ………介抱したの……は……どなた?」
口元が渇き、声がうまくでない。
だが、聞かなきゃいけない。
温泉で俺は裸だったのだ。そして俺は今服を着ている。
なら、どういうことか。
ライアンだ。きっとライアンだ。俺を助けたのはライアンだ。こういう時のための男キャラのはずだ。
きっとそうなのだと祈りを込めて二人に視線を向けるが、目を合わせない、答えない。
「…………み、見た?」
言わずにはいられない。
でも、何をとは言えない。
二人の頬は仄かな赤から、提灯のように顔を真っ赤に。
「………事故ね、事故」
「………介抱するために致し方なく」
そして、小さな声で彼女達は答えた。
答えたのだった。
「ぎゃやああああああああああああああ!!!????」
「え、な、何!?モンスターですか!?」
月華に響き渡る悲鳴と、その声でアルが混乱しながら起き上がる。
それが俺の温泉街パペルでの忘れられない出来事だった。
更新が遅くなってごめんなさい。
風邪とインフルエンザで1ヶ月死んでました。
これからは通常更新出来るよう頑張ります。
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名前:アポロ(新城響)
種族:吸血鬼とのハーフ
残りポイント0
レベル16
HP236/236
MP129/129
STR:70
DEF:60
INT:40
AGL:56
DEX:55
スキル
剣術3 調教1 鑑定3 分析2 隠蔽4
索敵3 詠唱破棄1 火魔法4 精霊魔法1
精神異常耐性2 直感7 吸血1
装備
黒鉄剣、ブラックウルフレザージャケット、ブラックウルフのズボン
仲間
アルテミス(契約)
リン・エスタード
ベクトラ・レイライン
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