09 雪の女王の岬
09 雪の女王の岬
それから俺たちは、しばらくのあいだフローティア島に滞在。
めちゃくちゃになった人工島を、島民たちといっしょになって復興を手伝う。
精霊姫ふたりと、海の巨大生物たちがいてくれたおかげでかなり作業が捗った。
とくに大王イカと女王ダコは長くて何本もある腕で、魔導重機のような働きをしてくれる。
おかげで人間だけだと何ヶ月もかかる作業を、たった数日で終えることができた。
島民たちは俺をすっかり信仰していて、最後はこの島にずっといてくれと島民全員から引き留められてしまった。
でも俺たちにはやることがある。
その目的を達成した暁には、この島を再び訪ねることを約束し、俺とティフォンとイズミは旅を再開した。
少し後戻りしてしまったが、トコナッツを目指し、ふたたび海の上を走る。
俺は御者席の真ん中にいたのだが、両脇に座っている精霊姫たちは大いに盛り上がっていた。
「ユニバスくんはもっと評価されるべきだよね!」
「はい、おっしゃる通りでございます!」
「しまったなぁ、ロークワット湖もイドオンの村も泉の精霊院も、ぜんぶユニバスくんの名前に変えればよかったよ!
あとで『風のたより』でも送って……」
「おいおい、やめてくれよ、俺の名前が付いた地名なんて、ひとつでじゅうぶんだ」
「「ひとつでじゅうぶん!?」」と目を剥く精霊姫たち。
「さっきわたしたちの言ったこと、聞いてなかったの!?
ユニバスくんはこれまでに、いくつもすごいことをしてるんだよ!?
それこそ、勇者なんかよりもずっと!」
「はい、ユニバス様はおくゆかしすぎます!」
「いや、イズミちゃん、ユニバスくんはおくゆかしいんじゃなくて、鈍いんだよ、自分の手柄に!
だから人間たちにいいように使われちゃうんだよ!」
「まあいいじゃないか。俺は評価されなくても、キミたち精霊が幸せならそれで……」
「そういうとこだよ!」「そういうところでございます!」
それからも精霊姫コンビは、俺がいかにすごいのかを、俺を挟んだ状態のまま語り合っていた。
ホメ殺しされているようで、俺はなんともいえない居心地の悪さを感じていたのだが……。
水平線の向こうに次の目的地である、トコナッツが見えたところで話題を変えた。
「ふたりとも、前を見ろ。もうすぐ上陸だぞ」
「わあっ!? あのちっちゃく見えてるのがトコナッツ!?」
「とても気温が高くて、ずっと夏だといわれている国なのですよね?」
「そうだ。近くに火の精霊の国があって、その熱気が気流の関係で一年中流れ込んでいるから暑いんだ」
「へぇ~! わたし暑いのは苦手だけど、なんだか楽しみーっ! いざ常夏の国へっ!」
御者席から立ち上がり、えいえいおーと拳を振り上げるティフォン。
しかし島のほうから吹いてきた風を浴びると、
「さっ……さっむぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
身体を抱いて、ガタガタと震えはじめた。
たしかに、感じる風はとても冷たい。
しかも島に近づくにつれて、周囲がどんどん冷え込んでいくのを感じた。
「わたし暑いのは苦手だけど、寒いのも苦手なのーっ!」
シュバッと馬車の中に引っ込んでいき、毛皮のコートを着込んで戻ってくるティフォン。
イズミは水の精霊なのでへっちゃらのようだが、馬車の中から俺のぶんのコートも持ってきてくれた。
防寒をしつつトコナッツに近づいていく。
すると海が凍りついていて、たどり着いた浜辺は一面、氷の世界になっていた。
「うわぁーっ!? みーんな凍っちゃってる!?」
「いったい、なにがあったというのでしょうか?」
「見て、あそこ! 氷のお城があるよ!?」
ティフォンが指さす先には、ツララを逆さまにしたような尖塔の城がそびえている。
その下には漁村が広がっているのだが、船はすべて凍りついていて、機能していないようだった。
「あそこはフロウラ岬だ。城には、水の精霊で雪の女王と呼ばれる『フロウラ』が住んでいる」
「雪の女王!? あ、わかった! そのせいでまわりが凍っちゃってるんだね!」
「いや、俺が以前、勇者パーティであの城を訪れたときは、こんなに寒くはなかった。
フロウラは夏の海が大好きだからって、あそこに城を建てたらしい。
そんな彼女がまわりを凍らせるだなんて、考えにくいんだが……。
ともかく、近くまで行ってみよう」
俺はトランスの進路を、氷結の海岸へと向けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらく走ってたどり着いた海岸は、永久凍土のような厚い氷に覆われていた。
城のまわりから村の中、そして海岸にまで、至るところに氷像が置かれている。
その氷像を目にした途端、ティフォンとイズミの表情までもが凍りついた。
「うぇぇ、あれ、勇者の像じゃない!? しかも、あんなにいっぱい!」
「なんだか、胸焼けがしてまいりました……!」
たしかに、気分が悪くなるくらいのおびただしい氷像の数だった。
しかも漁村では、今なお新しい勇者像が量産されている。
ティフォンは村に着くなり、村人たちにくってかかった。
「ちょっとちょっと! みんな、なにやってるの!? そんな悪趣味な像を彫るだなんて、気でも狂ったの!?」
「なんじゃ、お前さんは!? いきなりやって来て、勇者様の像を悪趣味呼ばわりするとは!」
「勇者ブレイバン様を知らんとは、よそものじゃな!? それも、かなりの山奥の!」
「ワシらはフロウラ様のご機嫌を取るために、この像を彫っとるんじゃ!」
「この村は少し前に、いきなりフロウラ様に氷漬けにされたんじゃ!
それで漁にも出られなくなってしまったんじゃ!」
「フロウラ様はこの海で遊ぶのが大好きだったのに、いきなり城に閉じこもってしまわれた!
しかも、吹雪で城には近づくことができんようになってしもうた!」
「なんとか以前のフロウラ様に戻っていただかなくては、ワシらは飢え死にしちまう!
だからこうやって、フロウラ様が大好きな勇者像を彫って、ご機嫌取りをしとるんじゃ!」
それらの情報だけで、ティフォンは合点がいったように、ポニーテールをピンと立てた。
「あ、わかった。そんな気持ちの悪い像を作ってるから、フローズンちゃんの機嫌が悪くなったんだよ。
たぶんいままでのパターンからすると、フロウラちゃんが好きなのは勇者じゃなくて、ユニバスくんで……」
しかしその推理は、即座に却下される。
「そんなわけあるか! だいいち、このまわりにある勇者像は、ほとんどフロウラ様がお作りになったものなんじゃぞ!
こんなにたくさんの像を作るということは、それだけ勇者様を想っている証拠じゃろうが!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そこまで驚くこともないと思うのだが、ティフォンは口から心臓が飛び出しそうなほどに仰天していた。
隣にいたイズミも、開いた口を手を押えて上品に驚いている。
「ゆ……勇者のことを好きな精霊がいるの!? そんな子、いるわけないよ!
それって人間でいったら、ゴキブリが好きだっていうのとおんなじことなんだよ!?」
「はい、おっしゃる通りです! ……ってティフォン様!? それはあまりにも失礼なのでは……!」
「じゃあイズミちゃん、勇者に好かれるのとゴキブリに好かれるの、どっちがいい!?」
「そ……それは……黒い虫様のほうが、まだ……」
「でしょでしょ!?
わたしたち、ユニバスくんの遺言だったからしかたなく精婚しようとしてたけど、そうじゃなかったらゴキブリと精婚するほうがマシだよねー!」
どうやらふたりは、ブレイバンのことが心底嫌いなようだ。















