10 お前は大臣になれるんだぞ! だから戻ってきてくれぇ!(ざまぁ回)
身体をくの字に折り曲げ、つむじを向けるようにして頭を下げるブレイバン。
それは勇者として育てられてきた彼にとって、初めての謝罪。
伏せた顔とその内心は、謝っている人間とは思えないほどに醜く歪んでいた。
――クソっ、この無礼者どもがっ……!
覚えてろよ、お前たちのメス霊どもをモノにした暁には、真っ先にお前たちの首を跳ねてやるっ……!
精霊大臣たちは、勇者の心を読みとっていたかのように、呆れ果てた溜息をつく。
「はぁ……。ブレイバン殿、1時間ほど前に言ったはずです。我々は、誠意ある対応を望んでいると」
ブレイバンはバッと顔をあげ、思わず大臣たちを睨みつけてしまう。
「ぶっ、無礼……っ! あ、いや、なんでもない!
俺様はこうして謝っているではないか! こんなふうに、下げたくもない頭を下げて……!
あ、いやいや、誠心誠意を持って、偉大なる頭を垂れているのだぞ!」
「いいえ。我々はもはや、あなたを偉大だとはこれっぽっちも思っておりません。
それよりも、我々の偉大なる友人であるユニバスさんに誠意を見せてほしいのです」
「あんな無能の極みに誠意だと!?」と言いかけて、あわてて口をつぐむブレイバン。
彼は固めた握り拳の端から血を滴らせながら、轢き潰されるカエルのような声を絞り出していた。
「ぐっ……! ぐぐぐっ……! わ、わかった、約束するっ……!
か、必ずやユニバスを、このフーリッシュ王国に、連れ戻してみせる……!
そして、ちゃんと謝るっ……! 謝るから……!
だから、だから同盟破棄だけは、勘弁を……!
勘弁、してくださいぃぃ……!」
ブレイバンはとうとう床に五体を投げ出す。
吐いた唾を這いつくばって舐め取るような、見事な土下座を披露していた。
しかしそれすらも、精霊大臣たちの心を動かすには至らない。
「ブレイバン殿、我々にはわかるのです。あなたの謝罪には真心の欠片もないことが。
どうせ国王に叱られて、しかたなく我々に頭を下げているだけなのでしょう」
「約束とやらも、我々の許しを得るための、その場しのぎのものにしか聞こえません。
あなたは我々には、ユニバスさんを連れ戻すなどと言っておいて、実際はユニバスさんを亡きものにするつもりでしょう」
ブレイバンはバッと顔をあげ、またしても大臣たちを睨みつけてしまう。
しかしその表情は、いじめられっ子のように泣きべそをかいていた。
「じゃ、じゃあ、どうすればいいってんだ!
どうすれば俺様の言うことを信じて、謝罪を受け入れてくれるんだ!」
「あなたは根本的なところを勘違いしています。あなたが謝意を示す相手は、我々ではないのです。
ユニバスさんと、ティフォン様に謝ってください」
「それはさっき言ったではないか! 連れ戻したら謝ると!
いま謝ったところで、ヤツらには届かないんだぞ!」
「いいえ、届ける方法ならいくらでもあります。
それに我々は、ブレイバン殿の誠意を確かめたいのです。
さぁ、ユニバスさんとティフォン様が聞いていると思って、おふたりに謝ってください」
ブレイバンとしては、『無能』と『メス霊』に謝るなど死んでもお断りであった。
しかし当人たちがいない予行練習なのであれば、断腸の思いではあるものの、できなくはない。
ブレイバンは血の涙を浮かべながら、精霊大臣たちに尋ねた。
「それを……それをすれば、同盟破棄はナシにしてくれるんだな……!?」
「ええ。我々はあなたと違って、約束は守ります」
ブレイバンは歯を食いしばりながら顔を伏せる。
しばらく逡巡していたが、やがて地獄の底から這い出てきたような唸り声をあげた。
「てぃっ……ティフォンっ……! こ、この俺様が、悪かった……!
もう、首輪をしろだなんて言わない……! ミスしても、縛ったりしない……!
だから、だから俺様の元に、戻ってきてくれっ……!」
「ティフォン様にそんなことをしていたのか!?」とどよめきが走る。
ブレイバンの謝罪は続く。
「そ、そして、ユニバスっ……! し、仕事をクビにしたりして、悪かった……!
ま、また復職できるようにしてやる……!
い、いいや……! 戻ってきてくれたら、ゴーツアンをクビにして、お前を大臣にしてやる……!
だ、大臣だ……! お前は、大臣になれるんだぞ……!
だから……戻ってきて……! 戻ってきてくれぇぇぇ……!」
ブレイバンは歯を食いしばるあまり、歯茎からは血がダラダラと流れていた。
しかしその口元は、嫌らしく歪んでいる。
――我ながら、一世一代の大芝居……!
なんとも、感動的な謝罪ではないか……!
でもこれは、絶対に当人たちに届くことはない……!
あくまで同盟破棄を避けるための、パフォーマンスだ……!
さぁて、最後の仕上げに入るとするか……!
ブレイバンはしおらしい態度を装い、くしゃくしゃにした顔をあげる。
「ど、どうですかっ!? この俺様の、誠心誠意の謝罪は……!?
もしふたりが戻ってきたら、本番ではこれ以上の謝罪を……!」
しかしもう、精霊大臣たちはブレイバンを見ていない。
手にしていた魔導装置を、こぞって覗き込んでいた。
「そ、それは……?」
「これは、ユニバスさんが我々に送ってくださっていた魔導装置です。
いままで静止画しか記録できなかった真写装置と違い、動画や音声も記録できる優れものです」
「うーん、それにしても良く撮れておりますなぁ」
「ではさっそくこれを、知り合いの記者に通じて、各国の伝映に流すように、依頼を……」
次の瞬間、ブレイバンは野獣のように精霊大臣たちに飛びかかっていた。
「ぐぎゃぶるぎゅむぎゃうぐるぎゅぐぶりゅっしゅう゛ゅわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「う……うわっ!? なにをするのですか、ブレイバン殿っ!?」
「そんなものが出回ったら、俺様の勇者としてのメンツは丸つぶれだっ!
ブッ壊してやるっ! ブッ壊してやるぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「き……貴様っ!? やはり本心では謝っていなかったのだな!?」
「この期に及んでまで己のメンツを気にするなど、見下げ果てたぞブレイバン! もはや同盟は完全破棄だっ!」
「うっ!? うぎゅぅぅぅぅぅーーーーっ!? それだけはやめて! それだけはやめてぇぇーーーーっ!!
でもその動画を流されるのは、もっと嫌だぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
もう許してっ! ぜんぶ許してっ!!
許して許して許して、許してぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
駄々っ子のように泣き喚きながら、床の上をドスンバタンとのたうち回るブレイバン。
勇者の初めての謝罪会見は、かつてないほどの醜悪さをこれでもかと晒しながら、その幕を閉じた。
次回はユニバスサイドに戻ります! ついに飯テロ!
「続きが気になる!」と思ったら、ぜひブックマークを!
「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!
それらが執筆の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします!















