06 初めてづくし
リナの働く定食屋の二階にあがると、階段の近くにドアが三つあった。
宿や短期のアパートとして貸し出している部屋が手前の二つ、奥のドアの先が、リナやおじが生活をする区画になってるという。
「貸せる部屋は、いまはどっちも空いてるけど同じ広さだから」
リナはドアを開けた。
ベッドと、窓に向かって机と椅子、木の棚が置いてあるだけの部屋だ。
ラグはカーテンを開けて外を見た。通りが見える。
ラグはベッドを触り、にやりと笑った。
「これは……、ベッドだな?」
「そうだけど」
「ふふ」
ラグはベッドを使ったことがなかったものの、これまで得た情報から推測した。それが正解だったことに深い満足感を得ていた。
「ちょっと小さいかもしれないけど」
「床で寝るから問題ない」
「え?」
「清潔な床だ」
ラグはしゃがんで、そっとなでた。
「こっちのほうがきれいだから!」
とリナはベッドを指す。
「しかし……」
気がすすまないラグは、リナの視線に押されるように仕方なくベッドに座ってみた。
横になり目を閉じる。
「ラグ?」
「……」
「ラグ?」
ラグは目を開いた。
「ちょっと、気を失っていたようだ」
「はい?」
ラグが起き上がると、窓際の机の上で丸くなっているノワールを見つけた。
「猫ちゃんも寝てるみたいだし、いまのうちに街の案内でもしようか?」
夕方になると、通りには活気が出ていた。
焼けた肉の香り、客を呼ぶ店主の声。遠くで子どもの声もする。武器を携えた筋肉質な人間も行き交うなど、人の種類は多様だ。
「にぎやかだ」
通りすがりの子どもがラグをじろじろ見ていた。
「リナー、この人だれー」
「こいつ、裸足だぜ」
ラグは素足のまま砂利道を歩いていた。
「靴は!?」
リナが、子どもに言ったより大きな声をあげる。
「ああ。いらないような気がして部屋に置いてきた」
ラグはもともと履いていなかったし、靴のせいで指が地面をつかむ感触が失われていた。
「靴は、いるの」
リナは、ゆっくりと言い含めるように言った。
「変なやつー」
子どもたちは笑いながら去っていった。
ため息をつくリナを気にせず、果物屋の前でラグが立ち止まる。
「これはリンゴか? ずいぶんきれいな形で大きいな」
ラグの記憶では、リンゴはもっと小さかったり、ゆがんだ形をしていた。
「お、お目が高い。どうだい一個」
「うん」
口に運ぼうとして、ラグは止まった。
「ふふ。一個、いくらだ?」
ラグは勝ち誇ってリナを見た。
「へ?」
あっけにとられる店主と、あきれるリナ。
「どうした」
「はいはい、成長してますよ。で、お金は?」
「部屋にあるが」
「でしょうね」
そう言うと、リナは店主に硬貨を渡した。
「この人、自生のリンゴしか知らないみたいだから、いくつか食べさせてあげて」
「へえ? リナちゃんの、これ、かい?」
店主がにやにやしながら親指を立てる。
「これとは?」
「あーいいのいいの、おじさんの妄想だから」
リナは面倒くさそうに手を振った。
ラグは青りんごを手にした。
「これはまだ熟していないようだが」
「そういう品種なんだよ。青くてもうまいぜ?」
「ほう」
リナはそのまま、ラグと店主の会話を見ていた。
あきれながらも、自然に微笑んでいた。
「リナ」
リナがびくっとして振り返ると、いつの間にか、すぐ近くにエルドが立っていた。
「ああびっくりした」
「なんであいつといるんだ」
エルドはにらむようにラグを見ていた。
「なんでって、行くところがないから、うちの二階に」
「泊めるのか!?」
ラグがちらりと二人を見たが、会話にもどった。
「そうだけど」
「あんなやつ、同じ屋根の下にいたら危険だ!」
「悪い人じゃないかなと思って」
「なにを言ってる! どう見ても普通じゃないだろう!」
「でも、私、助けてもらったんだから。変なところはあるけど、大丈夫だと思うよ?」
「なにが……!」
エルドは唇をかんだ。
「おい、エルド、なにやってんだ」
エルドに声をかけたのは、詰め所の団員だった。
「あ、先輩……」
「こんなところでサボってんじゃねえよ」
「すいません……」
「ええと、お、いるじゃん」
男はラグに向かって手を振りながら近づいていった。
「ちょっと、ラグ君だっけ? 団長が君に会いたいってさ。できれば今から」
「団長?」
ラグは両手にリンゴを持って、食べ比べをしていた。
団員がニヤリと笑う。
「怪力ラグを、団長が見たいんだってさ」
「いま忙しいが」
団員はラグのリンゴを見る。
「……ラグ君はあれだろ? どっかで登録して、生活拠点ができるってなったらうれしいよな?」
「ああ」
「うちの団員にしてもいいよ」
「頼んでいないが」
「いやいや、籍を置くだけおいて、身元を確かにしておいたほうが、今後有利だって、な? いまだって、リナの家にいるみたいだけど、都合が悪いってなったら、なんにもできなくなっちゃうだろ?」
「ううむ……。しかしリンゴの味比べが」
「いつでもできるだろって。団長は忙しいんだから」
「そうか? …………なら行ってみるか」
ラグは団員と歩きだした。
ラグの肩に、どこからかやってきたノワールが乗る。
「私も」
とリナも一緒に歩いていく。
そんな三人の背中を、エルドはにらみつけていた。
「なんで、あんなやつ……」




