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31 剣の軌道

 リナの、剣で突くフェイントにラグが反応した。そこから後手になった。

 リナは剣の角度を巧みに操り、突きを多用した。武器の長さは、ラグと同じものを使用しているから承知している。しかし何度も見誤った。


 ラグは観察した。

 遠近感をつかみにくい角度だったり、剣の柄を持つ位置も変えている。その動きはなめらかだというだけでなく、足の運びや視線など、ラグの行動を誘導する動きも同時に行われていた。

 ラグが、剣を扱うリナの手の動きから目が離れる瞬間を承知しているかのような巧みさだ。


 突いた先から横薙ぎに、首を払いにくることもあった。

 剣の腹を拳で打ってラグは避けた。

 ラグが優位に立てる面があるとすれば肉体の強さだ。そう動くとは思えない部分だけが戦いを支えていた。


「おもしろい。私の下につかないか?」

「断る」

 ラグは剣を構える。最低でもリナの指を何本か飛ばさなければならない。

 おそらくノワールに治してもらうことは可能だろうが。

「しょうがない、便利屋になってやるにゃ」

 ノワールは予想していたように言った。


「この体を傷つけたくないか?」

 リナ、は言った。


「安心しろ、傷つけることはできない」

 リナはさらに剣の速度を増した。

 ラグは、これまで剣というのものを甘く見ていたかもしれない、と意識を変えた。

 剣は武器であり盾である。

 つばで受け、剣の腹で相手の剣をそらし、あるいは巻き込むようにすることさえあった。棒状であることを疑うような曲線的な動きは、手足で相手の行動を制限するのに似ていると言えるだろう。


 対してラグにとっては剣は、刃がついた金属でしかない。

 指を飛ばすどころではなかった。

 試しに突いてみる。

 試しに振り下ろしてみる。

 通用しない。

 ノワールと対しているかのように、常にいなされてしまうような感覚があった。


「うーん非常に面倒にゃ。わしは、この街を見捨ててどこかに行くのを勧めるにゃ」

 ノワールは言った。

 ラグは無視した。


「楽しいか?」

 リナは言った。

「いや」

「そうか。私は愉快だ」

 リナはにこりともせずに言った。


「これほどまでに粗雑で、これほどまでに強いか」

 リナの剣の速さは増していくばかりだ。

「そうか」

 ラグはつぶやいた。魔法陣から力を得るのだ、長引かせれば逃げるしかなくなる。


「リナを出せ」

「もうその人格はない」

 リナは言った。

「だったらいいなと勇者は思った、にゃ」

 ノワールが付け足した。


 ラグは競り合いで、剣を思い切り押した。

 リナの体が大きく飛んで、くるくると回転して着地する。

 距離ができた。


 ラグは見逃さず、満身の力を込めて、拳で地面を突いた。

 記憶、というより走りまわったときの感覚的なものだが、このあたりは地下道の上だったはずだ。

 地面の厚さとしては魔法陣があるあたりの方が薄いが、一般的な材料である地面を割るしかない。


 魔法陣を破壊する。


 大きく地面はえぐれた。が当然、ラグの身長ほどの深さもない。詰め所から降りた階段の段数を思うとまだまだ足りない。

 リナが戻ってくる。時間をかせぐにはどうする。ラグが思考をめぐらせる。


「これを貸すにゃ」

 ノワールが黒い炎をしっぽの先に灯した。炎のようなゆらぎがあるからそう形容されるだけで、実際はそこにはなにも見えない。炎状に、空間がなくなっているように見える。


 炎がラグの手に移動した。

「うっ」

 ラグの右手が焼かれるように痛んだ。

 同時に右手からなにかが開放されるような、爽快感、そして万能感。


 地面に手をあてると、ジュジュジュ、という音とともに地面が大きくえぐれた。

 さっきまでと違う。地面を払ったり、掘ったり、弾き飛ばしたのではない。消えた。

 例えば、木が燃えて灰になって崩れ、風に飛ばされなにもなくなったかのようになった、という一連のことが一瞬で起きたかのようだ。


 ラグは手を開いて、大きく素早く振りながら、ぴょん、と跳んで手から地面に突っ込んだ。

 削れていく。

 落下するラグの前で穴が広がり続けていく。

 地面が黒く組織が縮むように穴ができていき空間になる。ラグはその穴に落ちていく。

 もう少し手の炎の大きさが必要だと感じたとたん、やや炎が広がった。腕に伝わる熱も大きくなる。


 ドラゴンと戦ったときすら、ここまでノワールが強い力を貸したことはなかった。

 もう、なにかを観察するという段階ではないのだ。


 不意にぽっかり開いた。地下道だ。

 ラグは体を回転させて着地する。

 地面の緑色の光る線状の道がある。魔法陣の直上だ。

 魔法陣のラインだ。

 拳で床をえぐった。


 太い綱がちぎれるような重い音がした。


 緑色の線状のものが地下道から消え真っ暗になる。すぐ近くのものだけではない。ゆるやかにカーブしていた道、儀式全体の陽が落ちるように見える範囲の光がすべて消えた。


「ラグ!」

 ノワールの声。ぱっ、とノワールがつけたと思われる光で周囲が見える。


 上に、ラグを追って落ちてくるリナの姿が。


 目が見開かれているリナが落ちてくる。


「リナ!」

「ラグ!」

 正気だ。


 即断したラグは落下点に移動し、リナを受け止める。

 燃える右手を使わず、しゃがみながら、できるだけ衝撃を殺した。

 近くにロングソードが落ちて折れた。


「う、ううう」

 リナが声を出す。

 右目が気弱そうに、左目が冷静にラグを見ていた。


「ラグ!」

 ノワールが鋭く言った。


 道の先。

 床を、緑色の線が、ゆっくりこちらに近づいてくる。反対側も同じだ。ラグは無感動に行動するあの、装置のような騎士を思い出した。

 魔法陣が復元されつつある。


「もっと大きな魔法陣を叩かなければだめにゃ! 走れ!」

 ラグはリナを抱え、復元されようとしている道を削りながらさかのぼった。

 黒い炎はラグの手だけでなく右腕の肘まで燃え広がってきていた。

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