僕と悪女
レグルス王太子殿下とコルネ嬢を守るのは、この僕しかいない――。
新たなる使命に目覚めた僕は二人のため、この王都に戻って来たテレンス嬢をしっかり見張ろうと決めた。
「み、皆様、わたくし――」
「お腹、空きましたよね。まずは腹ごしらえをしましょう」
「コルネ伯爵……」
僕の記憶の中のテレンス嬢は、まさに大輪の薔薇の花のような存在感を持っていた。
光沢のあるワイン色のドレスを着て、薔薇色を帯びたブロンドにキリッとした瞳。手足はほっそりしているが、胸元にはボリュームがあり、男なら思わず生唾を呑む。だがそんなところを本人に見られたら……。「申し訳ありませんでした!」と謝罪したくなる威圧感もある。
そんなどこか女王のようなイメージが強かった。
だが半年ぶりで修道院から王都に戻ったテレンス嬢は……。
長旅の疲れもあるのだろうか。
あの尖った威圧感はすっかりなく、表情も穏やか。
何よりも……。
(痩せている)
修道院の食事は自給自足という。しかも菜園でとれる野菜が中心だ。肉はあまり食べないと聞いている。
(……こんな姿を見たら、悪女だなんて思えなくなるじゃないか……)
ただ辛うじて肌艶は悪くない。
「……コルネ伯爵のハンドクリームのおかげで、手はもちろん、足も顔も。ガサガサにならずに済みましたわ!」
宿の食堂で食事が始まり、テレンス嬢を囲み、会話も盛り上がる。その会話でコルネ嬢がテレンス嬢のいる修道院を尋ね、その際にハンドクリームの作り方を授けたらしいと理解した。
(コルネ嬢、ハンドクリームの作り方も知っているのか!? 侯爵令嬢ならハンドクリームなんて市販品を買うはず。それなのに……)
発明家であり、博識なコルネ嬢にはやはり脱帽する。
「まったく。王都のはずれまで王太子の婚約者がやってくるなんてあり得ないことですわ。ですがおかげで修道院のみんなは、あかぎれで苦しまないで済んだのです。わざわざ出向いた甲斐があってよ!」
「それは良かったです!」
この会話を聞いて、レグルス王太子殿下が言っていた「ツンデレ」なる言葉を思い出す。
(確かにツンツンしているが、最後はデレている……。テレンス嬢は昔からこうだったのか……?)
テレンス元公爵の事件により、テレンス嬢の存在感が増した。だがこの事件以前の彼女は、公爵令嬢として一目置かれていたが、社交界デビューはまだだった。ゆえに実態は不明で、ただただ深窓の令嬢として知られていたと思う。つまりそもそもがツンデレだったかはよく分からない。
(だがコルネ伯爵の侍女になるのに! あのツンツンは不要だぞ)
痩せた姿につい、悪女には見えないと思ってしまったが。あのツンツンした態度に、やはり気を抜いてはならないと思えた。そして翌日から、僕は暇を見つけては、テレンス嬢の様子を監視することになった。
◇
「泣き言は不要ですわ! それよりもどうしたらいいのか考えるべきでしょう!」
キンキン声が聞こえ、何事かと思い、階段の踊り場の様子を柱の影からうかがうことになった。見るとそこにはテレンス嬢とモンクレルテ子爵令嬢がいる。
何をしているのかと思ったら、どうやらモンクレルテ子爵令嬢のトランクの蓋が開いてしまい、踊り場で中身を散乱させる事態になった。その収拾をテレンス嬢が手伝っているようだ。しかしトランクの中は元々詰め込み過ぎで、籠に荷物を移しているが、それでも蓋が閉まらない。そこでテレンス嬢が尋ねる。
「こっちの籠も、もう一杯よ。入らないわ。というか、本当によく閉じることができたわね!? 一体、昨晩、どうやってこのトランクを閉じたの?」
「それはですね」
この後の会話を聞いて「なるほど」だった。一人がトランクの蓋の上に座り、無理矢理閉じた状態にして、素早く鍵を掛ける。それなら確かになんとか閉じることはできそうだが――。
(ここは手助けするべきか? 困っているのは悪女ではなく、モンクレルテ子爵令嬢だ。悪女を助けるつもりはないが、モンクレルテ子爵令嬢を助けるなら……)
そう思い、階段の踊り場に向かうと思ったが。
「なんて荒っぽい方法を……でもその方法で閉じたのなら、もう一度それをするしかないでしょう!」
「え、そんな! 私の体重では無理ですわ」
これには「そうか!?」と思ってしまう。
以前のテレンス嬢ならその存在感も相俟って、トランクに座る側で納得だった。でも今の彼女は以前以上に腕は細っそりし、顔や首も痩せている。胸だってすこしボリュームが落ちたと思う。それを踏まえると、小柄だが、肉付きはいいモンクレルテ子爵令嬢とはどっこい、どっこい。どちらがトランクに座っても同じに思えたが――。
モンクレルテ子爵令嬢が上目遣いでテレンス嬢を見た。
一瞬できた沈黙。
テレンス嬢は元公爵令嬢だ。プライドは相当高いはず。モンクレルテ子爵令嬢のあの上目遣いは「自分が乗っても閉まらないと思います!」であり、それはつまり「私より、テレンス嬢の方が体重ありますよね?」ということになる。
ここはテレンス嬢が切れてもおかしくない。しかもツンツン嬢なのだ。間違いなく「ふざけないでくださいます?」とキツイ一言を口にするはず!
僕はそう思っていた。
だが……。
「わたくしがのります! すぐに鍵をかけるのよ!」
「はい! 分かりました!」
テレンス嬢は文句も言わずにトランクの上に腰を下ろす。
これを見た僕は仰天する。そしてレグルス王太子殿下の言葉を思い出す。
――『……普段はツンツンしている。よって怖いと思われがちだが、本当は優しくて思いやりもある』
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ツンツン嬢(笑)
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