殿下と僕
「王家からの勅使として参りました。イザール・ジミー・スコット。貴殿はレグルス・ウィル・アトリア王太子殿下の補佐官に選ばれました。まだ幼い殿下を補佐官としてしっかり支えるように」
屋敷に来た勅使から、レグルス王太子殿下の補佐官に任命されたのは、七年前のことだった。その時、僕以外にも五人の補佐官が任命されていた。
だが今、残っているのは僕を含めて二人。
それだけレグルス王太子殿下の補佐官でいることはハードだったのだ。そして気づけば僕は……殿下の筆頭補佐官になっていた。
◇
七年前に初めて会った時。
レグルス王太子殿下は十一歳だった。
十一歳。
自分が十一歳の時、どんな少年だっただろうか?
僕が会ったレグルス王太子殿下は、その姿は美少年だが、中身は既に僕より大人なのでは!?と思うぐらい、達観していた。なぜそんなに達観しているように感じるのか。それはすぐに理解する。
(……笑わないんだ。笑わないだけではない。喜怒哀楽を出さないんだ。無表情だから何を考えているか分からない)
この年齢の少年であれば、同い年の子どもたちと遊び、そこで感情を爆発させる。
笑ったり、怒ったり、泣いたり。
しかしレグルス王太子殿下は学友の貴族令息と一緒に過ごしても……。とても冷めた表情をしている。そこは笑っていいのでは!?と思われる場面でも笑わない。そうなると一緒にいる令息も感情を抑えることになるが……。
その年齢の子どもは、そう我慢ができない。
結果的にいくら栄誉ある王太子の学友に選ばれたとしても、数日で辞退する令息が続出する。
最終的にレグルス王太子殿下の学友に落ち着いたのは、本の虫や一人遊びを始めるような令息。そうなるとレグルス王太子殿下と学友の令息たちは会話することもない。遊戯室で一緒にいるが、それぞれが好き勝手にして過ごしている状態。
(これでは殿下は情緒がない人間に育ってしまう)
そこで僕はレグルス王太子殿下の乗馬の時間を増やし、狩りで使う猟犬と過ごす時間を作るようにした。動物と接している時のレグルス王太子殿下は……。
十一歳らしい表情を見せてくれる。
馬の世話をしている時、猟犬とボール投げをしている時。はたまた庭園で小鳥やリスを見つけた際、レグルス王太子殿下は優しい笑顔を見せてくれる。
それを見た僕はどれだけ胸を撫で下ろしたことか。
本当はもっと、感情豊かになって欲しいと思うが、彼が無表情になった理由を聞くと……。
(これが国の頂点に立つために必要なことなのか!?)
そう思ったが、恐ろしいことに、幼いレグルス王太子殿下の命を狙う者は次々と現れる。
(隙を見せないために、感情を押し殺す必要はない――なんて、言えないな)
代わりに僕が心掛けたのは、全面的にレグルス王太子殿下を支え、何があっても彼の味方でいることだ。そのため、二十四時間三百六十五日、いつ呼び出されても、文句なしで対応している。
そうしているといつの間にか、こんな風に言われてしまう。
「スコット筆頭補佐官はレグルス王太子殿下の妻ですね」と。
これには「とほほ……」であるが、確かに甲斐甲斐しく彼に仕えているし、常にそばにいるのだ。まるで妻のようだと揶揄されても仕方ない。しかしレグルス王太子殿下は、成長するにつれ、その美少年ぶりに磨きがかかる。さらに最初の出会いから五年も経つと、もう立派な大人の青年へと成長していた。
(婚約者を決める年齢なれば、すぐに相手は決まるだろう。そうなれば、僕が妻と言われることもなくなるはず……?)
そう思うが一抹の不安もある。
遊戯室でも遊ぶより勉強をしていたレグルス王太子殿下は、頭脳明晰。しかもその姿は数多の令嬢が甘いため息を漏らすような、容姿端麗。乗馬や武術の腕は、暗殺者から身を守るために必達で身につける必要があった。その結果、驚くほど運動神経抜群で、剣術の腕はソードマスターと変わらない。
これだけ見れば完璧であるが、相変わらずの無表情で、感情を出さないのだ。
それでいて正義感は強く、不正を許さず、思ったことを臆することなく指摘する。ゆえに本格的な執務を始めた十五歳の頃から、政敵も増えて行く。
(国内貴族は身内に近い。できれば味方にしておきたいが……。レグルス王太子殿下の歯に衣着せぬ物言いでは、老獪たちの怒りを買いやすい)
そこは何とかしたいと思いつつも、補佐官風情の自分ではどうにもならない。
こうなると願うことは一つ。
(この人形のように感情のないレグルス王太子殿下の人間性を目覚めさせてくれる令嬢。そんな令嬢が現れてくれたら……)
そう願うが、舞踏会や晩餐会に出席するレグルス王太子殿下は氷のような冷ややかな表情。同じ年ぐらいの令嬢は完全に腰が引けて、彼のことを敬遠してしまう。
つまりはレグルス王太子殿下を目覚めさせるような令嬢との出会いは期待できない状態。そして多くの若い令嬢が近寄れないことで、レグルス王太子殿下はマダムや年上令嬢とダンスをしたり、会話をするようになり……。
(レグルス王太子殿下は、見た目は若いハンサムなのに、中身がどんどん老成されていく。このままでは年下や同い年の令嬢では物足りないと感じるようになるのでは……。もはや相手が未亡人でもないと、会話に満足できないような王太子になってしまうのでは!?)
そこから僕は願うようになる。
どうかレグルス王太子殿下が満足できるような、頭がよく、物怖じしない令嬢が現れてくれますようにと。
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