道しるべ
「ルイーザ様!」
雑貨屋を出たまさにそのタイミングで、私の名を呼ぶ声が聞こえる。そして声の主をわたくしは知っている。
「オルリック嬢!」
「あああ、ルイーザ様! これは夢ではないんですよね!? 本物のルイーザ様ですよね!?」
そう言うとオルリック嬢はわたくしの顔や頭を容赦なくべたべた触るので「おやめになって!」となんとか落ち着かせる。
「昨日、修道院から戻って来たんです! お父様と仲直りして、家に帰って来ていいと言ってもらえて……。すぐにでも戻る気満々だったのですが、私の部屋、修道院に入ってから物置部屋にされていたようで……。そこは……ちょっと頭に来ましたし、ヒドイとは思いましたが、すぐに使えるようにすると言われたので、ひとまず待つことにしました。そしてようやく戻り、ルイーザ様に手紙を書こうとこの雑貨屋にやって来たんです。とびっきりの封筒と便箋を手に入れようと思ったのです!」
「そうだったのね。まさかここで偶然会うなんて……。奇遇ですわね。わたくしはお使いでここに来たのだけど。あ、この後、昼食をとってから宮殿へ戻るつもりでした。もしご予定が大丈夫でしたら、オルリック嬢、一緒にランチでもしませんこと?」
問いかけるとオルリック嬢の瞳がキラキラと輝いている。
「ぜひ、お供させてください!」
◇
オルリック嬢と共に街中を歩き出し、足が自然と向かうのは、わたくしが公爵令嬢だった時の行きつけのお店だ。
王都の飲食店は貴族であれ、平民であれ、行きつけのお店を持つ。ここと決めたお店に何世代も通う。よってどこも老舗のお店が多く、ワイン酒場などゆうに百年以上続くお店もあった。そしてテレンス公爵家が愛用していたレストランは……。
赤のひさしに白の文字。ガラス窓にはゴールドで店名が描かれている。ビーフシチューの名店だけど、常連貴族が必ずオーダーするのがアップルパイだ。
外はサクサク生地、中には冬であればシャキシャキの新鮮なりんご入り、夏はりんごのコンポートやジャムでしっとりとした味を楽しめる。
人によってはこれにバニラのアイスクリームを添えていただくのだけど、実に絶品だった。
口の中と頭に、名物のビーフシチューとアップルパイの味わいが浮かぶ。
「ここにしましょう、オルリック嬢」
「!」
オルリック嬢は驚きの表情を浮かべ、「え、えーと」と戸惑う。その様子を見て、わたくしも気付くことになる。
公爵令嬢だったわたくしの行きつけのお店。そこは昼であろうと夜であろうと、一度の食事で平民の一カ月分の食費代の値段がする。美味しいが貴族の御用達のお店であり、高級な店であったことを忘れていた。
オルリック嬢は男爵令嬢であり、修道院を出たばかり。封筒と便箋を買うためと、いくばくかのお小遣いを貰って街へ来たのだろうが、潤沢に手元にお金があるわけではないはず。わたくしだってそうだ。今日、そんな贅沢をするつもりはないし、そもそもわたくしは給金が少ない。
思い出のレストランだが、今のわたくしでは入れなかった。
窓に引かれたレースのカーテン越しに見える、優しそうな親子。三人は笑顔でビーフシチューに舌鼓を打つ。その姿はまるで遠い日のわたくしと両親の姿に見えてしまう。
(もう二度とは戻らない、楽しかった笑顔の日々……)
唇を噛み締め、視線を逸らす。
「ルイーザ様、私、朝食を調子に乗って食べ過ぎてしまいました。よかったら軽いメニューもあるあちらのカフェはどうですか? 私、サンドイッチを食べたいんです」
ハッと我に返り、オルリック嬢に気を使わせてしまったと申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい。わたくし、つい自分の立場を忘れてしまいましたわ。今のわたくしではこのお店に行くなんて無理ですのに」
「それなら私も同じです! お父様は私を許してくれましたし、家へ戻ることを認めてくれました。でも修道院に私が入るにあたり、寄付として納めたお金は戻って来ていません。その金額は相当だったようで……。だから私、働くつもりです。どこか貴族のお屋敷で、メイドとして雇ってもらい、お金、貯めます!」
「オルリック嬢……」
オルリック嬢は私の手を引いてカフェに向かいながら、こんな提案をしてくれる。
「子羊のカツレツがとっても美味しいお店があるんです。そこは裕福な平民や男爵家の間では有名なお店なんですよ。高級レストランではなく、洋食屋ですが、そこにいつか行きませんか? ぜひルイーザ様に食べていただきたいです。それに自分で稼いだお金で食事するのが、今の目標です! 私、頑張りますから!」
「ありがとうございます、オルリック嬢」
「御礼を言うのは私の方です! もしルイーザ様があの時、素直になるようにと言って下さらなかったら、今の私はいません。……そもそもとして私はルイーザ様に散々嫌がらせをしたのに、一喝した後は許してくださいました。本当に、ありがとうございます。ルイーザ様は聖母様のようであり、私の恩人です!」
オルリック嬢の言葉に胸が熱くなる。
「私は……大罪を犯した元公爵の娘です。聖母……でもなければ、オルリック嬢の恩人、だなんて……おこがましいわ」
「そんなことないです、ルイーザ様! もしルイーザ様のことを、大罪を犯した元公爵の娘としか思っていなかったら……。コルネ伯爵はなぜルイーザ様を侍女に迎えたのですか?」
「それは……」
「大罪を犯した元公爵の娘だったとしても、ルイーザ様はルイーザ様なんです。手のつけようがないと、両親が匙を投げた令嬢を改心させました。過去の過ちを水に流してくださる寛容さを持ち合わせていらっしゃいます。そんなルイーザ様が私、大好きです!」
なんだかルベール侯爵令嬢からも「大好きです!」と言われていた気がする。
(女子ばかりにモテてしまうなんて、困ってしまいますわね)
南風が優しく吹き、オルリック嬢と私のドレスをふわりと優しく揺らす。
春爛漫、穏やかな陽射しがわたくしたちの行く先を明るく照らす。
日陰を抜け、光の中へ。
降り注ぐ光は、未来は明るい、希望はあると導く、道しるべのように見えた――。
お読みいただき、ありがとうございます!
ツンデレ公爵令嬢の物語、ひと段落です。
彼女はキャラ立ちしているのでまだ書きたいエピソードもあるのですが……
読者様はいかがでしょうか?
まだ読みたいという方はよかったら指のマークでリアクションをくださいませ~
そして明日から以外な人物が登場します。
はたしてその人物は……!?
お楽しみに☆彡






















































