お好きな方をなさればいいわ
『……あなたというより、あなたの父親が……テレンス元公爵に恨みがあるのよ!』
そうルベール侯爵令嬢に言われたわたくしは、彼女の怒りを受け止めることにした。何より、この怒りをわたくしが受け止めない限り、ルベール侯爵令嬢は前に進めない。
(お父様のせいで不幸になった人をすべて救うことはできないわ。でもこんな形であれ、関わることになったのだ。そして本人からハッキリ、わたくしの父親のせいで恨んでいると言われている。ならばその怒り、わたくしが引き受け、終わらせるしかないですわ)
「……ここで全てを吐き出し、その怒りをわたくしにぶつけ、前に進んだ方がいいですわよ」
わたくしがそう言うと、ルベール侯爵令嬢が固まってしまう。そこで同じことを繰り返し伝えながら、とりあえず座るようにと声をかける。
そうしている間にモンクレルテ子爵令嬢はなんとルベール侯爵令嬢が踏みつぶしたマカロンを手早く片付けてくれた。
どこかおっとりで気が利くようなことはできない……そんなことはなかった。
(モンクレルテ子爵令嬢、ナイスアイシストですわ!)
横目で彼女の働きぶりに賞賛を送りながら、ルベール侯爵令嬢から話を聞くことにした。
「私のお父様は……王都の北エリアに工場を持っているんです。繊維工場。昔からその場所に工場があったわ。でもそこにテレンス元公爵が工場を作ったんです。我が家と同じ、繊維工場を」
その工場、どこだかよく分かってしまう。
コルネ嬢を呼び出したあの場所のことだと思った。
「テレンス元公爵は、ものすごい好条件で、工場の働き手を募集しました。給金もよく、しかも家族手当や必要に応じて工員専用の宿舎まで用意する……。そんな条件を出されたら……我が家の工場で働いていた工員はみんな辞めてしまい、テレンス元公爵の工場で働くようになってしまったのです。そのせいで、我が家の工場は閉鎖を余儀なくされ、この件をきっかけに借金がかさみ……。私がこうやって侍女として働くことになったのも、我が家の借金のせい。そして全ての借金の原因はテレンス元公爵なのよ!」
この話を聞いたわたくしは「うん?」と思ってしまう。「うん?」と感じたのは私だけではなかったようだ。モンクレルテ子爵令嬢も「うん?」という表情をしている。
(てっきりわたくしの父親の悪事のせいで、ルベール嬢やその家族が痛手を被ったと思ったのだけど……。話を聞く限り、父親はこの件に至っては悪事と関係なく、普通に商売をしただけに思えるわ)
新しく工場を稼働させるにあたり、人をできるだけ沢山雇いたいと考えた。そのために好条件を提示するのは商売人として当たり前のこと。ルベール侯爵令嬢の父親は単純に競争に負けたに過ぎなかった。
(え、えーと。このことを指摘していいのかしら? この工場の件については、わたくしの父親は何も悪くないと。でも指摘したら、ルベール嬢はへそを曲げそうな気がするわ)
困ったことになったと思っていたら、モンクレルテ子爵令嬢が口を開く。
「あの……お話を聞く限り、商売に関して素人の私でも、テレンス元公爵は何も悪くないように思えるのですが」
そこでくわっとルベール侯爵令嬢が牙を剥きそうになったので、素早くわたくしが座っていたベッドから立ち上がり、モンクレルテ子爵令嬢のそばに移動した。つまり彼女を庇い、ルベール侯爵令嬢の睨みを受け止める。
全くひるまずに彼女の睨みを受け止めたので、ルベール侯爵令嬢はすぐに戦意を喪失した。
そこでわたくしは意を決して、事実を伝えることにする。
「わたくしのお父様は世間に顔向けできない悪事に手を染めていました。その件についてお父様を擁護する気持ちは一切ありません。お父様がしたことを思うと、とても頭に来ていますわ。ですが今の話は……お父様は商売人として真っ当に行動したとしか思えません。ルベール嬢のお父様は、競争に負けたに過ぎない……かと」
わたくしは冷静に事実を言葉にしたのだけど、ルベール侯爵令嬢は泣きそうな顔になっている。この状態を見て、わたくしは悟った。
(本当はルベール侯爵令嬢自身、分かっているのではないかしら?)
家が借金まみれになったのは他でもない。彼女の父親が商売で負けただけだと。そして借金のせいで侍女として宮殿勤めすることになったが、それこそ彼女の本意ではない。でもそうするしかなかったことを理不尽に思っていた。するとまさにおあつらえ向きでわたくしが侍女になることを知った。
(消化しきれなかったもやもやを吐き出すための場所が必要だった。そしてそれがわたくしなのね)
「ルベール嬢」
「……はい」
「侍女として宮殿勤めをすることを、不本意に感じているのでしょう?」
「そ、それは……」
「お父様の借金のせいで、侯爵令嬢でありながら、侍女として働くことになった。本来であれば、素敵な令息と婚約し、花嫁修業をしているはずだったのに。それは……悔しいことよね」
ルベール侯爵令嬢は今にも泣きそうで、それを堪えることで、とても怒っているような表情になっていた。そんなどこか不器用な彼女に、わたくしは諭すように伝える。
「あなたの気持ち、よく分かりましたわ。わたくしの想像とは少し違っていたけれど、前言撤回するつもりはないですわよ」
「……! それはつまり……」
「全てを吐き出し、その怒りをわたくしにぶつけ、前に進んだ方がいい……と思う気持ちは変わりませんわ」
ルベール侯爵令嬢は驚愕の表情で固まってしまう。そこで彼女の座るベッドへとわたくしは近づき、まさに踏ん張るようにして、彼女の前に立つ。
「いいですわよ。全てを吐き出すことはできたでしょう? 次はわたくしにあなたの怒りをぶつけなさい」
「えっ……それはどういう……?」
「わたくしはさっき、あなたの頬をつねったわよね? だから気にせずに、頬をつねるのでも、平手打ちするのでも。お好きな方をなさればいいわ」
「「えええええっ」」
声を挙げたのはルベール侯爵令嬢だけではない。モンクレルテ子爵令嬢も驚きの声を挙げていた。
「その代わり。わたくしに思いっきり怒りをぶつけたら、もう忘れること。今の状況、理不尽かもしれませんわ。でもそこで不満たらたらでは何も解決しないでしょう。どうあがいても侍女としての宮殿勤めはしばらく続くのですから、そこは気持ちよく働けるようにしないと。わたくしに怒りをぶつけ、前に進む」
「わ、分かったわ!」
ルベール侯爵令嬢がベッドから立ち上がり、わたくしと向き合った。
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ルベール侯爵令嬢がとった行動は……?






















































