それでは皆様、ご機嫌よう
「短い間でしたが、お世話になりました」
春の到来を告げるアーモンドの花が咲き誇り始めたこの日。私はクーシュケット修道院を出て、宮殿に向かうことになった。コルネ伯爵の侍女として彼女に仕えるために。そして今、修道院長とオルリック嬢とその取り巻きに見送られ、馬車に乗り込もうとしていた。
修道院長とオルリック嬢たちはグレーの修道服姿。
対する私は既に支度金をもらい、ドレスを手に入れていた。つまり今の私は明るいアザレ色のドレス姿だった。
「ルイーザ様、お別れなんて嫌です! 行かないでください! 一緒に修道院で暮らしましょう。宮殿に行ったら意地悪されますよ、絶対!」
「そうね。この修道院に来たばかりの時、オルリック嬢には随分といじめられたわ。新参者というのは嫌がらせを受けやすいわよね」
「っう、それは!」
「でもわたくしはこの通りよ。ちょっとやそっとの嫌がらせでは挫けませんわ」
私の言葉にオルリック嬢は涙目になる。そこで私は馬車のすぐそばそばまで来るよう、オルリック嬢を手招く。皆に会話を聞かれないようにして、話をすることにした。
「オルリック嬢」
「はい……」
「お父様と仲直りなさい」
「!」
オルリック嬢の表情が固くなる。
でもこれだけは伝えないといけない。
彼女のためにも。
「オルリック嬢はことあるごとにお父様の悪口を言っていたわよね。でもそれだけ悪口が出るということは、お父様のことが気になるのでしょう?」
私の言葉にオルリック嬢は目を大きく見開き、息を呑む。
「本当はお兄様と同じぐらい、自分のことも気にかけて欲しかった。お父様の気を引くためだったのよね。メイドに手を挙げたり、お茶会で主催者の令嬢の髪を引っ張ったりと、わざと反抗的な態度をとったのは」
今、話していること。それはオルリック嬢が自らの武勇伝として話したことの一部だった。
「修道院に入ってからもそう。お父様に言うことを聞いてもらうために、他の修道女や職員を傷つけると脅し、欲しい物を送ってもらうようにしていた。でも本当は自分に関心を向けて欲しかったのよね?」
「ルイーザ様、私は……」
「素直になりなさい。そんな荒っぽい方法では、お父様は気づけない。腫れ物に触れるような状態で、ますますあなたと距離をとるようになってしまう。今ならまだ、間に合うわ。一言でいいのよ。『これまでごめんなさい』と言えばいいの。これまであやまったことなんてないわよね。だからこそ、この一言はとても重みを持つわ。心からの謝罪と伝わるはずよ」
オルリック嬢はハッとした表情で私を見た。
でもその顔にはまだ迷いがある。
「和解できたら、お父様はオルリック嬢に『家へ帰っておいで』と言ってくれるはずよ」
「……!」
「わたくしはこの修道院に残るつもりはありませんわ。あなたに残れと言われても、残るつもりはなくてよ」
私の言葉にオルリック嬢の両目からは、涙が溢れ落ちそうになっている。
「でもわたくしは宮殿にいますわ。オルリック嬢が会いに来るのなら、喜んで会って差し上げてよ」
「……! ほ、本当ですか……!」
「ええ。宮殿の中庭でお茶をするのもいいわよね。もしくは街に行って、美味しいチョコレートをいただくのでもいいわ」
さっきまで泣きそうだったオルリック嬢は笑顔になるが、それは泣き笑いになっている。
「分かるわよね? わたくしに会うにはどうしたらいいかを」
「……分かりました、ルイーザ様! 私……お父様と仲直りします!」
ようやくオルリック嬢は素直になると決めてくれたようだ。私は安堵してオルリック嬢を抱きしめる。
「修道院の生活。あなたのおかげで楽しかったわ。……待っているわよ」
「ルイーザ様……!」
そこでオルリック嬢は大声あげて泣くことになる。
私はそれを宥めつつ、ついに馬車へと乗り込んだ。
「それでは皆様、ご機嫌よう」
窓から手を振り、私は王都へ向け、出発した。
◇
「テレンス様、申し訳ありません。ぬかるみにはまってしまい、予定より到着時刻が遅れてしまいました」
「ええ、仕方ないですわ。それより、長旅だった。苦労をかけたわね。最後まで頑張っていただき、ありがとうございます」
日没前には王都中心部の宿に到着しているはずだった。だがぬかるみにはまり、そこから抜け出すのに想像以上に時間がかかり、宿に到着した時には日が暮れていた。まさにギリギリの時間での到着だったと思う。あと少し遅れていたら、野宿になっていた可能性もあった。よって想定より遅れたことは仕方ない。
(誰かが待っていてくれるわけでもないのだから。明日は宮殿でコルネ嬢に会う。でも今日、わたくしの到着を待ち侘びる人なんていない。それよりも明日に備え、今日は入浴をして、早く休まないとですわ)
小さなトランクを御者から受け取り、宿の扉をぐっと押した瞬間。
「「「「「おかえりなさい、テレンス嬢!」」」」」
大勢の声に迎えられ、何が起きたのか分からない。
しかも外は暗く、宿のロビーの明るさに目が一瞬くらんでいた。
「心配したんですよ、テレンス嬢」
「なんとか到着でき、よかったです」
「食事は用意できています」
「今日はこの宿は貸し切りだよ!」
聞こえてきた声は懐かしい声ばかり。そして目を開けるとそこには――。
コルネ嬢、レグルス王太子殿下、スコット筆頭補佐官、そしてあれは確か鍛冶職人のダイアンと宮廷医のボルチモア先生、あとは、あとは……!
(こんなにも沢山の人が、わたくしの帰りを待ってくださっていたの……? お父様は監獄で、お母様は領地に引きこもり、使用人はみんな解雇するしかなかった。王都に戻り、「おかえりなさい」と言ってくれる人なんて、いないと思っていたのに……)
おかえりなさい――この一言がこんなにも心に沁みると、初めて知ることになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
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