幼なじみ
幼なじみのダイアンとは、物心ついた時からずっと一緒だった。
いつだって鍛冶工房にいけばダイアンがいる。
幼なじみではあるが、まるで兄弟のように。
いつも一緒が当たり前で成長してきた。
ダイアンが鍛冶職人となり、僕が宮廷医になってからも。同じ敷地内に住んでいるのだ。毎日顔を合わせている。酒を飲まない僕だが、ダイアンや鍛冶職人のみんなの飲みの席に同席。そこで夕ご飯を食べるのが日常になっていた。
毎晩のように話し、笑い合い、楽しい気持ちを分かち合う。
こんなふうにダイアンと過ごすことが当たり前になったのは、いつからだったのだろう……?
宮廷医になるため、勉強ばかりしていた僕は、この宮殿の敷地内に住み込みで働く両親を持つ子供たちの中では浮いていた。「ガリ勉野郎」「本の虫」といじられ、ベソをかくこともあった。そんな僕を見つけるとダイアンは……。
「ミハイル。あいつらはみんな、頭の中はいつもおやつのことだけ。勉強よりも食い気なんだ。気にする必要ない。ミハイルは、ミハイルが進みたい道に向かって、ひたすら邁進すればいいのさ。もしあのバカどもがまたなんか言ってきたら、このダイアンがガツンと言ってやるから、大丈夫!」
「ダイアン……」
実際にダイアンは、僕を揶揄した悪ガキと取っ組み合いの喧嘩をして、見事勝利。以後、悪ガキたちが意地悪で僕に絡むことはなかった。代わりでその元悪ガキーー少年たちとダイアン、僕とはいつも一緒にいることが増えた。
少年たちは追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり。ダイアンはその日の気分で、その遊びに参加したり、僕の隣で読書をしたり。一緒にいると言っても、全員で同じことをしているわけではないが、お互いが見える範囲にいて、「見たか、今の!」「おやつ食べようぜ」「そろそろ帰るか?」――そんな声がけをしながら過ごしていた。
そうして年月は流れる。
ダイアンや少年たちは僕より一足先に鍛冶職人の弟子や使用人の見習いとなり、修行が始まる。みんなが働いている時、僕はひたすら勉強だ。それでも夕方になると広場にみんなで集まり、今日の出来事を語り、家へと帰って行く。
そんな日々の中で、僕はスランプに陥る。数式や物理の理論がなかなか理解できず、教科書を開くことが億劫になっていたのだ。そしてこの悩みを僕は父親に打ち明けたいと思いつつ、宮廷医として忙しそうにしている姿を見ると……。言えずにいた。
だがダイアンが気付いてくれた。
「ミハイル、いいこと教えてあげるよ」
「いいこと……?」
「私は勉強が得意じゃないけど、本を読むのは好き。ドラゴンと戦う話とか、宝石を探す旅の話とか」
女子だと王子様とお姫様のハッピーエンドの話が好き……と言い出しそうだが、ドラゴンや宝石を好きなのは、ダイアンらしかった。
「でも字を読むのは少し面倒だろう。だからさ、こうやって食べる」
「食べる!?」
ダイアンは本を開き、まるで本の上に文字が粒になって転がっているかのように手でかき集めると……。実際はその手には何もないのに、「いただきます!」と言って、空気を呑み込む。
「こうすると、本の中身がストンと入って来るのさ」
「えええ、嘘だろう!?」
「嘘だと思うなら、試してみるといいさ」
あまりにもダイアンが自信満々なので、僕も真似をしてしまう。
「よし、食べられたね。そうしたら本を見てご覧」
しばらくぶりに開いた教科書。
しかも数学の本だった。
(せめて古典の本にすればよかった……)
そう思いながらだったが、ダイアンの言葉を検証するため、教科書に目を走らせると……。
「!」
理解できないと放置していた数式だったが、改めて今、見て見ると腹落ちできたのだ。
「分かったぞ!」
「ほら、言った通りだろう?」
「!」
半信半疑だったが、確かにダイアンが教えてくれた方法で、僕は理解することができたのだ。
「どうして……?」
「さあね。でもさ、信じる者は救われるっていうだろう? 分かったならよかったじゃないか」
ダイアンはそう言って笑い、なぜ理解できたかは……当時の僕は分からない。
でも今の僕なら想像がつく。
当時、スランプだった僕は、そこから脱するきっかけが必要だった。そのきっかけが、ダイアンが教えてくれた『見えない文字を食べる』だったのだ。
本当は理解できる数式ですら、あの時の僕はスランプで『分からないもの』と思い込んでいた。食わず嫌いだったわけだ。でもダイアンのおかげで、見ぬふりをしていた数式と向き合い、「理解できた!」という成功体験を経験する。この気分のままに、分からなかった数学と物理についても父親に相談。レクチャーを受けることが出来た。
「どうだ、ミハイル、分かったか?」
「分かったよ、父さん!」
僕はダイアンのおかげでスランプを脱する。
「ダイアン、ありがとう! 見えない文字を食べるは、本当に効果があったよ!」
「だろう? これからもそれで頑張るといいさ」
ダイアンの言う通りで、僕は『見えない文字を食べる』によって、以後は躓くことなく、勉強に励むことが出来た。
こうして時が流れる。ダイアンや少年たちは、鍛冶職人として、使用人として、それぞれ仕事がスタートする。その一方で僕は医科アカデミーに通うようになり、朝から晩まで勉強漬けだった。それでもダイアンや少年たちとは、夕方や夜に、ダイアンの鍛冶工房で顔を合わせる日々が続く。
時は刻々と流れ、少年たちは十八歳になると、続々と結婚。ダイアンと僕はその波に完全に乗り遅れるが……。
ダイアンはその代わりにように、鍛冶職人としてその腕を認められる。王家からは腕が鳴るような依頼が次々と舞い込む。僕はひたすら勉強に励み、医科アカデミーを卒業するための試験に挑むことになったが――。
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