目が離せない
「薬草リキュールは、薬用酒なんだろう! 完全に頭から仕事が抜けなくても、勉強の一環だと思えばいい。どうせ酔ったら頭から仕事のことは抜けるんだからさ」
こんな感じで言葉を重ねると、ミハイルは「分かった」と遂に酒を飲むことに同意した。こうしてミハイルと共に部屋に戻り、早速薬草リキュールを飲むことになった。
「貴族のみんなはこれを食後酒として、ストレートで飲むんだろう? まずはその方法を試してみようじゃないか」
小ぶりのリキュールグラスをテーブルに並べ、白衣を脱ぎ、グレーのスーツ姿になったミハイルと向き合う。私はガーネット色のチュニックにエプロンをつけていたが、それを外し、席に着く。
「まずはこっちのブラウンの瓶の方。甘口らしいよ」
リキュールグラスに注ぐと、ミードのような色をしている。
「じゃあさ、乾杯」
「うん、乾杯」
ミハイルは今日は飲むと決めたようで、グラスを手にして乾杯すると、迷うことなく口に運ぶ。私もグビリと一口飲んで……。
「……甘い!」
「そうだね。ダイアン、これさ、蜂蜜が入っている?」
「うん。この甘さは蜂蜜だ! 薬草の苦みなんてほとんど感じられない。甘くて、香りもなんというんだろうね、これは……」
「まろやかな感じだ」
「そう、そうだよ、ミハイル!」
まるで蜂蜜飴を舐めているようだった。癖のないチーズと一緒に飲むと最高だ。こんなに甘いが、アルコール度数は高そうで、飲んだ量は少ないのに、体はぽかぽかしている。
「次はこっちか。ボトルもグリーンだし、これは薬草の風味が強そうだ」
ミハイルがボトルを手に呟く。
「そうだね。飲んでみるかい?」
「そうだな……。ダイアン、氷、使う?」
氷室の氷はとても貴重だけど、冬の間にストックを増やしていた。よってここは遠慮なくロックにして楽しむことにする。
「では乾杯だ、ミハイル」
「うん。乾杯」
薬草の苦味を覚悟の上で口に含み、ミハイルと共に「「!」」と驚くことになる。
「薬草酒と分かるけど、これは何と言うか……」
「苦みは想像よりないじゃないか。あれだよ、あれ、清涼感があるよ、ミハイル」
「そうだね。そんな感じだ。爽快でいて、香りは少し甘い」
「なんだか不思議だねぇ。美味しいとぐびぐび飲むものではないけれど、こうちびちびいただく分には持って来いじゃないか」
ローストしたナッツと共に飲むことになった。
「次はシャンパンに入れて飲むのか、ダイアン?」
「そう。それはさ、コルネ伯爵発案だよ。グラスはこれを使って、まずはブラウンの薬草リキュールをこれぐらい入れる」
ワイングラスの底の方に、うっすらと蜂蜜色の薬草リキュールが溜まる。そこへシャンパンを加えると……。
「ミハイル、香りが一気に立つね!」
「うん、いい感じだ」
「じゃあ、もう一度乾杯!」
「ああ、乾杯!」
先程までの濃厚な味わいから一転。薬草リキュールにシャンパンを加えると、軽やかな味わいとなり、甘さのバランスも完璧になる。
「鹿肉のテリーヌと合いそうだよ!」
「それは間違いないだろう。試そう」
甘口の薬草リキュールにシャンパンを加えると、つまみが進む!
「ああ、これはお酒もつまみも最高に美味しいよ!」
「うん。こんなふうにお酒を飲むの、初めてだけど、感動している。すごくリラックスできているし、気持ちが楽になっているよ」
「ミハイルは子どもの頃から頑張り過ぎなんだよ! ボルチモアのおじさんを見て、同じように育つのかと思ったら、ミハイルはその真逆を行くんだもん。真面目過ぎ! もっと肩の力を抜けばいいのにさ」
私の指摘にミハイルは酔いも回って来ていたのだろう。本音を打ち明ける。
「だって跡取りは僕しかいなんだ。絶対に宮廷医にならなきゃいけない。ここで宮廷医を拝命できなかったら……ご先祖様に怒られてしまう」
「それで頑張って、宮廷医になれたじゃない」
「確かになれた。宮廷医になったら、これで落ち着くかと思ったけれど……。陛下は強靭で大きな病気も怪我もない。王妃も王女も健康だ。でもレグルス王太子殿下は……親父の時に、何度も怪我をしているし、僕になってからも暗殺者に狙われて……」
ミハイルの言わんとすることは分からなくない。殿下は頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群で、剣術の腕はソードマスターと同等。ただいつもポーカーフェイスで正論理詰めだから政敵を作りやすい。不正や腹黒い人間を許せないから、逆恨みもされがち。そうなると暗殺者に狙われ、怪我だったしやすいのは事実だった。
「ミハイル。あんたの言わんとすることは分かるよ。レグルス王太子殿下に何かあったら……って」
そこで私は、グリーンのボトルの薬草リキュールを空になったグラスに注ぎ、シャンパンを加える。
「病気だろうと怪我だろうと、もし何かあった時。その責任をミハイルが負う必要はないんだよ。ボルチモアのおじさんが昔言っていたじゃないか。『人の生き死にを決めるのは主なんだ。医者がその責任を負う必要はない。全力を尽くしてダメだったなら、それがその人の天命だったと思わんと、医者の心が壊れる。それは陛下も分かってくださっているのだから』って。陛下もそうだし、レグルス王太子殿下だって暴君じゃないから。何か起きた時、完璧な状態で駆けつけないといけないと、自分自身を追い詰める必要はないさ」
「それはそうだけど……」
「それにミハイル、いつまでもそんな完璧な宮廷医に固執していたら、もう一つの大切な役目を果たせなくなるよ」
私の言葉にミハイルは酔いが吹き飛んだような真剣な表情になる。
「ダイアン、もう一つの大切な役目って!?」
「そりゃあ、あれだよ、あれ! ボルチモア家は代々宮廷医なんだろう? つまりミハイルも跡継ぎのこと、考えないと!」
「……! そうだった……!」
ミハイルは頑張り屋で努力家だけど、こういうところは抜けているというか。
(幼なじみとして、何だかミハイルからは目が離せないったらありゃしないよ!)
お読みいただき、ありがとうございます。
テレンス公爵令嬢の物語、執筆していますのでお待ちくださいね☆彡






















































