もう会うことはない
「それでは体に気をつけて。もし何か困ったことや必要なものがあれば、手紙をください」
「未来の王妃様はわたくしの御用聞きなのかしら? 王都のはずれの修道女のことなど気にせず、王太子妃教育に励んだ方がよいのではなくて? 王家の外交は独特よ」
「そうですよね。頑張ります! でも皆さんが協力してくれるんです。宮廷医ボルチモア先生やダイアンと鍛冶職人のみんな、厨房の料理人、パティシエ……スコット筆頭補佐官やレグルス王太子殿下も。私自身は凡庸なのですが、周りの方々がすごくて……いつもサポートいただいています。おかげで王太子妃教育も想像以上に順調です」
本当に。
この子は欲がなく、素直で真っ直ぐ。
それどころか自分のことを凡庸だと思い込み、周りの人たちを立てる発言を無自覚にできるなんて……。
(だからみんなコルネ嬢のことを自然に応援したくなる。困っていたら、助けてあげたいと思いたくなるのよ。そのことすら、この子は気づていないのね)
だが王妃となったら、権謀術数に長けた諸外国の王侯貴族を相手にしなければならない。国内の貴族だって策略家揃いだ。わたくしの父親だけが腹黒かったわけではないと思う。甘い汁を吸おうと、多く者たちがうごめているのはどこの国でも同じ。
(奸智を弄する老獪たちからコルネ嬢を守りたい……いや、それはレグルス王太子殿下がすること。わたくしが気にすることではないわ!)
そうではあっても。無垢なコルネ嬢が騙されないように。苦言の一つを呈することができるのは……。
「順調なら何よりだわ。ただね、そうやって余裕ぶった発言を人前ですると、足元をすくわれるから注意なさい。まあ……あなたの場合、転びそうになったら殿下が全力で支えてくれるでしょうけど」
腕組みをして、フイッと横を向きながら、そう言うと、コルネ嬢は馬車の窓から「ありがとうございます!」と元気な声を出す。
「テレンス嬢は優しいですね」
「!?」
「そういう指摘、伝え方を間違えると、ただの悪意に相手には聞こえてしまいます。でもテレンス嬢はそうならないよう、細心の注意をされていますよね。何より私のことを思ってくれていると感じるんです」
くりっとした瞳をキラキラさせるコルネ嬢は、やはり小動物のようで愛らしい。美人、というわけではないのだけど、この愛嬌は男性が好きなものだと思う。
(きっとレグルス王太子殿下、コルネ嬢の前では無表情から一転、頬が緩み切っているのではないかしら? だってわたくしも……。え、違うわよ! 断じてそうではないから!)
「ごちゃごちゃ言っていないで、とっとと帰りなさい! 今日中に王都に戻るなら、もう出発しないと! 遅くなればレグルス王太子殿下が心配するわ! あと窓はしっかり閉じるのよ。隙間風で意外と馬車の中は冷えるのだから。それでは遠路はるばるありがとうございました。ご機嫌よう!」
照れ臭い気持ちと、コルネ嬢が帰ってしまう寂しさ。それを誤魔化した結果、追い立てるような形になってしまった。でもコルネ嬢は窓から顔を出し「さようなら~」と手を振るのだ。
「あぶないから、おやめなさい!」
結局、面接室で会った瞬間に皮肉な言葉をはき、最後は怒鳴って終わってしまった。
(コルネ嬢と会うのは、これが最初で最後でしょうね。彼女は王太子の婚約者。王太子妃教育だって忙しい。それに婚約式も控えているだろうし、ここは王都から遠いのよ。そう簡単に会いに来るなんてできないわ……)
「ルイーザ様、どうされたのですか!? もしかして王都からやって来た何者かに、意地悪されたのですか!? わざわざ王都まで来て嫌がらせをするなんて。悪質極まりないと思います! 誰なんですか!? お父様を脅して」
コルネ嬢を見送り、しばらくすると昼食を用意する時間になった。当番だったわたくしは厨房へ向かい、玉ねぎの皮をむいていると……。
オルリック嬢が勘違いを始めたので、一喝することになる。
「オルリック嬢!」
ピシャリとその名を呼ぶと、オルリック嬢は「はっ、ひゃいっ」としどろもどろになってしまう。
(コルネ嬢が帰ってしまったからといって、悲しんでないか、いないわよ)
「王都からわざわざ訪ねて来てくれた彼女の悪口を言うのは止めてくださる?」
私の言葉にオルリック嬢はハッとする。
「大切なお友達だったのですね。失礼しました」
「べ、別に。友達なんかではないわ!」
「!?」
(やだ、どうしたのかしら? 視界がぼやけて……)
「ルイーザ様!?」
「わ、わたくしは別に寂しいから泣いているわけでは……ないのですからね!」
「! あ、分かりました! 玉ねぎが目にしみたんですよね!?」
この時は玉ねぎの皮をむいていて良かった……と心底思うことになった。
◇
コルネ嬢とはもう会うことはない。
わたくしはそう思っていた。
そして王都のはずれにある修道院で、人知れず朽ちて行く定めだと思ったいたのだけど――。
「ルイーザ・マリー・テレンス。あなたはよほどの強運の持ち主のようですね。喜びなさい。王太子殿下の婚約者、アンジェリカ・リリー・コルネ伯爵が、あなたを侍女に迎えたいそうです」
朝晩の冷え込みは厳しいものの、春の気配を日中は感じられるようになった時、驚きの話を修道院長から聞かされることになったのだ。
「衣食住は提供され、支度代は支給されますが、給金は雀の涙ほど。分かりますよね? 通常、父親が罪人の元公爵令嬢を侍女になんてしません。それを敢行するには見せしめが必要です。『あの女はただ同然で働かされている』――そう思われることで、陰口や嫌がらせを回避するのです。それでも嫌味を言われたり、嫌な思いはするでしょう。そうであっても修道院で生きて行くのと、宮殿で侍女をするのでは……世界はガラリと変わります。どうされますか? 王都へ戻りますか?」
それは修道院長の言う通り。
ここで迷う余地などなかった。
「修道院長、お世話になりました。わたくし、王都へ戻りますわ!」
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