わたくしの願い
面会室には、二人掛けの粗末なテーブルと椅子か並んでいる。そこに馴染むような落ち着いたミッドナイトブルーのドレス姿のコルネ嬢は……くりっとした瞳を細めて笑顔になった。
その笑顔は見ていて気持ちがほっこりするもの。
つられて笑顔になりそうになり、わたくしは慌てて口元を引き締める。
「……未来の王妃様がこんな寂れた修道院に何の用事ですか?」
公爵令嬢としてのツンとした口調になってしまい「しまった」と思うが、仕方ない。染みついた言動はそう簡単には変わらないもの。
「御礼を言いたかったんです」
「御礼……?」
「手紙は書きましたが、直接は言えていません。本当は修道院に向かわれる時に見送りをしたかったのですが、いろいろあって都合がつかなくて……改めて言わせてください。あの時、侍女を通じてスコット筆頭補佐官に、私のピンチを伝えて頂き、ありがとうございました」
そこでペコリと体を折るようにして頭を下げるので、わたくしはビックリしてコルネ嬢に近づく。
「頭をあげなさい! あなたは未来のこの国の王妃なんですよ! こんな修道院の修道女に頭を下げるなんて! 正々堂々としてください。警備兵も見ているではないですか!」
「あっ、でも……」
「でも、はないです! ほら、背筋を伸ばして、少し顎は引いて」
そうやって指導してハッとする。
「コルネ伯爵に不躾に指導してしまい、申し訳ありませんでした」
修道服姿なのに、貴族令嬢のようにお詫びの動作をしてしまい、またも「しまった!」と思うことになる。
「なるほど。確かにこの姿勢は凛としたものになりますね。ありがとうございます、テレンス嬢」
「あ、あの、どうぞ、お座りになってください。……粗末な椅子ですが。クッションもないので座り心地はすこぶる悪いです」
「ありがとうございます! 侍女の待機部屋はこんな感じでしたから、気になりませんよ」
コルネ嬢は爛漫な笑顔を浮かべる。
「……だからコルネ伯爵、そういう余計なことは言わなくていいのです! 侍女の待機部屋と王太子妃の婚約者の椅子が同じもの……そんなわけがないので、違っていて当然です。でもあなたがそんな椅子に座っていたことなど、侍女をしていたことは、あえて言わなくてもいいのです!」
「あっ、なるほど」
「もうっ、しっかりなさってください!」
そこでコルネ嬢についている侍女が、ティーセットを載せたトレイを手にこちらへとやって来る。その瞬間、懐かしいアールグレイの香りに気持ちが華やぐ。
「ここは王都に比べて冷えますよね。良かったらこちらを使ってください」
そう言ってコルネ嬢は椅子に座ると、傍らに置いていた籠を持ち上げる。そしてその籠ごとわたくしに渡してくれた物は……。
ウールの厚手のカーディガンと膝掛け、上質なキルティングの……多分、ガウンだわ!
「……ありがとうございます」
籠を受け取った時、コルネ嬢の手に触れることになり、そこで息を呑む。彼女の手は冬の今でも乾燥などなく、スベスベで触り心地が良かった。対してわたくしの手はあかぎれもあり、ガサガサで……。
「実は私、今日、大量のオリーブオイルを寄贈したんです。南部からちょうど王都に大量に届いたので。あと、こちらの修道院では養蜂が行われていますよね。蜜蝋があると思います。この蜜蝋にオリーブオイルを加えて、乾燥したラベンダーがあれば、それをすりつぶして加えるんです。そうすると簡易のハンドクリームが完成します。日常使い出来るので便利ですよ」
そう言われた時、正直、コルネ嬢には……いろいろな意味で勝てないと思ってしまった。
孤児院や修道院に寄付をしても、寄付した物が食べ物なら、食べたらおしまい。服なら破れてほつれたら、おしまい。
(でも今、コルネ嬢が提案したハンドクリームは、持続性があるわ。蜜蝋は確かにこの修道院で常備されているし、加えるハーブはラベンダー以外でもいいはず。オリーブオイルがなくなれば、ラードだってある。いつでも簡易にハンドクリームを用意をできるわ)
レグルス王太子殿下のお気に入りと分かってから、コルネ嬢について調べた。すると彼女は殿下の侍女になった直後に、次々と宮殿で働く職員たちを喜ばせる発明をしている。
平民から貴族まで役立つ、苦い粉薬を飲みやすくする方法。羽根ペンにつける金属。ソロバンという道具……。
(彼女ならただのお飾り妃にはならないわ。レグルス王太子殿下を支える賢妃になるに違いない……)
「あ……それともちゃんとしたハンドクリームが欲しかったですか? よければ後ほど送ります」
「コルネ嬢」
「は、はいっ!」
「あなたはレグルス王太子殿下の婚約者なのです。もう殿下の侍女ではないのですよ。さらにわたくしは元公爵令嬢で今は平民。あなたがへりくだる必要はございません」
そう、そうなのだ。コルネ嬢は謙虚過ぎる!
その謙虚さは時に外交では弱点になりかねない。
未来の王妃として凛として欲しいとわたくしは願っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
どこかツンデレのテレンス元公爵令嬢です~






















































