最初のダンス
「今日の主役は間違いなくこの二人であろう。コルネ嬢……コルネ伯爵を見出した王太子レグルス・ウィル・アトリア。そしてアンジェリカ・リリー・コルネ伯爵。二人に最初のダンスをお願いしたい」
国王陛下の言葉にレグルス王太子殿下の方を見ると、彼はすぐに私に近づき、実に優雅に手を差し出す。
「献身の乙女であるコルネ嬢。栄誉ある君とのダンス、ぜひ受けていただけないでしょうか」
口元に柔らかく浮かぶ笑み。
満面の笑顔ではない。でも普段からポーカーフェイスのレグルス王太子殿下が見せる、口元で笑っていると分かる表情。もうそれだけでホールにいる人々から「おおおっ」の声が上がっている。この「おおおっ」は、「王太子殿下が口元だけでも笑った!」という驚き、そして「微笑む彼はなんと美しい」という感嘆の声だ。
「喜んでダンスをお受けいたします。よろしくお願いします、レグルス王太子殿下」
レグルス王太子殿下が差し出した手に、自分の手を載せた。彼は私の手の甲に、実に上品にキスをする。
その洗練された動きに意識が飛びそうになるが、なんとか踏みとどまり、そのままレグルス王太子殿下のエスコートでホール中央へと向かう。
「先程のスピーチは実に感動的でした。事前準備もなく、あんなに大勢の前で、自分の想いを語れる――それは一種の才能です」
ストレートな褒め言葉に、私の頬は瞬時に緩みそうになり、慌てて表情を引き締める。
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。冒頭の粉薬、羽根ペン、算盤のデモンストレーション。あれはもしかしてレグルス王太子殿下の発案ですか?」
「! そうです。よく分かりましたね」
(心の声を聞いてしまったのだけど、それは内緒よ)
「今回のような斬新なアイデアは、レグルス王太子殿下らしく思えました。実に効果的だったと思います。すぐに王都中に粉薬、羽根ペン、算盤の件が広がるかと」
「そうですね。そうなると需要が高まりますから、職人の皆さんには頑張っていただかないといけません」
「みんな、舞踏会へ参加するなんて初めての経験で、とても緊張していたと思います。でも同時に。嬉しいと感じているはずです。ある意味、裏方で頑張っている皆さんですから。表舞台に登場し、注目を浴びることで『頑張ろう!』という気持ちが高まったかと。国としても最大の礼を尽くしているのです。みんな頑張ってくれるはず」
そこでホール中央に到着し、前奏を聴き、始まりのポーズをとる。華やかなメロディと共に曲がスタートし、レグルス王太子殿下が私をリードしながら動き出す。
しばらく動くことで、レグルス王太子殿下のダンスの動きが理解できた。
(とてもダンスがしやすいわ。私に無理な動きをさせず、音楽の流れに合わせながら、自然に次の動きへと導いてくれる)
二人の姉が蝶よ花よともてはやされている時に社交界デビューとなり、私はほとんと舞踏会や晩餐会に足を運ばないまま、行儀見習いで宮殿勤めを始めてしまった。
舞踏会は宮殿で行われることが多く、コーデリア第二王女殿下は優しいので、私が舞踏会へ行きたいと言えば、喜んで許可してくれただろう。でも私は「どうせ行ったところで壁の花よ」と、舞踏会へ行くことはなかった。よってダンス慣れてしているわけではない。
(でもレグルス王太子殿下のリードなら、こんな私でもちゃんと様になるダンスができるわ……!)
そこで聞こえてくるのはレグルス王太子殿下の心の声。
《子リスはどうやら舞踏会慣れしていないし、ダンスもあまりしていないのだろう。わたしのこのリードで問題ないだろうか。なるべく彼女の負担にならないよう、気を付けているが……》
「レグルス王太子殿下」
「はい」
「とても踊りやすいです。優しくリードいただき、ありがとうございます」
自然と口をついて出た御礼の気持ちだった。
だが私の言葉を聞いたレグルス王太子殿下は――。
(え……? なんだか耳が赤くなっている……?)
驚きでその顔を見ると、表情はいつも通りだが、紺碧色の瞳がなんともうるうるしているように思える。
(まさか。気のせいよね?)
《どうしてだろう。どうしてこんなにも……子リスに褒められると、嬉しく感じるのだろう……》
(えっ、喜んで、耳を赤くしているの!?)
そうと分かると心臓がドキドキしてしまう。
《平常心を保たないと。何より、最後まで子リスをちゃんとリードしなければならない》
この心の声で、レグルス王太子殿下もドキドキしているのでは!?と気付いてしまい、さらに私も鼓動が速くなる。
そんな状態だったからか。
最初のダンスはあっという間に終了だった。
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