訪ねて来たのは……
扉がノックされ、誰が訪ねて来たと思ったら……。
着ているドレスは光沢のある赤ワインを思わせるバーガンディー色。黒のフリルが胸元や裾を飾り、とても大人っぽい! そしてこのドレスを着ているのは、鍛冶職人のダイアンではないですか!
「ダイアンさん、そのドレス、とっても素敵です!」
「ありがとう、コルネ嬢。あなたこそ、そのドレス、素晴らしいわ!」
「ボルチモア先生も、その濃紺のテールコート、よくお似合いです。今日はダイアンさんをエスコートされるんですね」
「はい。普段、裏方で皆様を支える立場なので、こう表舞台に出るのは何とも気恥ずかしいのですが……」
そこにドタドタ沢山の人が入って来たと思ったら、それは黒のテールコートを着た鍛冶工房の職人たち。
「おお、コルネ嬢がお姫様になっておる!」
「こんな別嬪さんなら息子の嫁にしたい!」
「コルネ嬢、わしを婿にしてくれ!」
もうみんなワイワイガヤガヤで大騒ぎ。
そんな彼らの後ろで遠慮がちにしているのが、料理人とパティシエの皆さん。彼らも黒のテールコートをきちんと着ているが、緊張でガチガチの雰囲気が伝わってくる。
「皆さん、初めての舞踏会で緊張しているのなら、お酒を飲める年齢の方は、こちらのポートワインをどうぞ」
日常的にワインを飲む文化なので、舞踏会に行く前、馬車の中で軽く飲む一杯として、ポートワインは楽しまれていた。部屋にポートワインを用意していたのは、来客時に出すためだった。
「ああ、確かにここは緊張を緩和するため、いただこうか」
「俺も飲んでおく。とにかく舞踏会は軽食提供するためのイベントという認識しかないからな。まさか自分が参加するなんて、想像していなかった」
「ポートワインなら甘口で飲みやすいですからね。甘党の自分も大好きです。一杯いただきます」
こうしてみんな、小ぶりのポートグラスで本当に少量のワインを飲み、肩の力が抜けたようだ。
「ありがとう、コルネ嬢! これでどうにかなりそうだ」
「なんだか吹っ切れたぞ。舞踏会、ドンとこい!」
「よーし、舞踏会の会場へ行こう!」
みんなが順番に続々と部屋を出て行く中、宮廷医ボルチモアは幼なじみであり鍛冶職人のダイアンをエスコートして部屋を出たが、二人してこちらを振り返るので、ビックリしてしまう。どうしたのかと思い、扉から廊下の方を見ると……。
アイスシルバーのサラサラの前髪は分け目を変え、眉毛もいつも以上に綺麗に整えられている。ダイアンと宮廷医ボルチモアを見送る横顔の美しさと言ったら……。
顎のラインはシャープで、顔周りはすっきりとして、その肌は透明感があり、女性が思わず羨むもの。贅肉のない引き締まった体躯を包み込むのは、アイスシルバー色のテールコートだ。白革のロングブーツ姿なのに、全体がシュッとして見えるのは、実際長身であるのと、紺碧色のマントをつけているからだろう。
まさに容姿端麗、眉目秀麗なその姿で、笑顔を浮かべたら、目撃した令嬢は失神するかもしれない。だがその表情は……相変わらずのポーカーフェイス。
「!」
思わずガン見してしまったが、私の視線に気づいたレグルス王太子殿下がこちらを見た。
《……! なんて美しいのだろう……。まるで美の女神がこの世界に顕現したかのようだ。普段、侍女であることに徹するためか、化粧もほとんどせず、ドレスもシンプルなものばかり着ていた。でも……それが正解だったのだろう。このように着飾った姿を見ては……宮殿の職員たちの羽根ペンを持つ手は止まってしまうはずだ》
漏れ聞こえるレグルス王太子殿下の言葉に、一気に全身が熱くなる。
それもそのはず。
(こんなふうに褒められたことがないのだから!)
心臓もドキドキしてしまい、深呼吸が必要になる。
「レグルス王太子殿下、とても美しいドレス、ありがとうございます。おかげで馬子にも衣装で、この通り。今日一日は侍女ではなく、侯爵令嬢になれそうです」
「想像以上にドレスが似合っていて、感動しています。君の元々の美しさが引き出されるドレスだったのでしょう。今日一日だけではなく、常にその姿でもいいとは思いますが……スコットが執務に集中出来なくなるので……」
最後の方が口籠るなんて、レグルス王太子殿下らしくない──そう思ったら。
《スコットだけではなく、わたしも執務に集中出来そうにない。それにやはりこの姿を見てしまったら、職員は仕事が手につかなくなる! だからこんなふうにドレスアップするのは……》
「殿下、コルネ嬢、そこにいらいらしたのですか! そろそろ会場へ移動してください!」
スコット筆頭補佐官の登場に、レグルス王太子殿下の心の声はストップしてしまったが。私の鼓動は激しい。
(さ、さっき、レグルス王太子殿下は何と言おうとしていたのかしら!? こんなふうにドレスアップするのは、いつがいいと言いたかったの……?)
チラリとレグルス王太子殿下を見るが、彼は心の声とは真逆の落ち着いた様子で私に手を差し出し、エスコートを始める。
美貌の横顔に、心の声で垣間見た動揺は感じられない。
そうなると何だか一人で盛り上がっているようで、気恥ずかしくなってしまう。だがとても小さな声で囁くように、レグルス王太子殿下が何か言っている。
「……今日のようなドレスは……できれば執務室にいる時だけにしてください」
「えっ!?」
よく聞き取れず、問い返すと、レグルス王太子殿下は完璧なポーカーフェイスで「いえ、何でもありません」と静かに答えた。
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