わたしも同じです
レグルス王太子殿下に抱きしめられていた。
(ち、違うわよ。冷静になるの、私。この世界はハグという文化があるの!)
そう思うものの……。
(ハグにしてはちょっと長過ぎではありませんか、レグルス王太子殿下?)
どうしたのかと思うが彼の心の声は……。
《良かった。ちゃんと生きている。具合が悪いところもなさそうだ。聞くとブランチでもきちんと食事をしたというし、ボルチモア医師からの報告でも、何も問題はなかった。大丈夫だ。もう大丈夫》
心底安堵してくれていることが伝わってくる。
(そんなに……そんなにも心配してくださっていたのね)
両親もそうだし、二人の姉、宮殿で働く使用人や厨房のみんな、鍛冶工房の職人たち、そしてレグルス王太子殿下と、多くの人といつの間にか絆を紡いでいたことに気が付く。
(コーデリア第二王女の侍女をしていたら、ここまで多くの人と知り合うことはなかったわ。私を自身の侍女に抜擢してくれたレグルス王太子殿下には、心から感謝だわ)
そう思うと、ハグのつもりでレグルス王太子殿下の背に回していた腕に力が入りそうになる。
だが――。
「こほん」というスコット筆頭補佐官の咳払いで、ゆっくりレグルス王太子殿下が私から離れる。
「コルネ嬢の様子を確認するがてら、食べ損ねた昼食を取りたいと考えてしまいました。君もブランチを取り、夕食までのこの時間、小腹も減るのではありませんか。よかったらお付き合いいただけないでしょうか」
(やっぱり。私の予想通りだわ!)
「まさに何か摘まみたいと思っていたところでした。ぜひ、ご一緒させてください」
「ありがとうございます。ではどうぞこちらへ」
自然に手を差し出され、レグルス王太子殿下のエスコートで着席することになった。
「シェフが殿下とコルネ嬢のために、特別に用意した栗とポルチーニのビスクでございます。秋の味覚の旨味をぎゅっと詰め込み、心身共にあたたまる自信作だとシェフが申しておりました」
ポルチーニは高級食材として知られている。香りも良く、その深い味わいに貴族のファンも多い。しかもシェフの特製!
(レグルス王太子殿下の遅めの昼食に便乗できた特典ね!)
「では冷めないうちにいただきましょう」
「はい!」
こうして用意された料理の数々に舌鼓を打ちながら、レグルス王太子殿下から今回の騒動の顛末を聞くことになったが、多くがスコット筆頭補佐官から共有してもらっていることだった。
新情報としては……。
「ハンス一家から君への手紙を預かりました。君が公爵令嬢を守るため、身代わりとなっていたと知り、驚き、その献身と勇気に感動したようです。そして今回、巻き込むことになったお詫び。さらには放火の危険性を示唆し、皆を避難させたことへの強い感謝。この二つを伝えるため、手紙を用意したようです」
そう言って渡された手紙。封筒は安物であるし、表面に書かれた私の名前は、子どもが書いたかのように下手くそだ。
でもそれはそのはず。
平民の多くが、字を読むことはなんとかできるが、自分で書くのは得意ではない。紙も羽根ペンもインクも安い物ではなかった。それでも今回、私へ謝意を伝えようと、ハンス一家が必死に書いてくれた手紙なのだ。有難く受け取り、後ほどじっくり目を通すことにした。
「レグルス王太子殿下、手紙、ありがとうございます。……感謝を伝えると言えば、私も改めて殿下に気持ちを伝えさせていただけないでしょうか」
レグルス王太子殿下が頷き、私は深呼吸と共に言葉を紡ぐ。
「本当に、窮地を救って下さり、ありがとうございました。今、ここでこんなに素晴らしいお料理を味わえるのも。殿下に再び会えるのも。あの場に殿下が駆けつけてくれたからです。一人の使用人のためにそこまでしてくださり……言葉にならない程感激し、ありがたく思っています」
《当然のことをしただけなのに。それに……》
「コルネ嬢。君はわたしを窮地から先に救ってくれています。今回、わたしはその恩返しをしたに過ぎません」
「そんな……! 殿下の立場を考えると、使用人のためにそこまでする必要は」
「まさかそこまでする必要はなかった、などと言いませんよね? 君がハンス一家を救いたいと自然と動いたように。わたしも君を救いたいと思い、気づいたら行動していました。救うべき命、救わなくてもいい命。そんな差は命にありません。使用人であろうが平民であろうが、関係なく。救える命があれば救いたい――そうコルネ嬢は考えているのでは? その点はわたしも同じです」
あっさり論破され、私は「あ……」という状態で固まってしまう。
でもすぐに伝える。
「レグルス王太子殿下、おっしゃる通りです。そんな殿下だからこそ、私は誠心誠意を込め、お仕えしたいと考えています。……殿下は私の労に報いるため、例えばこのイヤリングもプレゼントしてくださりました。私も今回の感謝を気持ちだけではなく、何か別のことでも表現したいと思っています。羽根ペンや算盤のような、殿下の執務を軽減する提案はまだできると思います。何か私にできることはありませんか?」
《わたしの贈ったイヤリングをつけてくれているのか。……なんとも嬉しい気持ちがわきあがる。こんな感情、初めて味わうが、とてもくすぐったいな……》
いきなり漏れ聞こえる心の声が甘酸っぱいもので、私は聞いてしまったことが申し訳なくなる。
「感謝の言葉だけでは足りない。何かしたいと思う気持ち、よく理解できます」
あわあわしかけたが、レグルス王太子殿下がすぐに話し出してくれたことに安堵する。
「私の気持ちを汲み取っていただき、ありがとうございます。……何か、殿下の方でご希望はありますか?」
「あります。お伝えしても良いでしょうか?」
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