知らないこと
「おい、じいさん、連れてきたぞ」
「こ、このお嬢さんが……。孫と変わらない年齢ではないか! それなのにうちの孫を、孫を……」
「お義父さん、しっかりしてください」
「よし、このまま厩舎の二階へ連れて行こう。梯子を外せばもう逃げ出せない」
馬車が止まり、扉が開く音がした後、聞こえてきたこの会話。私を攫うよう、傭兵崩れに頼んだのは……おじいさん=祖父、義理の娘(母親)、息子(父親)で、孫娘もいるということは、家族!?
(平民の家族が公爵家相手に動くなんて、余程のことだわ!)
「目隠しをしているんだ。馬車から下ろすのは注意した方がいい」
傭兵崩れの男がそう言うと、「父さん、僕が降ろすよ」とまた別の声が聞こえる。
「君、こっちへ移動してきてくれる?」
「あ、はい……」
このまま馬車に乗っていても、埒が明かない。何より私を攫ったのは、どうやら平民の家族なのだ。彼らからとんでもない目に遭わされる気がしないので、ここは素直に体を動かす。
「じゃあ、抱き上げるから、そのまま僕に掴まって」
「分かりました」
私を抱き上げた青年は体ががっちりしている。でもそれはアスリートのような感じとは違う。日々の労働で使う筋肉が鍛え上げられた感じだった。
「……すごいな。貴族っていい匂いがする」
青年の感想にいやらしさはなく、単純に驚いている様子。しかも今の言葉で確定する。
(やはり平民だわ)
「あの、どうしてわたくしを攫ったのですか? わたくしの両親が……あなた方に何かしたのでしょうか?」
「君は……何も知らないんだね」
「そうですね。両親がもしあなたやあなたの家族に迷惑をかけているなら、やめるように伝えたいと思います」
私の言葉に青年はため息をつく。
「君は善良なお嬢さんなんだと思う。でも……君の両親は違うんだ。君が着ているそのドレス。今、触れている僕はとても気持ちがいい。上質な布で出来ているんだろう。そんな素敵なドレスを買うためのお金。君の両親は……父親はどうやって手に入れていると思う?」
「それは……父親は貿易業で成功しています。それに北エリアには紡績工場も所有しているんです。そこで得た収入でこのドレスを作ってくれたと思います」
「表向きはそうなんだろう。公爵なんだし、立派な人間だと思われている。でも実際は違う」
「それはどういうことですか!?」とまさに問おうとしたら「降ろすよ」と言われ、抱き上げられていた体が地面に下ろされた。同時に干し草のような香ばしい匂いがして、馬の鳴き声が聞こえる。
(厩舎についたのね)
「ここに梯子がある」
両手を掴まれ、導かれた先に確かに梯子があった。
「この梯子を登って、上で大人しくしていて。父さんも母さんも君を殺すつもりはない。妹が無事戻れば、君は解放される」
「あの、わたくしのお父様は、あなたの妹に……」
そこで「トーマス、何をしている。さっさと二階へ登らせろ!」と声がかかる。
「はい、父さん」
返事をした青年……トーマスが私から目隠しを外す。
「厩舎は天井が高い。二階から落ちたら骨を折るだろう。運が悪いと首の骨を折って即死だ。逃げることは考えない方がいい。そして僕たちの周囲の家の人たちも、みんな被害者だ。君の父親のことを憎んでいる。だからいくら助けを呼ぼうと叫んでも、無駄だから」
トーマスの説明を聞いている間に目が慣れた。
薄暗い厩舎の中に私はいて、背後には……トーマスがいる。目の前には梯子があった。そして私の両手はその梯子を掴んでいたのだ。
「では梯子を登って。二階は以前、僕と妹で使っていた。ベッドもあるからそこで休むといい」
「まだ話が途中なので、もう少し、話せませんか」
チラリと振り返ると、明るいブラウンの髪に、薄い水色の瞳の中肉中背のトーマスの姿が見えた。だぼっとしたベージュのチュニックに、スモークブルーのズボン。商人ではない、農夫だろう。二の腕の筋肉は想像通り、がっしりとしている。
「悪いけど、これから夕食なんだ。君の分も運ぶよ。そこに滑車があって、二階のロープを引けば、夕食を入れた籠が運べるようになっているから」
「では夕食の後に」
「どうかな。後片付けや風呂の準備もあるし……」
そこで言葉を切ると、トーマスが私に尋ねる。
「貴族は身分を示すものを持ち歩いていると聞いている。それを渡してもらえるかな?」
「分かりました」
テレンス公爵令嬢から受け取っていた扇子をトーマスに渡しながら伝える。
「私は……お父様が何をしているのか、知りたいです。もし道を踏み外すようなことをしているのなら、止めたいと思います。夕食後、どうか気が向いたら話をしに来てください。お願いします」
そこで丁寧に頭を下げ、梯子を登る。
「トーマス」
丁度、私が梯子を登りきったところで、老婆の声が聞こえてきた。
「お前は夕食をとって来なさい。この子の夕食の世話は私がするから」
「ばあちゃんは夕食、とったのか?」
「ああ、先に食べさせてもらった」
「そうか。じゃあ、ばあちゃん、頼んだよ」とトーマスが出て行く。代わりにこの場に残ったのは、白髪まじりのトーマスと同じ髪色の老婆……トーマスの祖母だ。彼女は滑車についた籠に、パン、リンゴ、深めの容器に入ったスープ、水の入った瓶を入れると、顔を上げる。
トーマスと同じ、薄い水色の瞳と目が合った。
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次話は19時頃に公開しますね~






















































