鉄板ネタなのに
私の腰を抱き寄せ、耳元で「わたしのクールなイメージを崩さないで下さい」とささやくのは、レグルス王太子殿下!
耳周りは何というか敏感なので、変な声が出そうになり、慌てて呑み込むことになった。
一方のレグルス王太子殿下は、ドキドキしている私の腰から手を離すと、いつも通りのポーカーフェイスで着席している令嬢たちへ挨拶をする。
「ようこそお越しくださいました。レグルス・ウィル・アトリア、この国の王太子です。わたしの婚約者候補である皆様と話す場をと思い、このお茶会の席を設けました。限られた時間とはなりますが、皆様と話すことができたら幸いです」
サラサラのアイスシルバーの髪は、秋の午後の陽射しを受け、煌めいている。切れ長の紺碧色の瞳は涼しげで、実に美しい。スラリとした長身を包み込むのは、秋空を切り取ったかのような水色のセットアップだ。
頭脳明晰、運動神経抜群、そしてこの通りの容姿端麗。これで微笑んだら、この場にいる令嬢全員が陥落だろうに。
レグルス王太子殿下が笑みを浮かべることはない。
その美麗な姿に魅了されるも、感情のない完全無欠の王太子に、令嬢たちはどう反応していいか分からない様子。美しい薔薇であるが、鋭い棘があると分かっているので、手を出せない――まさにそんな様子に思える。
用意されている席に、レグルス王太子殿下が着席すると、左右に座る令嬢の背筋はピンと伸び、緊張している様子が伝わってくる。
(自分からお茶会を主催しているのに! レグルス王太子殿下、笑顔の一つでも見せないと!)
私がそう思っていると、この場をフォローするかのように登場したスコット筆頭補佐官が、レグルス王太子殿下に声をかける。
「では殿下、始めましょうか」
問われたレグルス王太子殿下は静かに頷く。
私はメイドたちに合図を送り、お茶会がスタートした。
◇
お茶会の最中、令嬢たちと歓談するレグルス王太子殿下の姿をのんびり眺める……そんな想像を一瞬でもした自分を叱責したくなる。正直、そんな余裕は皆無だった!
「レグルス王太子殿下は、王立劇場で上演されている劇もご覧になるのですか?」
「……それが公務であれば足を運びますが、普段、個人的に観劇に行く時間はないですね」
「そうなのですね……」
「あ、王太子殿下は王都に出来たジェラートのお店には行かれたりしますか!? パスタ料理と共に今、王都では人気なんですが……」
「食事は宮殿か王宮で済ませてしまいますね」
《退屈だ。演劇もオペラも拘束時間が長いから、そう足を運べるわけではない。教養の範囲内で代表作や劇作家や音楽家のことは覚えているが……。それに宮廷料理人とパティシエがいるのに、なぜわざわざ街へ繰り出して食事をするのだ? まだ若い令嬢というのは、こんなにも中身のない会話をするものなのか?》
レグルス王太子殿下が普段会話している相手は、この国の重鎮や国王陛下。晩餐会で会話するのは、外交相手の王族や大使だ。さらに彼が会話する女性は、王族や大使の婚約者や大使夫人。社交界慣れした年上の令嬢やマダムが多い。もしくはきっちり教育を受けた頭のいい令嬢だ。
(同年代、もしくは年下令嬢との会話には……慣れていないのだわ!)
令嬢たちの会話、普通のお茶会なら盛り上がる。
劇が話題に出れば「観に行きましたわ」「まだ観ていないのですが、どんなお話ですか?」と会話は途切れることがない。スイーツが話題になれば「そのお店、行きましたわ!」「美味しかったですわよね!」と会話は弾むもの。
(みんな、鉄板ネタを披露している。それなのに会話が盛り上がらず、続かずで、困惑しているわ……)
仕方ないのでさりげなくフォローに入ることにした。本来はメイドがすることだが、空の皿などを片付けながら、さりげなく声をかける。
「王立劇場と言えば、建設されたのは建国王であるリチャード一世ですよね、殿下。当時は建材不足で、大変だったと書物には書かれていますが」
《子リス! よくそんなことを知っているな。通常の王国史では習わないことなのに》
レグルス王太子殿下の心の声が、瞬時にご機嫌になっていた。そのご機嫌のままで、私の言葉に反応してくれる。
「ええ、その通りです。山火事があり、予定していた森林の伐採地から木材の供給が難しくなったのです。そこでリチャード一世は、木造で劇場を建設することを断念せざるを得なくなりました」
「まあ、そんなことがあったのですね。木材の調達が難しくなり、王立劇場の建設はストップしかけた。でも建国王であるリチャード一世は、発想の転換をされたのですね」
(誰かこの会話を拾ってくれたらと思ったら、上手いことテレンス公爵令嬢が拾ってくれたわ!)
「ええ、その通りです。木造建築を諦め、石造りの建物にした。そのことで三百年の月日が経った今も、王立劇場は建設当時の姿のままで残っているのです。もちろん、幾度となく、修繕は行われています。ですがその多くが、三百年前のその姿をとどめています」
レグルス王太子殿下としては、自身の先祖の話であり、外交トークではよく話すネタでもあった。慣れた様子で話し始めたことに安堵する。
「そうだったのですね~」
「それは知りませんでしたわ」
なんとか他の令嬢たちも、合いの手という形ではあるが、話に乗ることができている。そしてその合いの手にも、レグルス王太子殿下はちゃんと反応。さらに……。
「リチャード一世が当時の苦労を振り返る『遠い日にありて』は古典文学として残されていますが、昔は王立劇場で上演されていたのです」
「まあ、そうなのですね。あ……そう言えば、お父様が、昔は王族が演劇の舞台に立っていたと言っていたのですが、もしや殿下のおっしゃる『遠い日にありて』と関係していますか!?」
テレンス公爵令嬢の言葉に、レグルス王太子殿下が大きく頷く。近くに座る令嬢たちは興味を引かれたようで、前傾姿勢で耳を傾けている。
「『遠い日にありて』が王立劇場で上演される時、リチャード一世役は王族が演じることになっていたのです。よってテレンス公爵が『昔は王族が演劇の舞台に立っていた』と言っていたのは、正しいです」
レグルス王太子殿下のこの言葉に、令嬢たちは驚き、「どうして今は上演されないのですか」「再上演の可能性はないのです?」と、ようやくお茶会らしい盛り上がりを見せ始めた。
(このテーブルはこれで大丈夫そうね)
安堵したのも束の間、隣のテーブルの令嬢から「レストルームに行きたい」と言われたり、「早くこっちのテーブルにも殿下に来て欲しい」とリクエストされたり。
「レストルームにはこちらのメイドが案内いたします。他に一緒に行かれたい方はいませんか? そして殿下はあともう少ししましたら、こちらのテーブルへ移動いただきますので、もう少しお待ちください」
お茶会が終わるまで慌ただしい時間が続いた。
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