その理由
「うーん! このスパゲッティ、本当に美味しいですね! トマトソースにニンニクが効いて。バジルにもよく合いますし、何よりワインが進みます!」
私とパスタ料理のお店へやって来たスコット筆頭補佐官は「今日は僕、久しぶりに飲んでしまいますが、いいでしょうか!?」と尋ねるので「ええ、そこはご自由にしてください。……悪酔いして絡んだりしませんよね?」と聞くと「しませんよ! ちょっと陽気になるぐらいです」と笑っていた。そして実際、ワインを飲み始めると、宣言通り、陽気で普段以上におしゃべりになる。
「いやー、こんなに身も心も満たされて、このお店へ来てよかったです! 何よりコルネ嬢と来ることができてよかったですよ!」
そう言うとスコット筆頭補佐官は、グラスに残っていた赤ワインを喉を鳴らして飲み干し、三本目のワインをボトルで頼む。そして眼鏡越しでグリーンの瞳をこちらへと向けた。
「コルネ嬢!」
「は、はいっ」
「改めて伝えさせていただきます」
そう言うと、スコット筆頭補佐官は、自身の両手で私の両手を握りしめ、グリーンの瞳をうるうるさせる。
「ど、どうされました!?」
「殿下の」
「はい」
「殿下の侍女になってくださり、本当にありがとうございます……!」
(一体何を言われるかと思ったら! 今さら何を……)
そう思ったのだけど。
「コルネ嬢が侍女になってから、殿下が笑うようになったんですよ!」
「!? そうなのですか!? 私はまだ殿下が笑うところを見たことがないのですが」
「それはそうでしょう。コルネ嬢の前では相変わらず感情を抑制し、周囲が求める王太子を演じていますから。でも羽根ペンの件。算盤の件。会議の席では何度となく、口元にフッと笑みが浮かんでいました。もう嬉しくて抑えようがないのだと思います」
今のスコット筆頭補佐官の言葉には、いろいろ聞きたいことが浮かんでしまう。
「えっと、周囲が求める王太子を演じるとは、どういうことでしょうか!?」
「あ」
そこでスコット筆頭補佐官は「てへ、ぺろ」みたいに笑うが……
「『あ』ではありませんよ! 酔ってうっかり口走ったのだとしても、笑って誤魔化すなんて許しませんよ!」
するとスコット筆頭補佐官は「そうですよね~」と言い「コルネ嬢は信頼できる方ですし……」と呟いたところで白ワインのボトルが登場。店員がボトルを開け、グラスを満たして去ると、スコット筆頭補佐官はおもむろに話し出す。
「実はレグルス王太子殿下は幼い時、誘拐されそうになったり、命を狙われたりすることがあったんですよ」
「え、そうなのですか!? でもそれは……新聞沙汰にもなっていないですよね?」
「はい。誘拐しようとしたのは、乳母だったんです。乳母を任されたのは子爵夫人で、双子の令嬢を出産され、母乳もよく出るということで、採用されました。元は男爵令嬢で子爵と結婚し、身分的にも問題ない。品行方正で何か起こすような人物には思えなかったのですが……」
そこでスコット筆頭補佐官は白ワインを飲む。
「その子爵夫人は、男児を産むよう、実は夫である子爵とその家族からプレッシャーを与えられていたようなのです。そこから逃げるようにして、乳母となった……ということまでは、本人もその家族も話さないので、分かりませんでした。まだ赤ん坊の殿下を育てているうちに、子爵夫人は我が子だと思い込むようになり……。殿下が間もなく三歳となり、乳母の役目が終わるとなった時、『自分の息子を屋敷に連れ帰るだけです!』と、殿下を王宮から連れ去る行動をとったのです。まあ誘拐未遂と言っても、犯人も動機もそんなものだったので、大事にはせず、処理されることになったのですが……」
先程の一口で、白ワインはグラスの半分ほどになっていた。そして今の会話を終えて、スコット筆頭補佐官がグラスを傾けると、もう空になっている! 私はボトルを手に取った。
「ありがとうございます!」と、グラスにワインを注いだ私に頭を下げ、スコット筆頭補佐官は話を続ける。
「誘拐されそうになったこと。殿下に非はありません。何より間もなく三歳という年齢です。自分で身を守るなんて無理な話なのですが……。殿下の父君である国王陛下は大変有能。ですがご自身の息子に対しては、特に王太子であることから、とても厳しいのです。誘拐未遂が起きた時も『そうやって呑気にしていると、また攫われるぞ! 周囲に隙を見せたら、命取りになる。自分が王太子であることをもっと強く自覚しろ』という趣旨の苦言を呈された。さらに殿下が初めて参加した狩猟大会で、暗殺未遂が起きたのです。殿下が落馬されたと知ると『情けない! 馬から落ちるほど、恥ずべくことはない。もっと乗馬の腕を磨き、自分を守る術を身に着けろ!』となったようなのです」
狩猟大会で暗殺未遂事件を起こしたのは、馬丁だった。しかもレグルス王太子殿下は、その馬丁とは仲が良かったのだ。兄と慕い、懐いていた。暗殺者だと気が付かず、懇意にしていた点も「甘い」と指摘され、かつ落馬しつつも無傷で済んだことから醜聞を公にする必要はないと、馬丁は地下牢につながれ、何もなかったこととして処理されたのだと言う。
話を終え、ゆっくりワインを口に運ぶスコット筆頭補佐官に私は尋ねる。
「つまり殿下は国王陛下から完璧な王太子になることを求められ、武芸を極め、勉強に励み、隙のなさを実現するために、あの表情を出さないスタンスになったのですね」
「その通りです。頭脳明晰で運動神経も抜群、そしてあの容姿。一見すると完璧に思えますが、感情は出さず、自分にも他人にも厳しく、相手を論破しがちなので……。殿下の本質を知る方は味方になってくれますが、そうではない相手からは冷徹王太子、氷の王太子と揶揄されてしまいます。そう言った噂にもまったく動じないと示すため、ますますクールな殿下になってしまった……というのが実情です」
これには「なるほど」と頷き、レモネードを口に運ぶ。
(いろいろ謎が解けたわ。あのポーカーフェイスには深い理由があったのね。しかも演じているだけで、彼自身は……心の声の人格の方に近いのかもしれないわ)
「そんな殿下が初めて心を許し、笑顔さえ浮かぶようになった女性は、後にも先にもコルネ嬢だけ。どうかこれからも殿下のことを頼みます!」
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