コルネ伯爵編
「こちらのマロングレーズもぜひ召し上がって見てください、コルネ伯爵」
「このプロシュートも味わっていただきたいですわ。アルセール国では豚に栗を与えていますの。そのおかげでお肉にほんのり甘みがあり、絶品なんですのよ」
アルセール国王夫妻と向かったオペラ。
ロイヤルボックス席は外交でも使われる。
前世のように飲食禁止ではない。
観劇前後はもちろん、観劇中の飲食も許されている。
(とはいえ、私はオペラが好きなので、観劇前後も、観劇中も、飲み物を口にするぐらいなのだけど)
しかし今日はアルセール国王夫妻と一緒の観劇。
外交も兼ねているので、飲み物に加え、軽食、スイーツが用意されている。
しかもアルセール国王夫妻は自国の食文化の紹介になると思ったようだ。あのマロングレーズを用意してくれたのだ。
(マロングレーズ。懐かしいわ。レグルス王太子殿下がハーン帝国に行っている間に行われた王太子妃教育では、がっつりアルセール国について学んだ。そこでマロングレーズもいただき、栗を食べた豚肉も食べたいと思っていたのだけど、ここで実現するなんて!)
本場のマロングレーズとプロシュートは絶品!
「マロンタルトもあるので、ぜひ召し上がってくださいませ」
「焼き栗もあるのでどうでしょうか」
アルセール国王夫妻は勧め上手だったし、さすがの栗の産出国。様々な栗の食べ物を用意してくれていた。しかもどれも美味しいのでパクパクといただけてしまう。
その状況の中で私は……。
(前世バレンタインを思い出し、チョコレートを女性から贈るイベントを立案した。それは上手く行ったと思う。チョコレートを作ったみんなは、それぞれ思う人にプレゼントしている。そこでいくつもの恋の花が咲いたはず。私もレグルス王太子殿下に渡すつもりだけど……)
今朝、第二王女や王妃殿下も含め、国王陛下とレグルス王太子殿下に、小ぶりのハート型のチョコレートを配っている。朝食の席でパクッと食べる形で。でもそれとは別にレグルス王太子殿下用で大きなハートのチョコレートを用意していた。
(本当はお昼に渡す予定だったのだけど……)
レグルス王太子殿下はお昼前から始めた会議が長引き、私は一人で昼食となった。
(ではティータイムと思っていたけれど……)
倶楽部のティータイムに招待されていたレグルス王太子殿下は外出だった。
かくしてチョコレートのイベントを主催しておきながら、肝心の私は本命たるレグルス王太子殿下にチョコレートを渡せていない状態だった。
(大量に作ったから、護衛騎士のクライン卿や男性の使用人、みんなにも配ったわ。スコット筆頭補佐官、ボルチモア医師、ホワイティア先生や鍛冶職人たちにも。でも……肝心のレグルス王太子殿下に渡せていないなんて!)
一応、このオペラ観劇の場にも持参している。でもこれだけ栗の料理やスイーツを食べてしまうと……。
チラリと見ると、ホワイトシルバーのテールコートを着たレグルス王太子殿下は、アルセール国王夫妻が勧める栗のスイーツや軽食をすべてちゃんと口にしている。
かくいう私も同じで、既に満腹になりつつある。
(栗というのは意外とお腹に溜まる気がするわ!)
「お、そろそろ始まるかな」
アルセール国王陛下の言う通りで、オーケストラの入場が始まっている。
「観劇中はこちらがおススメですわ」
そこでアルセール国の王妃殿下が勧めてくれたのは……栗粉を使ったパン!
見た目はパウンドケーキに似ており、その食べ応えは……。
(外側は少し固めだけど、中はもっちり、ずっしり。これは……腹持ちがよさそうね)
レグルス王太子殿下にチョコレートを食べてもらう。それは……明日になりそうだわ、と思ったところで、オペラがスタートした。
◇
「いやあ、素晴らしいオペラでした」
「さすがアトリア王国ですわ。歌手の皆さまのレベルが高く、感激いたしました」
アルセール国王夫妻は大満足で席から立つ。
《アンジェリカ。夫妻を見送ったら、少しロビーで話をしませんか》
レグルス王太子殿下が心の声で話し掛けてくれた。
驚いて彼を見上げ、でもこくりと頷くと、秀麗な笑みを浮かべている。
(そういえば今日のオペラ、恋愛ものだったけど、レグルス王太子殿下はいつもより強く拍手をしていた気がする。もしかしたらとっても気に入ったから、感想を話したい……とか?)
そんなことを思いながら、レグルス王太子殿下にエスコートされ、裏口へと向かう。表の混雑を避け、警備も万全に行き届いた状態で、アルセール国王夫妻が馬車に乗り込むのを見送ると、建物の中へ戻った。
「ロイヤルボックス席へ戻る。しばらくの間、アンジェリカと二人きりにして欲しい」
レグルス王太子殿下の言葉に同行していたテレンス嬢たち侍女、護衛騎士のクライン卿らは廊下で待機となる。
「アンジェリカ」
私を先に座らせ、その隣に腰を下ろしたレグルス王太子殿下が、アイスシルバーの髪をサラリと揺らし、美しい笑顔を浮かべる。
「三時間程のオペラを観劇したので、少しお腹が空いてしまいました」
「!」
「アンジェリカからは甘い香りがします。……アンジェリカを食べてしまいそうです」
そう言うとレグルス王太子殿下が私に顔を近づけ、首筋にキスをするから、失神しそうになってしまう。
意識を保つため「で、殿下! チョコレートが、チョコレートがございます!」と慌てて答えることになる。それを聞いたレグルス王太子殿下は口元にフッと甘い笑み。
「わたしはアンジェリカを食べたかったのですが……」
「そ、それはなりません。こちらを召し上がってくださいませ! 私の手作りですから!」
巾着に入れていた箱を取り出し、レグルス王太子殿下に渡す。
彼は「ありがとうございます」と受け取る。
「……チョコレートのイベントで作ったのですか?」
シュルっとリボンをほどく手の動きが、何だか艶めいて見えてしまう。
「そ、そうです! 本当はお昼にお渡ししたかったのですが……」
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしました」
「ですが今、小腹が空いているなら……」
そこで私はハッとする。
レグルス王太子殿下は、私から甘い香りがすると言っていた。
(つまりチョコレートを持っていることに気が付いていたのでは!?)
紺碧色の瞳を見ると、レグルス王太子殿下はその整った顔に優しい笑みを浮かべる。
(そうなんだ。そうなんだわ。今朝、みんなに配っただけではない。彼のために作ったチョコレートがあると気づいてくれたのね。でも渡すことができず、私が沈んだ顔をしているのに気が付いて……)
私の心の声など聞こえないのに。
レグルス王太子殿下はいつも私に寄り添ってくれる……!
胸がトクトクと高鳴ってしまう。
「これは……今朝のハートのチョコレートよりサイズが大きいですね」
「そうです……。殿下にたっぷり召し上がっていただきたくて」
「なるほど。ではいただいても」
「はい!」
レグルス王太子殿下は「上手に作れています」と褒めながらチョコレートを食べてくれたのだ!
その様子を見るだけで、私の心は満たされる。
「……! 美味しくてつい、全部食べてしまいました」
「食べていただいて問題ありません! 殿下のために用意したのですから」
「ですがアンジェリカ。あなたも味見をしたかったのでは?」
「え……」
そこで顎をクイッと持ち上げられ――。
レグルス王太子殿下のために作ったチョコレート。
それは……とてもドキドキして、甘い甘い幸せな味だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
チョコレートを食べた後のキスは甘々だったー!















