第二王女編
本当に、本当に。
本当に驚いたわ!
(だって。コルネ嬢が前世のバレンタインを思わせるイベントを始めると言い出したのだから……!)
とはいえ、私が前世で育った国の風習とは少し異なる。
確か日本と韓国ではバレンタインで女性が男性にチョコレートを贈る習慣があった。
私が生まれ育った国、周辺の国々でも、バレンタインは男性が女性にギフトを贈る文化だったけれど、とにかくまたも前世を思わせる考案をしたコルネ嬢には驚きしかない。
(もしかしてコルネ嬢も前世記憶を持つ? もしかして私と同じ世界で生きていたとか?)
気になるものの、第二王女の立場で変な問いかけはできない。
ただこのチョコレートのイベントに参加しない手はなかった。
(この立場でスイーツ作りなんてなかなかできないもの。挑戦しましょう!)
蓋を開けたらお母様……王妃やお姉様……王女まで参加しているのだ。
(これなら第二王女の私も堂々と参加できるわね!)
こうして私は手作りチョコレートを作り上げることに成功した。
(これはお父様、こっちはお兄様、これは……)
何となくで三つのチョコレートを用意した。
日本で言う、義理チョコと……本命チョコを準備したのだけど。
(えーと私、本命……なんていないわね)
でも朝食が終わった頃から、宮殿内のあちこちで恋の気配が起きている。女性たちがこぞってチョコレートを男性たちに渡しているのだ!
私は朝食の席でお父様とお兄様にチョコレートを渡した後、本命チョコを巾着袋に隠し、宮殿内をウロウロしている。
(だって何だかどこかにロマンスの種が落ちていそうじゃない?)
前世、そしてこの世界でロマンス小説を読み過ぎた?
結局。
何もないままお昼、ティータイムが過ぎ、間もなく日没になろうとしていた。
(今日は舞踏会も晩餐会もない。お兄様とコルネ嬢はオペラ観劇。お姉様はチャリティーコンサート。……となると、このままお父様とお母様と夕食ね……)
脱力した私は庭園の東屋のベンチに腰を下ろす。
(……護衛の騎士に渡す? でも一つしかない。誰にあげても変な噂が立ち、迷惑をかけてしまうわ。……もっと沢山用意して、全員に上げることにすればよかった。来年は……みんなの分を作るわ)
そう決意しても時、既に遅し。
(さすがに夕食の後にウロウロすることもできないし、これは……自分で食べよう)
夕食前にチョコレートを食べる罪悪感はあるものの。夕食後は絶対に食べ切れないだろうし、なんというか縁起物に思えるので、明日まで持ち越したくなかった。
というわけでチョコレートの入った箱を巾着袋から取り出し、自分で結わいたリボンをほどく。
(もしかして日本と韓国の女性は、バレンタインの日、渡すことできなかった本命へのチョコレートをこんなふうに自分で食べていたのかしら……?)
そんなことを思いながら、蓋を開ける。
完璧なハートに成型できたチョコレートが、箱の中でちょこんと鎮座していた。
離れた場所に控えている護衛騎士と侍女に見られてしまうが、私は第二王女。変な噂を立てようものなら首が飛ぶ。本当に物理的に飛ぶことになるので「ご自身で作ったチョコレートを、ご自分で召し上がっている……」と思っても、心の中で同情し、以上終了だろう。
(来年は……家族以外でチョコレートを渡す相手が出来ていますように)
そう祈り、チョコレートを持ち上げようとした時。
「あ、甘い香りがする!」
「殿下、どこへ向かわれるのです!」
声に驚いていると、金髪に碧眼の少年がこちらへと駆けて来た。
「殿下!」
殿下、と呼ばれている少年。
その姿は何だかお兄様の子ども時代を思わせる。
ようはものすごく美少年だった。
(えーと、どこかで見た顔だわ)
この時期、舞踏会や晩餐会が頻繁に開かれている。そこには国内貴族だけではなく、各国の大使や貴族、特に王侯貴族も参席しているのだ。
「殿下! あっ、これは第二王女殿下!」
美少年を追っていた護衛騎士と従者が私を見て背筋を伸ばす。
その一方で殿下はてくてくと私に近づく。
上質な生地で出来たフロックコートを着ている。
「第二王女殿下、こんにちは。アルセール国王太子、オリヴァー・コール・アルセールです」
(アルセール国! まだ十五歳の王太子ね。両親の外交で一緒にやって来て、宮殿内の客間に滞在中のはず。そして今日は……そうだったわ。お兄様とコルネ嬢のオペラは、アルセール国王夫妻もご一緒だった。ご夫妻はお父様やお母様より年齢が若いから、お兄様やコルネ嬢と観劇した方が肩の力が抜けるだろうということで、そうなったのよね。……ということは、こちらの可愛らしい王太子殿下は留守番というわけね)
「こんにちは、王太子殿下。……そろそろ夕食のお時間ですね」
私の言葉にオリヴァー王太子はこくりと頷く。
「部屋に行けば食事が用意されています。ですがまさにお腹が空いたタイミングで甘い香りがしたから……」
十五歳になったばかりで、まだどこか幼さが残る。
なんだか弟のような気持ちで応じてしまう。
「……なるほどです。実は今日、アトリア王国ではチョコレートのイベントが行われています」
「チョコレートのイベント! どんなイベントですか?」
そこで簡潔に説明すると、オリヴァー王太子はズバリ指摘する。
「もしかして第二王女殿下は、チョコレートを渡すお相手がいないのですか?」
「「殿下!」」
護衛騎士と従者が同時に声を揃え、私は苦笑するしかない。
「ええ、そうなのです。せっかく作ったのですが、お父様とお兄様以外で渡せる相手がいなくて……」
「ふうーん。でも自分で作ったものを自分で食べるのは……ちょっと残念に思えます」
「まさにその通りです」
そこでオリヴァー王太子は無垢な笑顔で私に尋ねる。
「では僕にください!」
「「殿下!」」
再び護衛騎士と従者が声をあげるが、私としては……。
(自分で食べるより、誰かに食べてもらった方がこのチョコレートも報われる気がするわ)
「いいですよ、王太子殿下。ですが毒味が必要かと思いますので、半分こで食べましょう」
この提案にオリヴァー王太子は「うん。そうしましょう!」と笑顔で東屋に入り、私の隣にストンと腰を下ろす。これには護衛騎士と従者が顔を見合わせているが、私はこの国の第二王女。しかも私自身も食べるチョコレートをオリヴァー王太子も食べると言っているのだ。
(文句は言いにくいわよね。夕食はあるけど、半分ならいいでしょう)
私は前世記憶があり、この世界の堅苦しい王侯貴族文化とは一線を画す考えを持っていた。
(ようは少し緩いところがあるということ)
ということでオリヴァー王太子と私は仲良く半分に割ったチョコレートをいただくことになった。
「第二王女殿下、美味しかったです! ありがとうございます。ご馳走様でした」
オリヴァー王太子が天使のような笑顔と共にお辞儀する。
「こちらこそ。王太子殿下に召し上がっていただけてよかったです」
想像していたようなドラマチックな出会いはなかった。でも弟のような可愛らしい王太子と知り合うことができたのだ。しかもこれをきっかけに、この年下の美少年王太子との文通が始まるとは……この時の私は想像だにしていなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
昨日は更新できずごめんなさい
お詫びで明日も更新します!!
そして今回は懐かしいの第二王女でした~
弟のような美少年王太子とのその後が気になる方は、リアクションをぜひお願いします♪















