ルベール嬢編
『ルベール嬢、二月十四日はまさに夜勤明けになります。早朝か……夕方、宮殿へ顔を出しましょうか?』
アルラーク隊長の手紙を見た私はすぐに返事をこう書く。
『アルラーク隊長、お返事、ありがとうございます! 一度休まれた後、宮殿に顔を出していただくのは心苦しいのですが……夕方、お会いする時間をいただけますか?』
この返事を出したのが三日前で、今日は二月十四日だった。
(コルネ伯爵考案のチョコレートのイベント。事前にチョコレート作りを手伝ったが、チョコレートがきちんと固まらないと、型から上手く取り出さない。そしてラッピングにも少し時間がかかる。早朝に会うのでは……もしものことがあるわ。だから夜勤明けのアルラーク隊長に、夕方、宮殿へ顔を出してもらうことをお願いしたけど……)
朝食が終わり、宮殿に貴族達が姿を見せ始めた時間。廊下のあちこちに甘い香りが漂う。
今日のイベントに合わせ、チョコレートを手にした貴族令嬢が早速受け渡しを行っている。さらにお昼休みになると……。
「オルリック嬢、どうしたのですか!? どなたか大怪我をされたのですか!?」
廊下でバッタリ遭遇したオルリック嬢は、木箱いっぱいの包帯を抱えている。
「安心してください、ルベール嬢。誰も怪我はしていません。ホワイティア先生にチョコレートをプレゼントしたら、大喜びで……。御礼でなぜか包帯を大量にいただきました。私、かなり強くなったんで、言え、何でもありません。ともかく包帯をこんなに使うことは……ないと思うので、騎士団に届けようかと」
どうやらオルリック嬢もすでにチョコレートイベントを終えたようだ。
(でもオルリック嬢、ホワイティア先生にチョコレートを渡したの……? 感謝の気持ち……と言う意味ではいいのでしょうけど。周りにもう少し年齢の若い殿方がいないのかしら?)
「ルベール嬢!」
「あ、ダイアンさん、こんにちは。昨晩はチョコレートの型、本当にありがとうございました」
「そんな。コルネ伯爵の頼みなんだ。それに……たまにいいわよね。こういうイベントは」
鍛冶職人のダイアンさんは頬をポッと赤くしている。
「……ボルチモア先生にチョコレートを?」
「ああ、うん。そうミハイルに。婚約者だしね。あんなに喜ぶとは思わなかったよ」
珍しくダイアンさんが照れ笑いをしている。
(きっとボルチモア先生が大喜びだったのね)
昼休憩の時間はチョコレートを渡すのにベストタイミングだったようだ。
オルリック嬢やルベール嬢以外の女性たちが、同僚や警備兵、騎士にチョコレートを渡している。
(私も……早くアルラーク隊長にチョコレートを渡したいけれど、我慢、我慢!)
間もなく、昼食が終わり、コルネ伯爵が書斎に戻る。
それに合わせ、私たち侍女も書斎へ一度向かうことになるが……。
「スコット筆頭補佐官。コルネ伯爵考案のチョコレートイベントで作ったものです。よかったら召し上がってくださいませ」
「……ルイーザ嬢! ありがとうございます!」
テレンス嬢も中庭でスコット筆頭補佐官にチョコレートを渡していた。
スノードロップが咲き誇る花壇のそばでチョコレートの受け渡しをするお二人は……とても絵にになっている。
(お幸せそうだわ。コルネ伯爵考案のチョコレートイベント。婚約している二人は改めてお互いの気持ちを確認できる素敵なイベントね)
そう思いながら、脳裏に浮かぶのは……。
キリッとした一重のアクアグリーンの瞳。髪色はチョコレート色。
王都警備隊の隊服をいつも完璧に着こなしているアルラーク隊長。
(早く……会いたい……)
スコット筆頭補佐官とテレンス嬢。
ボルチモア先生とダイアンさん。
王太子殿下とコルネ伯爵。
みんな愛する人がそばにいて、思い立ったらすぐに会うことが出来る。
でも私の場合は……。
アルラーク隊長は休みもシフト制で交代勤務。夜勤もある。会いたいと願って簡単に会えるわけではなかった。
(遠距離恋愛というわけでもないのに。なかなか会えないのは……切ないわね)
ちょっぴり寂しい気持ちになりながら、午後の時間を過ごす。
今日もコルネ伯爵宛の沢山の手紙、書類が届いており、その確認と仕分け、代筆などをしていると時間はあっという間に過ぎていく。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
「では今日のオペラ観劇に同行するのは、私とララ嬢なので、その他の皆さんは各自残りの仕事を終えたら本日の勤務は終了です」
テレンス嬢の言葉と共に、無事、今日のお勤めが終わる。
私はアルラーク隊長と待ち合わせしている宮殿の敷地内にある王立図書館へと向かう。
図書館の横には小さな噴水と庭園があり、宮殿でアルラーク隊長と会う時はそこをよく利用していたのだ。
ワイン色のドレスに黒の厚手のショールを羽織り、急ぎ足で図書館へ向かう。するとチャコールグレーのロングコートを着たアルラーク隊長が小ぶりのベンチから立ち上がる。
「アルラーク隊長!」
「ルベール嬢!」
お互いに駆け寄り、向き合う形になった。
「お待たせしてしまい、すみません。冷えていませんか?」
私が尋ねると、アルラーク隊長は快活な笑顔になる。
「さっき来たばかりです。大丈夫ですよ」
「それを聞けて安心ですわ。……今日、わざわざ来ていただのは……」
そこで紙袋を差し出し「コルネ伯爵のチョコレートイベントです」と伝えると、アルラーク隊長は「!」と驚きの表情になる。
(やっぱり宮殿ではなく、街中で勤務しているアルラーク隊長はチョコレートイベントのことは知らないようね)
ならばとベンチに並んで座り、私はチョコレートイベントの件について、アルラーク隊長に説明を行った。
「なるほど。理解できました」
アルラーク隊長はしみじみ頷き、こんなことを話し出す。
「チョコレートは高級品で、庶民はなかなか手を出せません。ところが昨日から王都内のスイーツ店で、チョコレートの割引販売が行われ、貴族だけではなく、庶民も行列を作ってチョコレートを買い求めて……。王都警備隊では『何が起きたのか!?』となっていましたが、ようやく謎が解けました」
アルラーク隊長は「納得!」となり、私は「まあ!」と驚いている。
チョコレートは高級であるし、コルネ伯爵も今回のイベントは貴族向けに考案したはずだった。でもいつの間にかチョコレートイベントの噂は王都内にも広まっていたようだ。
「さすがコルネ伯爵ですね。その影響力たるや絶大です」
アルラーク隊長の言葉には強く同意だ。
「それに」と言った後、アルラーク隊長は嬉しそうに微笑む。
「このイベントのおかげで、今日、ルベール嬢に会えました。これがなければ、自分は寝て一日が終わりです。だから今、とても幸せですよ」
「……!」
アルラーク隊長と私はそれぞれの仕事により、会いたい時に会えるわけではない。
そのことを寂しいと思ってしまったけれど……。
(たとえすぐに会うことができなくても、同じ空の下にいる。そして気持ちは一つなんだわ)
コルネ伯爵考案の真冬に心が温まるイベント。
これは……大成功だと実感した。
お読みいただき、ありがとうございます~
いい感じの二人です♪キュン、キュン♪















