それぞれのホリデーシーズン⑮12/31
遂に三十一日を迎えた。
もう何も起きないと思っていた昨日は、テレンス嬢に大きな転機をもたらすことになった。宮殿に戻ったテレンス嬢はレグルス王太子殿下に何度も御礼の言葉を伝えていた。その姿を見た私はただただ願う。
(来年はテレンス嬢にとって、笑顔の一年になりますように)
同時に。
レグルス王太子殿下の深い愛を感じ、私の心は温かい気持ちに包まれる。
(殿下のためにも来年も頑張るわ!)
そんな思いで今年最後の一日をスタートさせた。
三十一日は夜にニューイヤーイブの舞踏会があるが、公的な行事はなく、昼食や夕食も王族が家族と過ごす時間になる。礼拝などの日常的な行事をこなしつつ、王宮の一室で楽団の演奏を聴いたり、陛下主催の朗読会に王族全員が参加し、詩を詠んだり物語を語り、とても穏やかな時間を楽しむ。
時間の流れはゆったりに思えるが、気が付くと――。
「コルネ伯爵。そろそろ夕食に備えたお着替えをいたしましょう」
マルグリット夫人に声をかけられ、柱時計を見て「もうそんな時間なのね!」だった。談話室にいた王族たちはそれぞれ自室へ戻り、イブニングドレスへ着替えとなる。
ニューイヤーイブの舞踏会は新年を迎える瞬間のカウントダウンで大いに盛り上がるもの。華やかな雰囲気にあわせ、ドレスはシャンパンゴールド。身頃には銀糸と金糸による繊細な刺繍があしらわれている。スカートのチュールには模造宝石とラメが散りばめられ、シャンデリアの明かりを受け、煌めき輝く。ドレスに合わせる宝飾品はパールで統一。髪飾りにはレグルス王太子殿下の瞳を思わせる紺碧色のリボンとなっており、これがアクセントカラーでもある。
「レグルス王太子殿下が間もなくいらっしゃいます!」
テレンス嬢に声をかけられ、寝室から前室へ移動。
暖炉のそばにソファに腰掛け、背筋を伸ばす。
「アンジェリカ!」
「殿下……!」
ホワイトシルバーのテールコート姿のレグルス王太子殿下は眩いほどのかっこよさ!
(寸胴に見えがちなテールコートなのに、このシュッと縦のラインで見えるのは、本当に奇跡だと思うわ! テールコートのデザインが、目線が上に向くように工夫されているのはもちろん、レグルス王太子殿下は脚が驚くほど長いから……!)
私が心の中で感嘆していると、レグルス王太子殿下は……。
《このシャンパンゴールドのドレスは庭園のリスを思わせ、実に愛らしい。髪色との親和性もあるし、とても似合っている……。大丈夫だろうか。今日は王都に住むほぼ全員の貴族が舞踏会に参席する。この姿に懸想でもしたら……》
「殿下。今日のこのドレスは殿下のためにコーディネートしました。どうか余計なことは考えず、私だけを……見てくださいますか?」
するとレグルス王太子殿下は表情を崩さず、瞳だけ極上の甘さをたたえる。
「もちろんです。今宵、わたしの心はアンジェリカにだけ、向けるようにします」
「ありがとうございます。……ではまず夕食会ですわね」
「ええ、参りましょう」
レグルス王太子殿下のエスコートで部屋を出た。
◇
夕食会は聖なる夜ほどの豪華さはなく、この季節ならではの食材を楽しむものだった。
鴨肉のテリーヌの前菜、黄金色のコンソメスープ、ホタテ貝のグリル、牛フィレ肉のパイ包み焼き、濃厚チョコレートケーキ。テーブルに飾られた蝋燭の炎がチロチロと揺れ、カトラリーや食器のカチャカチャという音、陛下の静かな声を中心に、静謐な夕食の時間が流れて行く。
食後はコーヒーをいただき、三十分ほどの休憩。
それが終わると――。
ニューイヤーイブの舞踏会の始まるとなる。
先程までの落ち着いた雰囲気から一転、舞踏会が行われるホールは大変煌びやか。会場には温室育ちの花が多数生けられており、国旗や王旗なども吊るされ、金糸の刺繍があしらわれた赤いリボンが随所を飾っている。そこに登場した貴族たちは、紳士は黒のテールコート姿が多いが、令嬢とマダムは色とりどりのイブニングドレス姿を着ているのだ。その結果、ホールは絢爛な雰囲気が漂い、談笑する人々の声で実に賑わう。
今日の最初のダンスは国王陛下夫妻からスタートし、王族が順番に踊りを披露。その流れのまま皆が一斉にダンスとなる。
「ニューイヤーの舞踏会は、地方領から王都へ来ている貴族が主人公。ですが今日は、王都に住む貴族たちがメインです。ほぼすべての貴族が参加しているので、いつも以上の賑わいだと思います」
「そうですよね、殿下。踊るスペースが足りないように思えます」
そんなふうにレグルス王太子殿下と話していると。
「「アンジェリカ!」」
声に振り返るとそこにお父様とお母様がいるではないですか! 二人は私の名を呼んだものの、すぐそばにレグルス王太子殿下がいるので、とても丁寧な挨拶を始める。
「アンジェリカ、わたしはあちらで宰相と話をしてくるので、よかったら両親と歓談するといい」
「! ありがとうございます、殿下!」
前世でのあるある。地方に両親がいて、東京で結婚生活をスタートさせたら、実家に戻るのはお盆と年末年始……というのはよく聞く話。それでも思い立った時に実家へ行ったり、両親が東京に来て会うこともできる。だがこの世界は違う。同じ王都に住み、住む場所は目と鼻の先でも、婚約した瞬間に、その令嬢は婚約者の家門の人間として扱われる。それが顕著となるのが王族であり、婚約後、自由に実家へ行き来することはなくなるのだ。よって両親とゆっくり話す機会はほぼなかったが、それはこの世界で当たり前のこと。
ゆえにレグルス王太子殿下が今、両親と話せるように自ら場を渡してくれたのは……大変よくできた行動なのだ。王家の嫁となる人間なのだから、挨拶で済ませ、別の貴族との歓談へ移ることもできた。でも彼はそうしなかった。私が両親と話す時間を作ってくれたのだ! それだけでもレグルス王太子殿下の器量の大きさがわかるが……と、彼への賛辞が止まらなくなりそうだが、意識を目の前にいる両親へ戻す。
「お父様、お母様、お元気でしたか?」
「ああ、わたしたちはこの通り。元気だ。アンジェリカも元気そうだね。殿下と婚約してますます綺麗になった」
「本当に。頬は少しふっくらしたかしら? でも痩せていたら心労がたたっていると思われちゃうから、それぐらいがちょうどいいのよ。それに胸は少し大きくなったんじゃないの? 今日のドレスがとっても映える素敵なスタイルになったわね!」
そんなふうに両親に声をかけられた私は「!?」と驚いてしまう。
両親は二人の姉のことを気にかけていたが、私のことは後回しで、なるようになる……そんなふうに思っていると考えていた。私の体型のことなど気にしていないと思っていたと、つい二人に言ってしまうと――。
「アンジェリカ、それは誤解だ」
「そうよ、アンジェリカ。お父様もお母様も、アンジェリカのことを一番に考えていたのよ」
「え、そうなのですか!?」
これにはビックリ仰天で目を丸くしてしまう。
「そうだ。二人の姉は引く手あまただった。早く嫁に出し、そちらが落ち着いたらアンジェリカのことをじっくり考えようと思っていた」
「それなのにあなたは宮殿で侍女として働くと言い出して……。『ダメよ』と止めることもできたわ。でもそれじゃあなたがかわいそうでしょう。だからお父様もお母様も許したのよ」
「でもお姉様たちには沢山お金をかけて……」
「そこはすまないと思う。父さんの稼ぎが足りなくて。でもお前のための婚約持参金もちゃんと用意していた。だから今回、殿下との婚約だって、つつがなく結ぶことができただろう?」
「……そうでした!」
今回、公爵家ではなく、侯爵令嬢の私とレグルス王太子殿下は婚約することになったので、婚約持参金は大幅に免除されている。免除されているが、その額は通常の婚約時のものより莫大。だが両親はそれを用立てくれていたのだ。
(そんな大事なことがすっぽり頭から抜け落ちていたのは……私が舞い上がっていたからね)
レグルス王太子殿下との婚約。何より彼が私を好きだということ。その事実にとにかく気持ちが盛り上がり、婚前契約書も上の空でサインしてしまった気がする。今思うと迂闊、ではあるが、レグルス王太子殿下と破談するつもりはないので、そこは……いや、私、ダメでしょう!
「そんな顔をするな、アンジェリカ」
「お父様……!」
「アンジェリカが何だか誤解している気がしていた。でもお前は怒涛の勢いで殿下と婚約して、その後は妃教育で大忙しだった」
「そうよ。妃教育が落ち着いたらすぐに婚約式でしょう。その後は収穫祭やら建国祭もあって落ち着かない日々を送っていたわよね。そして王家の婚約者となったあなたとはなかなか会えないから……でもよかったわ。こうやって話せて」
「お母様……!」
「母さんとわたしにとって、ベラとグロリアと同じように、アンジェリカも大切な娘であることに変わりない」
「そうよ。いつの間にか雲の上の人になっちゃうけれど……これからもアンジェリカをかけがえのない存在に思っているわ」
十二月三十一日。
一年で最後のこの日、長年、私が勘違いしていたことが明らかになるなんて、想像もしていなかった。二人の姉が最優先で、私はおまけ……それは大間違いだったのだ。
「お父様、お母様、大切なことを教えてくださり、ありがとうございます!」
私は両親に子どものように抱きついた。
お読みいただき、ありがとうございます!
私と両親の関係は今年最後で大改善(拍手)
2025年、残すは年越しそばと『ドアマット悪役令嬢』の更新と……
サプライズ更新もありますが、そちらは2026年にお楽しみくださいませ☆彡
本年のラストサプライズ更新はコチラ
『星に願いを。~オルゴール~』
https://book1.adouzi.eu.org/n6945ln/
「冬の童話祭2026」「なろうラジオ大賞」応募作の短編です
千文字以内なのでサクッと読めます!
可愛い、可愛いもふもふの物語です♡















