それぞれのホリデーシーズン⑬12/30
十二月三十日。
もう今年も残すところあと二日となってしまった。
王都の孤児院や病院への慰問は、ホリデーシーズンの開始と共に行っていたので、ひと段落となる。今日は王都の北エリアへ向かい、そこの工場長や商会長をしている貴族と挨拶となっていた。
今、国主導で様々な物が量産体制に入っている。新しいものだとシャンパンストッパー、温熱カイロ、小型の爪切り。それ以外にも昨年から続く羽根ペンの金属、算盤なども、工場と職人による二人三脚で進められていた。
「アンジェリカ、北エリアに行くならわたしも同行しましょう」
「! 殿下は先日のギヌウスの件でお忙しいのでは……?」
「あの二人から聞き出せることはすべて聞き出しました。ですがやはりギヌウスは遊牧民のように拠点を持たず、本拠地が存在しません。さまざまな国、場所に拠点を持ち、常に移動をしているのです。居場所を突き止めるのは難しく、かつあの二人は私情で動いた時点で、ギヌウスからは切り捨てられています。これ以上あの二人に対し、出来ることはないです」
つまり捕らえたものの、利用価値もなく、このまま死ぬまで投獄されるのだろう。
なんだか可哀想な気持ちにもなるが、宮廷医ボルチモアを襲っているのだ。そして対峙したオルリック嬢は怪我を負っている。
(深い傷ではないと聞いていた。縫うほどではないと。それでもオルリック嬢の腕が傷つくのはこれで二度目。痛みだってあるのよ。捕らえられたギヌウスに同情している場合ではないわ)
私がそんなことを思っている一方で、レグルス王太子殿下は……。
《子リスは北エリアで傭兵にさらわれたことがあるんだ。今、子リスをさらってどうこうしたいと考えている勢力がどれだけいるのか……考えたくもない。同じことは二度ある――なんてことにさせるつもりはないからな。絶対にわたしが同行する》
熱い決意を表明された私はその申し出をありがたく受けることにした。
「殿下。同行いただけるの、心強いです。クライン卿ら護衛騎士が同行してくださいますが、やはり殿下がいるのといないとでは、安心感が違います」
「アンジェリカ……!」
《子リスはもしかすると北エリアにトラウマがあるのでは? 工場長や商会長など、宮殿へ呼びつければいいものを……。いや違う。アンジェリカは心優しい。年内ぎりぎりまで工場を稼働させている彼らの労をねぎらいたいのだ。そういう下々の者へ気遣いできるところ。わたしも見習わないといけないな》
レグルス王太子殿下は、心の声が聞こえていようといまいと関係なく、私のことを褒めてくれる。それはもう嬉しいやら恥ずかしいやら……。
(何より、レグルス王太子殿下は国の頂点にやがて立つ人間なのだ。私のような気遣いができる立場ではない。彼ができない分の気遣いは、私がすればいい。そしてその気遣いにレグルス王太子殿下も同意を示している――それでみんなは納得する。でも彼はそんな方法に甘んじない。あくまで誠実であろうとしているのだ。そこはやはり清廉潔白なレグルス王太子殿下らしいわ!)
レグルス王太子殿下への想いが募る。
恋する気持ちは底なし沼みたい、なんて思いながら、私はレグルス王太子殿下と共に、北エリアへ向かうことになった。
◇
今回向かう北エリアは、テレンス嬢にとって忘れられない場所。
テレンス公爵が終身刑となり、その財産の多くが被害者の救済に当てられている。かつてテレンス公爵が所有していた工場は売りに出され、姿形は以前のままだが、既に別の所有者がいるのだ。
そんな場所を訪れることは、傷口に塩を塗るように思えてしまう。ゆえにマルグリット夫人にはテレンス嬢を無理に同行させる必要はないと伝えていたが……。
「過去との決別はとっくの昔に出来ています。かつて父親が所有していた工場を見て涙を流すほど、子どもでありません。心配はご無用です」
きっぱりとそう言い切ったという。
(本人がそう言っているのなら、変な気遣いはやめましょう)
ということで北エリアの工場への訪問には、テレンス嬢とモンクレルテ嬢を連れ向かうことになった。
いくつかの工場をはしごすることになり、慌ただしい時間が過ぎて行く。
工場長も商会長も私が来るとは聞いていたが、レグルス王太子殿下が来るとは思っていない。腰を抜かしそうなほど驚き、恐縮することになる。
(驚かせてしまったわね。でもレグルス王太子殿下、無表情なのにとてもいろいろなことを質問するから、工場長も商会長も感動していたわ。間違いなく、レグルス王太子殿下のファンになったと思うわ!)
そんな感じで時間はどんどん過ぎて行き、途中、工場の一画で昼食をご馳走になったり、また別の工場の敷地でお茶をいただいたりして、間もなく日没というところでお開きとなる。
「本当にわざわざお越しいただき、ありがとうございます。工員の士気もこれで上がりました。今年残り一日、そして来年も頑張らせていただきます!」
「くれぐれも安全第一で、ご無理なくで頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます、殿下、コルネ伯爵」
工場長、商会長、工員たちに見送られ、工場の敷地を出た。すぐ目の前に馬車が待機し、クライン卿ら私の護衛騎士に加え、レグルス王太子殿下の護衛騎士もいるので、物々しい雰囲気になっている。間もなく工場の操業時間も終わり、大勢が帰り支度を始める時間だ。その前に、この地を出発する予定だった。
「アンジェリカ、先に馬車へ」
「ありがとうございます、殿下」
レグルス王太子殿下に支えられ、馬車に乗り込もうとしたまさにその時。
「あの」と私に声をかける女性の声が聞こえる。同時に「奥様、おやめください!」という声も聞こえてきた。
どうしたのかと思い、振り返ると、そこにいるのは――。
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