大きなヤシの木の下で
「ジーク、もう無理」
「ああ、今日はこれで終了でいいだろう」
そこでジークはヤシの葉で出来た木陰にストンと腰を下ろし、その長い脚を伸ばす。
白シャツは腕まくりし、胸元は熱を逃すためか。
ボタンは三つほど外されている。そこには普段見えない、彼の胸筋が見え隠れしていた。
しかも今、私とのナックルダスターの訓練を終え、彼にしては珍しく、呼吸が乱れている。
上下する胸筋を見ていると、なんだかソワソワとしてしまう。
視線を逸らし、ジークのそばに腰を下ろす。
日陰の砂浜は素肌に心地いい。見上げるとヤシの葉の隙間から、眩しい青空が見えている。
「今日のリエットも激しかったな。あんな動きをされたら、さしものジーク様もお手上げだ」
ジークがふと口にした言葉。それが……なんだか大人の情事の話をしているようで、訓練後のバクバクしていた心臓が、別の意味で鼓動しそうになる。
「!」
水袋を手に、ジークが喉を鳴らしている。
喉仏が上下する様子が、とんでもなく艶めいて見えてしまう。
(もう、この南の島に来てから、私、何だか変だわ!)
「はーっ。生き返る! リエットも飲むだろう?」
水袋は荷物になるから、大きものを一つ、ジークが持ち歩いてくれている。それを二人で順番に飲むのだけど……。
ジークが飲んだ後の水袋。飲み口に直接口はつけていない。彼はいつも少し口から浮かせた状態で器用に水を飲むことが出来るのだ。
(ち、違う。だから間接キスなんかじゃない!)
「どうした、リエット?」
「何でもないです!」
じっと水袋を眺めてしまったので、ジークが不思議そうにこちらを見ていた。
「仕方ないな。リエットはお姫様だからな」
「……はい?」
「僕が飲ませてあげよう」
「!?」
「口移しで」
「!」
「おい、こら! 水を粗末にするな! 冷たい!」
ジークが「口移し」なんて言うから、それを想像した私は全身が燃えるように熱くなり、頭は沸騰しそうだった。そんな自分に驚き、水袋を振り回すと、中の水が盛大に飛び散り、ジークを濡らしていた。
「こらこら、リエット! これぐらい、いつも通りで受け流さないと」
そう言いながら、ジークは濡れたバターブロンドの髪をかきあげる。
「……!」
心臓が止まりそうだった。
濡れた前髪を手で後ろに流すその仕草。
水がかかり、白シャツの一部が肌にはりつき、健康的な肌が透けて見えている。その様子はとんでもなく男の色気を感じさせたのだ。
「あー、結構濡れたな」
「……ごめんなさい」
「!? どうした、リエット? らしくないぞ!」
そこでジークがくしゃっと私の髪を撫でる。
慣れたジークの行動なのに、胸がキュンキュンして死にそうになっていた。
(私、この南の島で奇病にかかったのかもしれない……!)
「濡れたついでだ。たまには泳ぐか」
「!」
そこでジークはすくっと立ち上がり、着ていたシャツを脱いでしまう。
脱ぎ捨てたシャツの下から現れたのは――。
(や、やっぱり! 想像通りだったわ! 美術館で見た、神話の神々の彫像そのまま! 鍛え上げられ、引き締まった見事な筋肉。すごい!)
妖艶さから一転、ジークの健康美は拝みたくなるもの。
「あっ……」
「あ、ごめん」
そこでジークが砂浜に置いたシャッを手で掴もうとするのを制してしまう。
「なんであやまるんですか、ジーク!」
「いや、その……ほら。火傷の痕とか、切り傷が塞がって肉が盛り上がり、ミミズ腫れみたいになっていて……見苦しいだろう?」
そう言いながらジークが、私の手をシャツから外そうとする。
「そんなことないです」
「!」
ジークの手の動きが止まる。
「これは全部、ジークがミラーの副長官になるまで重ねてきた、戦功の証ですよね。ジークだって最初から強かったわけではない。沢山の戦闘を経て、今のジークがあるんです。これは恥じるものではなく、誇るべきことかと。少なくとも私は、ジークの体を見て傷だらけとは思いません。沢山の勲章をまとっていると思うだけです」
「リエット……!」
感極まったジークが、いきなり私に抱きついた。
これには私は驚きでフリーズしてしまう。
(ジ、ジークのす、素肌が! 素肌が!)
ジークの肌は、勲章がないところは滑らかで触れ心地がよく、そして完璧に引き締まっていた。その肌の先にある筋肉を思うと、もう心臓の高鳴りが止まらない!
「リエット、キスがしたい!」
「はいっ!?」
「責任はとる。一生リエット一人だけを愛すると誓う!」
「な、ジーク……!」
気持ちが昂った時のジークは、猪突猛進。婚約も交際もすっ飛ばし、教会へ駆け込もうとする熱血漢。
「落ち着いて、ジーク!」
「無理だ。好きなんだ、リエット!」
喘ぐような声のジークに、さらにぎゅっと抱きしめられてしまう。
でも……嫌ではなかった。
こんなふうに求められることに、喜びを感じている。
腕から力が抜け、瞼がゆっくりと閉じていく。
「!」
そこでいきなりジークの腕に力が入り、強引に抱き寄せられる。
(!? え、いきなりキス以上!?)
焦った瞬間にゴンと物凄い音がする。
「えっ」
頭の中で「敵襲!?」と思ったが――。
「南の島、らしいな。ヤシガニという強力なハサミを持つカニは、稀にヤシの実を切り落とすというが……このタイミングで……。だが大丈夫だ。常に周囲の警戒を怠らないジーク様により、危険は回避できた」
ジークの言葉通りで、すぐそばに大きなヤシの実が落ちていたのだ……!
(これを回避できるって! ジークは何者なの!? しかも頭の中は、別のことでいっぱいだったのではないの!?)
ミラーの副長官の底なしの強さには、畏怖の念さえわき上がるが――。
「もう大丈夫だ、リエット。続きを」
「何をのたまっているんですか! 海にでも飛び込んで、頭を冷やしてください!」
「えーっ!」
常夏の島の太陽が、マリンブルーの海をキラキラと照らしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
書き始めると止まらない……!















