相棒
「彼はとある国に潜入し、解毒剤を入手したのよ。敵のスパイ経由でね」
「え、敵のスパイから!?」
「そうなの。そこはもう独特の掟があるというのか。騎士とはまった違った矜持が、諜報部員やスパイは持っているようなのよ。好敵手と認めている相手に借りがあるなら、その借りはちゃんと返す……」
これには「あっ……」だった。
口を開けて固まる私を見て、コルネ伯爵は柔らかく笑うと話を続ける。
「ジークフリート卿はしばらく留守にしていたでしょう、王都を。その間に解毒剤を手に入れていたのよ」
これにはただただビックリだった。
敵のスパイを逃がしたと、私はジークに散々文句を言っていた。
(でも結果として、そこで逃したから、解毒剤を手に入れることができたのだ……。仮死をもたらす薬が諜報部で使えたら、いろいろ役立つだろう。でも解毒剤がなければ意味がない。ジークは薬と解毒剤の両方を見事手に入れた。その成分は分析され、今後活用される……)
ジークをあの時、少し責め過ぎてしまった――そう思ったのは束の間、もう一つの疑問をコルネ伯爵と話すことになる。
「カタコンベで仮死になる薬を飲んだことへの疑問ね?」
「はい。もしもあのまま、誰もジークを救出出来なかったら……。ジークもカタコンベの住人です」
カタコンベの住人、つまりは死者のお仲間になるということ。
「そうはならいと、ジークフリート卿は確信していたのではないかしら?」
これには「えっ」と呟くことになる。だがコルネ伯爵は自信満々の表情でこんなことを口にする。
「だって、オルリック嬢、あなたと一緒だったのでしょう?」
「!」
「オルリック嬢にしっかり自分がどこへ連れ去られるのか。目撃させた。あとは信じるだけだったのでは? 絶対にオルリック嬢が追いかけてくれると。自分のことを見つけてくれると」
そう言われてしまうと……。だが私はすぐに気が付く。
「でもそれって、私がカタコンベに乗り込む前提ですよね!? 部下をカタコンベへ誘導するなんて、どうかと思いませんか!」
「オルリック嬢なら自分を追ってカタコンベに来ることができる。追ってきても大丈夫と信頼していた――と私は思うけれど。それだけオルリック嬢が優秀であると認めている。ジークフリート卿にとってオルリック嬢は、部下ではない。バディなんじゃないかしら? 背中を預けることができる唯一無二の存在」
「……! ジークは私の実力を……認めている、ということでしょうか……?」
私の言葉を聞いたコルネ伯爵は「まさか今までそう思っていなかったのかしら?」と目を丸くする。
「諜報部ミラーの副長官なのよ、ジークフリート卿は。レグルス王太子殿下はその立場から可動範囲が制限される。そんな殿下の代わりに動くのが、諜報部のミラーのみんなよ。長官はミラーの表向きの顔として、会議や外交に追われる。そして現場で陣頭指揮を執り、一番激務になるのが副長官。ジークフリート卿は本来、毎日のようにオルリック嬢の訓練をつける時間なんて……ないはずなのよ。それなのにほぼ毎日に渡り、訓練をつけていたなんて……いろいろな意味ですごいことだと思うわ。ジークフリート卿が、それだけオルリック嬢に目をかけているということ。彼の秘蔵っ子と噂されているの、知らないのは本人だけよ」
(そんな噂、知らなかったわ……!)
「それにそれだけジークフリート卿から直接手取り足取り訓練を受けたなら……オルリック嬢は相当な腕前のはず。自分の強さを今回、実感しなかった?」
問われた私はすぐにミノタウロスみたいな大男のことを思い出し、自分の弱さを噛み締めたとコルネ伯爵に打ち明けることになる。
「……オルリック嬢」
「はい」
「そのミノタウロスみたいな大男を基準に考えない方がいいわ」
「えっ……」
そこでコルネ伯爵は恐ろしい話を教えてくれる。
「ミノタウロスみたいな大男……ナイジェルという名で“黒の処刑人”と呼ばれた人物よ」
「黒の処刑人……」
「この国では現国王の即位と共に、これまでの斬首刑から絞首刑へと制度が変わったわ。ナイジェルは斬首刑が行われていた時代に、首を斧で切り落とす処刑人をしていたの。死刑制度の変遷に合わせ、彼は職を失い……。でもナイジェルは処刑人の仕事で自身の欲を満たしていた。つまり斬首する瞬間に生の喜びを感じるような異常者だった。よって処刑人としての職を失ってからは、定職にもつかず、殺人に手を染めていたようなの。王都で定期的に起きていた首斬りジャック事件。その犯人がナイジェルと言われている」
首斬りジャック事件!
確かに忘れた頃に事件が起き、新聞を賑わせていた。まさかその犯人があのミノタウロスみたいな大男だったなんて……!
「ナイジェルがなかなか逮捕されなかったのは……あの闇カジノに雇われ、地下迷宮と言われるカタコンベの番人になっていたからと今回判明したわ。地下に潜られ、お手上げだったのを、逮捕できたというわけね。そしてナイジェルは凶悪指名手配犯よ。カタコンベへ向かった諜報部のメンバーを、何名も血祭りにあげている。オルリック嬢にとっては先輩となる諜報員が大勢、この黒の処刑人により命を散らすことになったの。そんな相手と戦い、自分の弱さを実感した……。本当に弱いと言えるかしら?」
コルネ伯爵の言葉に、私はハッとする。
「むしろ急所を狙った攻撃で、相手が武器を捨て膝を折ることになった――そこまでオルリック嬢が黒の処刑人を追い詰めたこと。快挙だと思うわ。ジークフリート卿に鍛えられた成果では? それに闇カジノ用心棒は完全に伸びていたと聞いたわ。黒の処刑人と比較すると、闇カジノの用心棒が小悪党に思えてしまう。でもそんなことはない。用心棒も強敵だったはずよ。でもオルリック嬢はきっと……瞬殺できたのでしょう? 強いのよ、オルリック嬢は!」
「コルネ伯爵……!」
うるっとしそうになる私にコルネ伯爵は優しく笑いかける。
「オルリック嬢」
「はい」
「あなたは間違いなく強い。そしてあなたをここまで育てたのはジークフリート卿よ。彼はあなたを信じ、背中を預けた。それを受け、あなたは彼の期待に十分応えたと思うわ。今回、闇カジノの上客リストが見つかり、人身売買されそうになっていた人々を発見できたのは、ジークフリート卿とオルリック嬢のおかげよ。本当によく頑張ったわね。二人とも、諜報員として水面下で活動しているから、表立って表彰はできない。でもおって殿下と二人でスペシャルな御礼を贈ります。楽しみにしてね」
「……! ありがとうございます、コルネ伯爵……!」
そこでコルネ伯爵は「さて!」と言って立ち上がる。
「オルリック嬢、お腹が空いたのではなくて?」
「! そう言われると、闇カジノ摘発中は飲まず食わずで……」
その瞬間、もはや生理反応でお腹がきゅるるると鳴ってしまう。
「すぐに食事を用意させるわね」
コルネ伯爵が女神のように微笑んだ。
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