とにかく前に進むのみ
ドクドクという激しい鼓動を感じ、めまいがしそうになる。
(ミノタウロスのような男……かなりがたいもよく、屈強そうな気がする。アスリートタイプのジークとは違い、力任せの敵……)
そこで男たちが壁のフックからロープを外していることに気がつく。
(なるほど。あそこにロープを結き、奥へ入って行くのね。帰りはそのロープを伝って戻ると。それなら迷わない)
ロープを解くと用心棒の二人の男たちは階段を登り始めた。二人が移動するにつれ、この場所に闇が広がる。ランプの明かりが遠のいていく。
その様子を見守りながら考える。
私がランプとロープを手に入れた物置き。そこに今使ったロープを戻すはず。その時に気づかれるだろうか。ランプやロープ、ロウソクやマッチが減ったことに。
もし気がつき、追いかけられたら……。
(ジークが動けたら二対ニになる。でもジークが意識のない状態なら……)
ジークにリクルートされてから、訓練は欠かさず行なっている。それにコルネ伯爵が私のために用意してくれた武器もあるのだ。
(地上の制圧が終われば、諜報員や王都警備隊も、地下に降りてくる。そしてカタコンベに向かうことは話した。応援はそこまで待たずに来るだろうし、彼らにあの用心棒が捕らえられる可能性も高い)
そこで靴音が聞こえなくなったので、すぐにランプに火をつける。完全に闇だったが短時間でシュミレーションを何度も行い、ロウソクの位置は把握してあった。落ち着いて行動すれば……。
チュウ、チュウ。
(……!)
危うくマッチを落とすところだった。
修道院暮らしをしていなければ、盛大に悲鳴をあげ、マッチもランプも落としていただろう。
気持ちを立て直し、ランプに火を灯すと、すぐに壁のフックにロープを結きつける。
(よし、行くわよ)
壁際には無数の髑髏。明かりはたった一つのランプのみ。
(でもこの先のどこかにジークがいるなら……)
『見つけて連れ帰らないと。このまま放置したら化けて出て来そうだもの』
小さく呟き、私はカタコンベへ足を踏み入れた。
◇
正直なところ。
私は暗くじめじめ湿った冷たい場所なんて得意ではない。さらにいえばホラーは苦手。
それでも。
私を見出してくれた上官のために進むしかない。
『ここから助け出した暁には、ジークにはディナーを一年は奢ってもらわないと。割が合わないわ!』
チュッ、チュッ。
『……!』
突如現れるネズミには何度も悲鳴を呑み込むことになる。それに……。
カサコソと何かが蠢く気配も感じる。
それが何であるかは……想像してはいけない。
とにかく前に進むのみ。
ロープが唯一の命綱でもある。このロープが尽きない場所に、ジークがいることを願いながら進むことになった。
『っ、これは……!』
ある程度進むと、そこはカタコンベであるが、カタコンベではないことが判明する。
(地下墓地のはずなのに! 骸骨がなくなったと思ったら、まさかの地下牢が張り巡らされているなんて……!)
明かりなどない真っ暗闇の地下牢。中には粗末な簡易ベッドがあり、そこに寝そべっている人がいる。その多くが男性に見えたが……。
(あれは……ボロボロだけど、ドレスでは!?)
私は意を決して地下牢の鉄格子に近づき、声をかける。
『諜報部ミラーのオルリックと申します。助けに来ました』
ベッドに横たわる背中が見えるが、私の声に反応していない。
(……こんな状況では、生きる気力も削がれているのかもしれない)
一体なぜ、この地下牢にいるのか。
いくつかの考えられる理由は……。
(闇カジノで借金を作り過ぎた人では……)
闇カジノでなくても、普通のカジノでも。
非公式で信用貸しは行われている。
手持ちの現金が尽きた客に、カジノが後払いを認めるというもの。
この信用貸しが闇カジノだと、とんでもなく高額な利子がつく。貴族であっても支払い切れない利子を抱えた結果……。
(もしかするとこの地下牢に囚われ、違法な売春、人身売買、奴隷……そんなことに利用されているのでは……?)
これは諜報部にきちんと報告した方がいい──そう思い、鉄格子のそばから離れようとした瞬間。
ガシャンと音がして「助けて」の声に心臓が止まりそうになる。振り返りそこにいるランプで照らされた女性は……。
眩しそうに眼を細め、手で顔を隠すようにしている。
その姿を見て、私は息を呑む。
ランプの乏しい光に照らされているだけでも分かる、腕や鎖骨に見える痣のような痕。
『殺して……あいつらを殺して。お父さんの借金のかたでここへ連れて来られて、娼館に売ると言われて……男慣れしていないだろうから手取り足取り教えてやるって……あいつら、許さない……』
乱れたドレス。スカートに見える血のような痕。
この令嬢がどんな目に遭ったのかは、聞くまでもなく、想像できてしまう。
『……わかりました。あなたの無念、はらしましょう。これから仲間がどんどんこの地下に来ます。あと少しの辛抱です』
私の言葉を聞いた令嬢は虚ろな笑いを浮かべる。
『殺して……あいつらを殺して。お父さんの借金のかたでここへ連れて来られて、娼館に売ると言われて……男慣れしていないだろうから手取り足取り教えてやるって……あいつら、許さない……』
先程と同じ言葉を口にする令嬢の瞳は……焦点が合っていない。
(ここは……やはりそういう場所なんだ。闇カジノに借金をした本人だけではない。家族まで犠牲に……)
そもそも私はただの問題児で、正義感が強い人間というわけではない。
それでも。
この闇カジノは絶対に潰す――そう誓い、歩き出し、そして。
『ジーク……?』
お読みいただき、ありがとうございます!
今週の更新は明日朝、金曜日までお昼、そして土日は夜でございます~
そして次話、ジークを発見したあの時に戻ります……!















