この二人を確実に
「ジーク!」
手に入れた鍵を持つ手が震えてしまう。
鉄格子越しにジークの姿が見えているのに、この鍵と格子のせいで、彼がまだ遠くにいるように感じる。
(落ち着いて、落ち着くの、私!)
一度深呼吸をして、南京錠の鍵を外し、ギーッと鈍い音を立てる鉄格子の扉を開ける。
「ジーク!」
再度その名を呼び、簡易ベッドでうつ伏せで倒れている彼の元へ駆け寄る。
最後に見た時に来ていた上衣はなく、白シャツにズボン、そして素足の状態。そしてその手に触れると、重くて冷たい。
その事実に、深呼吸で鎮めたはずの震えが再び始まってしまう。
「ジーク、何してやがるんですか! 起きてください! 闇カジノの摘発は完了しました! みんなジークの立てた計画に沿って動き、役目を果たしたんです。いつまでも一人、寝ているなんて、許しませんから!」
その体を強引に動かし、うつ伏せから仰向けに変える。その瞬間、長い腕がだらんと勢いよく、簡易ベッドから冷たい床へと向かって行く。
いつも余計なことをべらべらしゃべる口は、少し開いたままで動かない。赤銅色の瞳は見えず、瞼は閉じられ、その長い睫毛を際立たせる。いつも綺麗に整えられている髪は乱れ、唇には切り傷、頬には殴られた痕。
「……ジーク、起きてください。ちょっとやそっとのことではくたばらないって……言っていましたよね? この程度のこと、どうってことない――そうでしょう、ジーク!」
胸倉をつかみ、強くゆすってもジークに反応はない。
「ジーク……あなた、あのミラーの副長官なのよ。……こんな、こんな呆気なく……。この作戦を成功させたら、私の唇を奪うとか、偉そうなこと、のたまっていましたよね!? それ、どうするつもりですか! 賭けに負けたことはないって、豪語していたくせに、ばか、この大嘘つき!」
溢れ出る涙が滝のように頬を伝い、胸にせりあがる絶望の感情に、頭の中が真っ暗になる。
「おい、いたぞ!」
「この女、一体、何者なんだ!」
背後から聞こえてきた声に、怒りで全身の血が沸騰しそうだった。勢いよくマーメイドラインのドレスのスカートを引き破り、露わになった太腿から素早く警棒を取り出す。
「なんだ、この女?」
「襲ってください、ってか?」
「いい体してるじゃないか。あっちでたっぷり可愛がってやる。そんな棒で俺たちは倒せないぞ」
「とっとと捨てて、こっちへ来い」
二人の男が剣を構える。
深呼吸をした私は気持ちを落ち着かせる。
冷静さをかいた戦闘は、無駄な隙を作るとジークが言っていた。
(……ジーク……)
微動だにしないジークを思うと、目の前の敵に対し、憤怒の感情が沸き起こる。
でも違う。そうではない。
今、すべきことは一つ。
警棒をひと振りして、グリップを強く握りしめて構える。
(この二人を確実に仕留める――)
◇
「ハニー、君が幸運の女神だよ」
「おほほ、ダーリンったら、またまた~」
「本当に、君のおかげで勝ちの連続だ」
「まあ、そう言われると、嬉しいですわ!」
普段着ることがない、体のラインを浮き彫りにするゴールドのマーメイドラインのドレスを着て、真っ白な毛皮のコートを羽織った私の腰を、黒のテールコートを着たジークが抱き寄せる。そして「ハニーのおかげだ」と連呼し、頬や首筋へキスのシャワー。
(……これが任務じゃなかったら、絶対に殺している。多分、二十回はジークを殺したと思う!)
王都に運びる悪の一つ。闇カジノ。
ここでは不正資金隠し、現金を別の物に変える目的でも利用され、悪党の資金源にもなっていた。そこでレグルス王太子殿下は王都警備隊を指揮し、闇カジノの摘発を連日遂行していたのだ。
『通常、闇カジノの摘発のようなものに、諜報部が動くことは少ない。事前の情報収集で動くことは多いが。だが今回は特殊なケースとして諜報部が出張ることになった。リエットにも重要な役目がある。諜報員として初の本格的な課外活動だ。もちろん、受けるよな?』
ジークにこう言われた時は俄然やる気でみなぎっていた。下衆野郎フェリクスを捕らえるために動いた時。それは宮殿内だった。だが今回の闇カジノの摘発は、王都の街中で行われるのだ。
だがいざ作戦の内容を聞いてみると──。
『今回の作戦は、闇カジノの一つ「ザ・カイル」の摘発となるが、決行日は十一月二十六日だ。この日は、爵位授与式があり、授与される者の中に王都警備隊中央部隊の隊長も含まれている。現在の闇カジノの摘発の先導を切るのがアルラーク隊長。彼が爵位授与される晴れの日に、闇カジノの摘発はない──そう思っているところの裏をかくことになる』
深夜の宮殿の会議室に集められた諜報部のメンバーの瞳は、やる気でらんらんと輝き、欠伸をする者などいない。ジークのこの作戦にも熱心に聞き入っている。
『ジーク副長官、摘発はないと油断している日を狙う──その方針に異論はありません。ですがそうなると闇カジノの現場にいるのは、小物の貴族ばかりでは? 有力貴族の多くが爵位授与式と共に行われる晩餐会へ出席です』
若手の諜報員、アッシュブラウンの髪に琥珀色の瞳のロイドが尋ねる。
『正直、小物はどうでもいいんだ。今回、先行して内偵を進めたが、闇カジノに関与している有力貴族の情報を掴み切れていない。だが闇カジノは必ず上客のリストを持っている。いざという時の担保のためにも、な。カジノに興じる現場で、奴らを捕えられたらそれは一番。だがリストを押さえたら、漏れなく一網打尽にできる。よって小物の摘発はおまけに過ぎない。本命は上客リストの確保だ。このリストに名がある悪者は、他の闇カジノにも名を連ねているはず。芋づる式で闇カジノを潰すぞ』
かくして闇カジノ摘発のために、現場に乗り込むことになったが……。
『リエットと僕は成金男爵夫妻に扮し、闇カジノで荒稼ぎをする。目を付けられ、支配人室へ行くことが目的だ。支配人室のあるフロアに間違いなく、金庫や上客リストがあるはず。ようはリストを見つけるという、大いなる任務を担うわけだ。名誉なことだよな? 初の実地任務で副長官と組み、大役を任させられるのだから』
それは確かにそうだ。新人のデビュー戦として、この上ない任務だった。しかし――。
『というわけでリエット。成金男爵夫人らしく見えるよう、これを着用。そして僕とは夫婦なんだ。過剰なスキンシップや甘い言葉は、任務遂行に必要なものとして、受け入れること。Got it?』
お読みいただき、ありがとうございます!
MI6のような物語がスタートです!
ちなみに事件が起きているのは十一月二十六日。
本日です!
オンタイム読者様へのお楽しみでした☆彡
ということでハラハラドキドキ、お見逃しなくっ!















