彼女と真心
「もう本当に私とアルラーク隊長はただのいいお友達ですわ!」ということを何度も言っているうちに時間は過ぎ、話題は王都に残る独身男子で注目は誰かとなる。この話は大いに盛り上がり、やがて……。
部屋には重厚なホールロックが置かれており、その時刻は間もなく二十三時半になることを示している。
「あ、私はそろそろ先に失礼いたしますわ」
「ええ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ!」
コルネ伯爵は既に退出しており、テレンス嬢とダイアンが私を無理に引き留めることはない。こういう場である程度の時間が経っていたら、引き留めるようなことをしないのがマナーだった。
まだ室内には多くの令嬢とマダムが残っており、お酒も入っているからだろう。歓談は盛り上がっている。熱気が漂う部屋から出ると、中の喧騒がわずかに漏れているものの。廊下はシンとしていた。
警備兵が等間隔で起立してそこにいるのだけど、微動だにしないので、とても静かに感じる。先程までざわざわした空間にいたので、余計に静かさが際立つのかもしれない。
その静まり返った廊下にはふかふかの絨毯が敷かれている。その上をゆったり踏みしめ、控え室へ向かい歩き出す。控え室にはすぐに到着し、ノックをしてから中に足を踏み入れる。
「ルベール嬢!」
早めに到着したつもりだが、中でアルラーク隊長が待ってくれており、ソファから立ち上がる。
「お待たせいたしました!」
「いえ、時間通りですよ」
「失礼します」
中に入って来たメイドが手にするトレンチのカップから、コーヒーのいい香りがしている。
どうやら私が来ることを踏まえ、飲み物を注文してくれていたようだ。
「どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
アルラーク隊長にエスコートされ、ソファに腰を下ろす。メイドはそのソファの前のローテーブルにコーヒーを置くと退出する。
テーブルを挟み向き合う形でアルラーク隊長も座ると、まずはコーヒーを口に運ぶ。しばしコーヒーの味わいについて話し、話題は晩餐会後のひと時に移る。
「初めての紳士の嗜みはいかがでしたか?」
「ははは。レディたちからは“紳士の嗜み”なんて言われているのですか?」
「ええ、そうですわ。そのレディたちが、晩餐会の後に女性陣だけで過ごす時間は“淑女の楽しみ”と言われていますの」
「なるほど。……まあ、貴族の紳士と呼ばれる生き物は、体面を保つために、普段は実にお行儀よく生きていることがわかりましたよ。隊員たちが仕事終わりの酒場で話すような話題が、平然と飛び交っていました。女性たちと別室でよかったですよ」
これには苦笑するしかない。
最初は真面目に政治の話もしている。だが時間が経ち、お酒を飲む量が増えると、話題が下世話ネタになるのは……どうやら男女ともに変わらないようだ。夜のお悩みなんかもこの“紳士の嗜み”“淑女の楽しみ”で語られるのが恒例だった。
「ルベール嬢は知り合いも多く、コルネ伯爵もいらしたのです。楽しい話題で盛り上がったのでは?」
そこで私は思い出す。さんざんアルラーク隊長と私がお付き合いしていると、からかわれたことを。
(あの場ではワイワイと盛り上がり、周囲の席にいたレディやマダムも聞いていたかもしれない。ここでこの件に触れず、「ええ、まぁ」と適当に誤魔化しても、アルラーク隊長は耳にするかもしれないわ。自身と私があらぬ関係と噂されたことに)
ならばと思った私は、こう話すことになる。
「女性陣も酔っている方がいると、色恋沙汰の話で盛り上がります。アルラーク隊長が私を同伴していたので、二人はそういう仲なのか……なんてからかわれてしまいました。違うとちゃんと否定しておきましたが……」
「……そうでしたか。その誤解は……嬉しいですね」
「え……?」
そこでアルラーク隊長が、それはそれは素敵な笑顔を浮かべるので、ドキッとしてしまう。
「自分はその誤解が、誤解ではなく、真実になったらいいな、と思っています」
「えっ……」
「昨日までの自分は平民でした。対してルベール嬢は侯爵令嬢です。自分にとってはまさに高嶺の花。ですが本日爵位を賜り、スタート地点に立てたと思います」
これからアルラーク隊長が何を言おうとしているのか。
(まさか、そんな……)
もしかしてを想像すると……胸のときめきが止まらない。
「ルベール嬢」
「はいっ!」
つい緊張で声が裏返ってしまう。
「あなたの勇敢な姿を目にした時からずっと。あなたのことが頭から離れません」
「!」
「あなたは気づいていなかったかもしれませんが、コルネ伯爵の婚約式以降、宮殿や街中であなたを見かけ……自分は勝手に事件のことであなたが傷ついていないか心配し、何かできることはないのかと、考えていました。何度もあなたに声をかけたいと思い、でも身分の違いを気にして諦め……。ですがあの秋の日。公園のベンチに座っていたルベール嬢の悲しそうな表情を見てしまったら……気持ちが止まりませんでした。つい声をかけてしまい……ご迷惑ではなかったですか?」
胸がいっぱいの私は、「迷惑ではない」と示すため、首をぶんぶんふるので精一杯だった。
「そうですか。よかったです……。爵位を授かった今でも、自分の中でルベール嬢は高貴な方。自分のような人間が手を伸ばしていいのか。不安は……募ります。ですが後悔したくないのです」
そこでソファから立ち上がったアルラーク隊長が、私のすぐそばにまで来て、跪く。そして私の手を恭しくとり、その澄んだアクアグリーンの瞳でこちらを見上げる。
「ルベール嬢、お慕いしています、あなたのことを。これからの人生、あなたと共に歩んでいきたいと思いました。……愛しています、心から」
そう言ってアルラーク隊長が私の手の甲に優しくキスをした時。
運命の鐘の音が聞こえた。
実際に今、二十四時を知らせる鐘が鳴っているだけなのだけど……。私にはこれが新たなる人生の出発を告げる鐘の音に思える。
私は家が没落目前となり、婚約寸前でその話が白紙撤回になっている。しかも恋心を利用され、コルネ伯爵を傷つける計画に巻き込まれそうになった。さらにお腹を刺され、踏んだり蹴ったりな人生を送っている。どこかで、もう幸せになんてなれない――と諦めの気持ちも生じていたけれど……。
アルラーク隊長との再会で、何かが変わったと思う。
真面目で気遣いができるアルラーク隊長。女性慣れしておらず、少し不器用な彼を見ていると、心の傷がどんどん癒された気がする。何より、私のことを心から大切にしてくれる――そう思えたのだ。
つまり、私の答えは……。
「アルラーク隊長。あなたの真心、しっかり受け取りました。私のことを愛して下さり、ありがとうございます。私もあなたのことが大好きです。これからの人生、あなたと歩んでいきたい……」
「ルベール嬢!」
立ち上がったアルラーク隊長が、喜びで震える私を、包み込むような優しさで抱きしめてくれた。
お読みいただき、ありがとうございます~
“紳士の嗜み”“淑女の楽しみ”、完全オリジナル設定です
でもこんなふうに盛り上がっていそう!?
そして明日からの更新ですが水~金お昼、土日夜となります!
そしてまたまた素敵なカップルが誕生です!
ルベール嬢も過去の痛みを乗り越え、幸せになって欲しいですね☆彡
脇役でも大切な登場人物なので、丁寧に背景を描き、遂にここに至りました。心待ちにしていた読者様、お待たせいたしました~
彼女へのお祝いのリアクションをぜひぜひ♡















