彼の温かさ
「ありがとうございました~! お気をつけてお帰り下さい~」
露出高めの店員さんに見送られ、レストランの外へ出ると。夜空は満点の星空で、吐く息が白くなり、もう冬の到来を感じてしまう。ファーのついた厚手のロングケープを着ているが、寒さが忍び寄ってくる。
「……冷えるな。馬車はすぐ来るが……リエット、ほら」
「?」
秋になり革手袋つけていることが多いジークだが、店から出たばかりでまだ素手だった。その両手で私の手を優しく包み込んだのだ。
「昔から心も手も、ぽかぽかに温かいのがジーク様なんだ」
「! な……」
こんなふうに手を包まれることに慣れていない私は、ビックリして振り払おうとしたが……。
(……温かい)
ジークの手は本人の言う通りで、本当にぽかぽかで温かかった。
石造りの修道院の冬は、常に底冷えとの闘い。自分自身の手がぽかぽかしているなんて……ほぼなかったと思う。
(人の手の温もりが、こんなに沁みるものだったなんて、初めてわかったかもしれない)
手が温かくなるのと同時に、じんわりと心が温まる。
「店内は温かったのに。リエットの手、冷たいな。もしかして冷え性か? これから毎晩、特製ジンジャーティーをリエットの部屋に届けさせよう」
そう言ってジークが赤銅色の瞳を細め、人懐っこい笑いを浮かべていた。
(当たり前のように、私のことを気遣ってくれる。私のことを心から心配してくれているんだ、ジークは……)
その事実に心臓がトクンと高鳴りそうになったが。
「!」
「ジーク、先に帰ってください」
「!? な、急にどうした……あ、もしかして」
私はそこでジークの手を振りほどき、走り出す。
間違いない。
あれはルベール嬢だ。しかも隣に男がいた。
ルベール嬢はコルネ伯爵の侍女の一人で、ルイーザ様の同僚。フェリクスという下衆野郎に裏切られ、深く心を傷つけられている。
(弱った相手につけこむ悪党がいる。まさかルベール嬢はまた、変な男に引っかかっているのではないか)
心配だった。
ルベール嬢はフェリクスに騙される以前に、コルネ伯爵を守るため、怪我だってしているのだ。
(主よ。どうかルベール嬢をお守りください。彼女はすでにこの世界で地獄を目の当たりにしています。これ以上彼女に試練を与えないでください)
これでも修道女だったのだ。今もロザリオは持ち歩いている。ドレスのポケットのロザリオに触れ、祈りを込めながら、彼女と男性の後を追う。
どうやら二人は夜間営業をしているカフェへ向かおうとしているようだ。一軒目のレストランで食事を終え、コーヒーの一杯でもいただこう……という感じか。
街灯の影から、二人の様子を見守っていると「ぜいぜい」という荒い息遣いがして、私は咄嗟にあの警棒を手に取る。
「……待った、リエット! 僕だよ!」
「……ジーク?」
ジークが息切れしているなんて珍しい。
「リエット、とんでもない勢いで走り出して……君はあれだけ食べて、よくそこまで動けるな」
「……言われるほど食べていませんよ。ジークが食べ過ぎなだけです」
「お、相変わらず手厳しいなぁ」
「しっ!」
どうやら入るお店が決まったようだ。二人が一軒のカフェに向け、脇道に入ろうしたが……。
怪しい男が二人の後を追う。
直感で分かる。スリか強盗の可能性がある。後者であるなら、ルベール嬢と男性が危ない。
「ジーク」
「分かっている。あれは……強盗の可能性が高い。角を曲がった瞬間に、胸元に手を入れていた。凶器を取り出している可能性がある」
「!」
そこからはジークも私もただ無言で馬車道を横断し、二人が向かった脇道に向かうが……。
「!」
角を曲がった瞬間にジークが壁に片腕をつき、ドンという音が聞こえたと思ったら、顎を持ち上げられている。ジークの顔が近づき、ミントの清涼感のある香りが漂う。
そこで「ピーッ」「ピーッ」と王都警備隊が危険を知らせる笛の音がすぐ近くで聞こえてきた。
「ルベール嬢、大丈夫ですか?」
「は、はい! アルラーク隊長が庇ってくださったので……巾着袋もちゃんと手元にあります。隊長はお怪我はありませんか!?」
「ははは、この程度の強盗であれば、どうってことないですよ」
バタバタと足音がして、ジークの背後を駆け抜けて行く人がいる。
「どうしましたか! 王都警備隊中央部隊のサイモンです……あ、アルラーク隊長!」
「ご苦労様。悪いな、強盗を一人捕らえた。連行してもらえるか?」
「! 今日はお休みですよね、アルラーク隊長! お休み中にありがとうございます!」
強盗犯は連行され、その場で簡単な聴取がなされ、ルベール嬢とアルラーク隊長は解放された。
「すっかり冷えてしまいましたね。これから行くカフェにはホットチョコレートもありますから、それで体を温めましょう」
アルラーク隊長の声はとても優しい。ルベール嬢への気遣いが感じられた。そこで二人の姿を、ジークの腕の隙間から見る。
ルベール嬢をエスコートするアルラーク隊長は、周囲を気にして、彼女を守ろうとする気概も伝わって来た。
「王都警備隊、しかも中央部隊の隊長アルラーク。彼は警備隊の中の、エリート中のエリートだ。功績も多く、男爵位が授けられることが内定している。仕事に生き、いまだ、独身。浮ついた噂はなし。真面目で誠実な男だ。問題ないよ、リエット。二人の関係がどこまでのものかわからないが……悪い結果にはならないと思う。ルベール嬢は幸せになれるさ」
ジークの言葉を聞いた私は、安堵で大きく息を吐くことになる。
(ルベール嬢、いつの間にそんな男性と……。でもこれで安心ね。彼女もきっと幸せになるわ)
角を曲がったらいきなりジークとキス寸前になった。それもこれも尾行がバレないようにするためだったが……。
「ジーク、わかりました。二人は大丈夫でしょう。私たちは帰りましょう」
「……ない」
「はい?」
「(帰りたくない)」
「何、ジーク? 聞こえないんですけど!」
ジークが私の肩にコツンと自身のおでこをあて、呟く。
「酔った……。リエットに煽られて、あの後、強いお酒を飲み過ぎた」
「え! お酒、強いんじゃないですか!? 耐性をつける訓練を受けったという話、何だったのですか!?」
私の肩から顔をあげたジークは朗らかに微笑むと……。
「あ、それは事前にちゃんと準備するんだよ、普通は。酔いの周りを遅くするように。でも今回は、なーんもしなかったから、僕、酔ってまーす!」
「ちょ、ジーク!」
ビックリしてその口を手で押さえた。
するとジークは私の手を自身の手でつかみ、「チュッ」とキスをしながら、上目遣いでこちらを見る。
よくわからない色気が漂うジークに、思わず生唾を呑んでしまう。
「……リエットに会いたかったんだよ」
「!」
「ようやく会えたんだ。まだ一緒にいたい」
「え」
「帰りたくない!」
「……!」
酔っ払ったジークは、ただの我が儘な子ども!
「帰りたくない」とだだをこね、結局……。二十四時の鐘が鳴るまで、ジークとパブリック・ハウスで過ごすことになる。
そこはソファ席があったが、そこでジークは……。
最後の三十分、私の膝枕で寝息を立てる始末。
(二度と酔わせないわ、ジークのこと!)
人の気も知らないジークは健やかな寝顔を見せている。
「……まったく。面倒くさい上官ですよ。いっそこのまま本当に寝首を掻いてやりましょうか」
柔らかいバターブロンド髪の、すぐ下の首にそっと触れる。
「(リエット、君のことが好きだ)」
二十四時を知らせる鐘が鳴り響き、ジークが何か呟いた言葉は……聞き取ることができなかった。
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