美味しい話
「リエット、歩くの早っ!」
「私はメイドとしての仕事中なんです。時間を無駄には出来ません」
「えーっ、久しぶりに会えたんだ。もう少し歩く速度を落としてくれても……」
まとわりつくようにジークに追われ、辟易してしまうが……。廊下ですれ違う貴族の令嬢や使用人の女性は、ジークを見て頬を赤らめる。
柔らかそうなバターブロンドの髪に、意志の強さを感じさせる赤銅色の瞳。諜報部の副長官のくせに、その体は文官ではなく、騎士のよう。細身でありながら筋肉がある。
つまりジークは見た目だけは貴公子なので、女性たちの注目を集める。
(性格は、人をからかうわ、どこかすっとぼけて食えない男なのに!)
そこでジークが私の手を取る。そうされるとエスコートされているような状態になり、早く歩くことはできなくなってしまう。
「というか、どこまでついて来るつもりですか!?」
「鍛冶工房まで。その後は宮殿に戻るんだろう? エスコートするよ」
「必要ないですから! 本当に暇なんですか!?」
「さっき殿下と長官には報告を終えた。予定より早く帰還できたから……忙しいはずだが、猶予ができた。数日は暇かな。そうだ! リエット、デートするか? 砂漠の民の民族料理を食べられるお店を見つけたぞ。ナツメヤシの実にチョコレートをかけたデザートがあって、甘くて美味しいそうだ」
「ナツメヤシの実にチョコレートをかけたデザート……」
なんて絶妙なタイミングでの提案なのだろうか。昼食は前倒しだったので、ティータイム前だが小腹は既に空いていた。
「羊肉のスパイシーなパイなんかも美味しいらしい。値段は張るが、そこは頼れる副長官。奢ってやるぞ、リエット!」
「……ジークがどうしても言うのなら……」
「ああ、どうしても食べたい! だからリエット、付き合って欲しい!」
「……仕方ないですね」
決して食べ物に釣られたわけではない。上官に「どうしても」と請われ、仕方なく……。
「おや、オルリック嬢、いいところに来たじゃないか! 今さ、厨房でアップルパイを頂いてきたんだよ。もうすぐティータイムだろう? ちょっとばかし早いけど、一緒にお茶をしようじゃないか!」
バッタリ遭遇した鍛冶職人のダイアンは、手に焼き立てらしいアップルパイを持っている。それはたっぷりのバターとリンゴのフレッシュな香りを漂わせ、実に美味しそうだった。
「で、ですが、私は勤務時間中で……」
「なるほど。でもさ、諜報部の副長官と一緒なら、話が早い。コルネ伯爵に頼まれていた道具が完成したんだよ。それはさ、オルリック嬢用にって用意したものだ。その受け渡しは業務時間の扱いでいいんだよね、副長官殿!」
「もちろん! 僕が同席すれば問題なし」
「だってさ!」
つまりこの美味しそうなアップルパイをいただくには、諜報部の副長官という立場の人間が必要……。
(いや、副長官ではなくてもいいのでは? 上官であれば誰でもいいのでは? ジークではなくてもいい気がする……)
チラッとジークを見ると、彼はニッコリ笑顔で答える。
「部下が業務で動ているのかどうか。認定するのは上官の役目。その上官の報告を受けるのは、副長官の僕だ。僕がそこで『イエス』と認める必要がある。ようはそこら辺でウロウロしている諜報部の人間が同席ではダメだ。僕じゃないとダメなんだよ、リエット!」
そこでジークが見事なまでのウィンクをするので「ヒューッ」とダイアンが口笛を吹く。
「……コルネ伯爵の注文した道具の受け渡しに立ち会ったと、メイド長に報告します」
「いや、リエット、そこは諜報部の」
「どっちでもいいさ。重要なのはこの出来立てアップルパイを食べるタイミングを間違えないことだよ。さあ、入った、入った!」
こうしてダイアンの工房に入ると、そこに鍛冶職人のお爺さん方が集合しており、既にお湯を沸かし、ティータイムに入る準備は万全。
「よし、みんなでアップルパイを食おう!」
「ああ、切り分けよう!」
「紅茶をいれるぞ!」
いきなり大家族の団欒の場に放り込まれた気分だが「よし。全員で八人だから、八等分にカットだ」とジークはあっという間にこの場に馴染み、しかもあれこれ指示を出して親方状態になっている。
「準備できたわよ! みんな、着席!」
ダイアンの一声で、大きな一枚板のテーブルに置かれたベンチに座り「いただきます!」となる。
「こりゃあ、うめえ!」
「リンゴがどろっとして、じゅわってして果汁が甘いぞい」
「パイの生地はサクサクじゃ~」
鍛冶職人のお爺さんが大絶賛だが、それは私も同じ。旬を迎えたリンゴは甘みがたっぷり。そこにサクサクパイ生地とたっぷりバター、さらに砂糖も加わるのだ。もう幸せ過ぎて、昇天しそうだった。
「リエットは食べている時、本当、美味しそうな顔をするよな~」
「副長官殿はアップルパイより、オルリック嬢を食べたそうな顔をしているのう」
「あははは、バレちゃいました?」
「では副長官殿はオルリック嬢を。そのアップルパイはわしが」
「ダメよ、トング爺さん! 甘い物食べ過ぎはダメって、メリーおばあさんから言われているでしょう」
ダイアンにぴしゃりと言われ「むううううう」とトングお爺さんは唸る。
これにはみんな大笑い。
こんなふうに爆笑しながらアップルパイを食べるのは初めてのこと。ワイワイガヤガヤとみんなで食べるアップルパイは、不思議といつもより甘く美味しく感じる。
「みんな、食べ終わったね! オルリック嬢の道具を出すから、片づけをするよ」
「「「「「「「はーい」」」」」」
楽しい気分のまま、鍛冶職人のお爺さんと声を合わせ、返事をしてしまう。そうして立ち上がろうとすると……。
「リエット」とジークが私の腕を優しく押さえる。
「?」
「子どもみたいだ。こんなところに生地のかけらをつけているなんて」
そう言いながら、ジークが私の頬に指を伸ばす。
柔らかそうなバターブロンドの髪に、キリッとした赤銅色の瞳。整った顔立ちのジークを見た瞬間――。
「ジーク、私のこと、食べたいの?」
スッと立ち上がりながら顔を彼の耳に近づけ、甘い声で囁くと……。
「リエット! お、大人をからかうんじゃない!」
いつもの余裕はどこへやら、ジークは瞳と同じぐらい顔を赤くした。
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