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平凡な侍女の私、なぜか完璧王太子のとっておき!  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中
【おまけの物語】

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彼女の希望

 朝晩のヒンヤリとした気温に秋の到来を感じる。


 あの事件から二週間が経った。


 昨日まで、秋の狩猟大会で王都郊外の離宮にコルネ伯爵、テレンス嬢、モンクレルテ嬢ら侍女のみんなと一緒に滞在していた。そこでの滞在はとても楽しかった。殿下はとても立派な角を持つ牡鹿を仕留め、大会で優勝を飾っている。連日、美食のジビエ三昧で、普段口にできない雉、イノシシ、鹿肉を存分に満喫できた。


 そして昨日の午後に宮殿へ戻り、その後はいろいろと片付けに追われていたが――。


 翌日の今日、公的に休みをもらえた。私とララ嬢が今日は休みで、テレンス嬢とモンクレルテ嬢は明日が休み。そして休みのこの日は、朝から秋晴れの晴天だった。


「せっかくだから街へ行こうかしら?」


 ララ嬢は実家に帰るというので、私は一人、街へ繰り出すことにした。


「こちらの帽子は極楽鳥という珍しい鳥の羽根飾りを使っています。この羽根がなかなか手に入らず。お一ついかがですか?」


 帽子屋に入り、店員の話を聞いていると、ふと思い出す。


――『イヴは髪の色が赤っぽいから、このオレンジの羽根飾りの帽子が似合うんじゃない?』


 捕らえられたフェリクスは私のことなど最初から好きではなかったと供述したという。ルベール侯爵家の名前と持参金が目当てだったと……あっさり打ち明けたというのだ。


(私にかけた言葉は何だったのか)


「お客様?」

「……ごめんなさい。今日は……やめておきます。また来ます」


 帽子屋を出て、すぐ近くのカフェに入る。動揺した気持ちを落ち着けるため、飲み物でも飲もうと思ったのだ。


「店内とテラス席、どちらになさいますか?」


 空は晴れ渡り、次第に気温も上がってきている。


「テラス席で」

「かしこまりました」


 案内された席に座ると、ブランケットも用意してくれる。それを膝の上に掛け、メニューブックを開く。


「!」


 メニューブックに書かれた秋の人気メニュー。スポンジケーキとたっぷりのバタークリームを交互にサンドし、層状に重ね、一番上にはカラメルソースがかかっている。濃厚でカラメルのほろ苦さもあるケーキだった。


――『イヴ、そのケーキ、食べたいのだろう?』

――『ええ。でもリンゴのタルトも食べたくて……でも二つは食べられないわ』

――『いいよ。僕がリンゴのタルトを頼むから、一口イヴにあげるよ』


 お金のためなら、心にもない言葉を平気で口にできる人間だったのだろうか。私に気に入られるため、優しいフリをしていたの……?


「お客様、ご注文はどうされますか?」

「……ホットチョコレートをください。フレッシュクリームはたっぷりで、思いっきり甘くしてください!」

「かしこまりました」


 あの日食べたケーキやタルトより、うんと甘いホットチョコレートを飲むと……。


「あの時のケーキとタルトの味、忘れちゃったわ」


 その後は……まるでフェリクスとの思い出を上書きしているようだった。昼食では、彼と一緒に食べた物とは全然違うメニューを注文。分厚い牛ステーキを、一人でペロリと平らげてしまった。その後の本屋では、令息に人気の歴史小説を購入し、革張りでの装丁を依頼した。


 この本屋で私は、いつもロマンス小説や詩集ばかり買っていたのだ。フェリクスとやって来た時も、詩集を購入したが……。架空の騎士が登場する歴史小説は、令嬢より令息が読む本。普段の私が買わない本を買うことで、この本屋は私の中で、これまでとは違う意味を持つようになる。


 次に向かったアイスのお店では、いつも食べるストロベリーやバニラではなく、ラム風味を頼む。フェリクスとこのお店に来た時は、ストロベリーのアイスを私が頼み、彼は確かピスタチオのアイスを頼んでいたはず。でもそのどらでもないラム風味のアイスを食べ、大人な味わいに私は開眼する。


(大丈夫。少しずつ私の記憶は新しい思い出に書き換えられるわ。フェリクスの名前さえ……いつか忘れるに違いない)


 巾着袋の紐をぎゅっと握りしめ、商店の並ぶ通りを抜け、辿り着いたのは、王立公園だ。春夏は緑の木々に溢れているが、今の季節は至る所で紅葉した木々が見られる。青空に赤やオレンジ、黄色やブラウンの紅葉は、とても映えていた。


 公園内には馬車道と歩道が整備されている一方で、芝が広がるエリアでは犬を散歩させたり、子どもがボール遊びをしている。そんな様子を眺めながら、中央の噴水があるエリアまでのんびり向かった。そしてベンチに座り、女神や戦の神、海獣や巨大な魚の像が据えられた噴水を眺める。


 この場所にもフェリクスと来ていた。ベンチに座り、フェリクスと結婚後の生活について語り合ったりしたのだ。子どもが生まれ、女の子だったら名前をどうするか、とか。家族でバカンスシーズンを過ごすなら、どこへ行こうか、とか。随分と気の早い話をしていたものだ。


「お父様、お母様、見て~。まつぼっこり!」

「松ぼっくりね」

「大きくて立派だな」


 親子三人、笑顔で歩く姿を見ると、実現しなかった自分の未来を見ているような気分になる。


(この記憶を……上書きするのは……なかなか難しいかもしれないわ)


 唇をぎゅっと噛み締めた時。


「まさかここでお会いできるとは。こんにちはルベール嬢」


 声にハッとして顔をあげると、目が合ったのは、キリッとした一重のアクアグリーンの瞳。髪色はチョコレート色で制帽を被り、濃紺の王都警備隊の隊服をビシッと着ている若いこの青年は……。


「アルラーク隊長……! こんにちは。お仕事中ですか……?」

「いえ、仕事が丁度、終わりました。今日は早番だったのです」

「そうなのですね。……お勤め、ご苦労様でした」


 私の言葉に、アルラーク隊長は優しい笑顔になる。


 王都警備隊、しかも中央部隊の隊長。

 エリートではあるが、同時に仕事は激務のはず。

 しかも早番での仕事終わり。


(疲れた顔をしていてもおかしくないのに、こんな笑顔になれるのね……)


 どこか包容力があるというか、まだ若いのにしっかりしていると感じるのは、彼のこの優しい笑顔によるのかもしれない。この笑顔をできる心の余裕が、彼を年齢よりしっかり者に見せているように思えた。


「ありがとうございます。ルベール嬢はコルネ伯爵のお使いですか?」

「違います。今日はお休みです」

「! そうなのですか。では今、時間があるのですか?」

「あ、はい。今日は朝から街の中を一人で散策して……。まさに休憩中です」


 するとアルラーク隊長は「ご迷惑でなければ、隣に座ってもいいですか」と尋ねる。


「ええ、どうぞ、お座りください」

「では失礼して」


 キリッとした姿勢で座るアルラーク隊長からは、誠実さが感じられ、何だか微笑ましいい。


「傷はもう癒えましたか?」

「はい。すっかり。その節はご心配をかけました」

「いえいえ。でも……ずっと気になっていました」


 この言葉にはドキッとして「えっ」と思わず声が漏れてしまう。


「あなたのような高位な身分の令嬢が、あんなふうに怪我を負うなんて……。ショックで心に傷は残っていないかと」


 多くの人からお腹の傷について聞かれた。でも心にまで言及してくれたのは――殿下とコルネ伯爵と、そしてアルラーク隊長だけだった。


「もし悪意を以てして刺されたのなら……悪夢を何度も見ることになったかもしれません。でも事情が分かっているので……。むしろ、あの子は……アンは大丈夫ですか? 元気にしていますか?」

「アンは元気ですよ。母親と一緒に、王都警備隊の屯所で、雑用係として頑張ってくれています。……実はルベール嬢に会いたい、ごめんなさいと言いたいと、言っているんですよ」

「……! そうなのですね」


「ええ」と頷き、アルラーク隊長はこんなことを教えてくれる。


「ルベール嬢はコルネ伯爵の侍女で、アンからすると雲の上の人。それに侍女として忙しいのが分かるので、手紙を書こうとして……。今、隊員に必死に字を習っています」

「そうなのですね……!」

「でも紙は平民には高級品です。地面に何度も、何度も木の枝で文字の練習をして……。ちゃんと覚えたら、便箋を手に入れ、それに書こうとなっているので……まだまだ時間がかかりそうです」


 字も書けない幼い少女がそこまで奮闘してくれている事実に、胸が熱くなってしまう。


「アルラーク隊長」

「はい」

「お願いがあります」


 私の言葉に、アルラーク隊長の背筋がさらに伸びる。そして真摯な表情で私に尋ねる。


「何でしょうか?」

「アンに会う機会を作っていただけませんか?」

「!」


 アルラーク隊長のアクアグリーン色の瞳が大きく見開かれる。


「手紙を受け取るのも楽しみです。でもその前に、私が元気である姿を見せたら、アンはきっと心から安心できると思いませんか」

「ええ、おっしゃる通りですよ。手紙もいいのですが、会うのが一番です。分かりました。僕に任せてください。近いうちに会う機会を作りましょう!」

「ええ、ぜひそうしてください」


 心が温まったその瞬間。「きゅるるるる~」という音に、私は一瞬「?」と首を傾げる。


「し、失礼しました……! 実は仕事がバタバタしており、その……昼を食べていなくて。ティータイムもなく……」


 王都警備隊ではエリートなアルラーク隊長が、顔を真っ赤にしている。それを見た私は……。


「それは大変です! 何かあった時、お腹がぺこぺこでは動けませんよ。……もうすぐ日も暮れます。よかったら夕ご飯を一緒にいかがですか?」


 食事に令嬢から誘うなんて。普通ならあり得ないことだった。でも今のアルラーク隊長を見ていたら……。自然とお誘いの言葉が口をついて出ていた。


「! 行きます! 参りましょう! あ、でも……僕が知っているお店は居酒屋とか、野郎ばかりのお店で……」

「ふふ。令嬢が喜ぶようなお店を知っていたら、アルラーク隊長がプレイボーイなのかと心配になります」

「な! そのようなお店は知らないであります! ぼ、僕は、女性と食事なんて、し、したことが……」


 これまで以上に真っ赤になり、まるで完熟トマトのようだ。トマト……、そうだわ!


「アルラーク隊長がよく行かれる居酒屋も、きっとお料理が美味しいお店なのだと思います。そちらはいつか連れて行ってください。今日は私のおすすめのお店へご案内します。コルネ伯爵も行ったことがある、パスタ料理のお店なんです」

「パスタ……ああ、知っています。数カ月前に出来たお店ですよね」

「まあ、ご存知なのですか?」


 私の問いに、アルラーク隊長は真面目な顔で答える。


「店主が異国の方なので、屯所までわざわざ挨拶に来てくれたのです。それに街の治安の維持のために、お店の入れ替わり、新規オープンは気にしていますので」

「なるほど。では話は早いですね。そのパスタ料理のお店、行きますか?」

「ええ、ぜひ、そうしましょう!」


 応じるアルラーク隊長は、やはり優しい笑顔になる。

 その笑顔を見ていると、さっきまでの私の中のもやもやは、綺麗に払拭されていった。





お読みいただき、ありがとうございます~

ボリューム満点の1話でしたが

タイトル通りで、ルベール嬢の心に希望の光が優しく灯りました♡

明日の更新は『甘えん坊』です。

さて、誰のお話でしょう……?

お昼の更新をお楽しみに☆彡

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