彼女と……
「アルラーク隊長。本日は警備、ご苦労様です」
コルネ伯爵が、テレンス嬢と護衛騎士を連れ、姿を現わした。レグルス王太子殿下との歓談を終え、レストルームへ向かうようだ。
「コルネ伯爵! 本日の警備を担当でき、大変光栄でした。馬車を裏口に回してあります。いつでもご乗車できます」
「ありがとう。助かるわ。先に殿下が向かうから、そのまま護衛をお願いしてもいいかしら?」
「勿論です」
アルラーク隊長がお辞儀をして、コルネ伯爵はレストルームへ入っていく。
しばらくして護衛騎士と共にレグルス王太子殿下が姿を見せた。
本来的には殿下がコルネ伯爵を馬車までエスコートするところだが、レストルームに令嬢が向かったら、別行動がこの大陸の慣習。令嬢がゆったりレストルームを利用できるようにする。そのための配慮の慣習だった。
ということでレグルス王太子殿下は先に馬車へと向かう。
黒のテールコートを着る殿下は珍しい。
だがオペラ観劇ではこのスタイルが定番であり、殿下もそれに準じた形であるが、つい目を引く。容姿端麗の殿下が纏うテールコートは、当然だが素敵だった。
その殿下を護衛しながら歩き出したアルラーク隊長は……。
(殿下と並んでも、警備隊の隊服姿のアルラーク隊長は様になるわ。あの制帽もよく似合っている)
ララ嬢と共に二人を見送り、コルネ伯爵とテレンス嬢がレストルームから出てくるの待つ。しばらくして、二人がレストルームから出てきて、いよいよ私たちも退出となる。控えていた護衛騎士たちも動き出す。
ロイヤルボックス席があるフロアを抜け、メインロビーを横目に、裏口に向かい、移動を開始していた時。
「イヴ……!」
懐かしい声に心臓がドキリと反応していた。
その場にいた全員が声の方に顔を向ける。
「ああ、やっぱり。イヴ……!」
そう言ってシルバーブロンドを揺らし、黒のジャケットを着た令息がこちらへと歩み寄った。
だがすぐに護衛騎士が彼を止める。
「何の御用でしょうか」
「僕はイヴに、イヴと話したいんだ」
白水色の瞳で彼が私をじっと見ていた。
(フェリクス……!)
心臓がバクバクしてしまい、言葉にならない。
再会するのは、まさに一年ぶりだった。
(私と婚約するはずだったのに。お互いの気持ちを確認できないまま、会うことも禁じられ、手紙が届くこともなく終わってしまった。こんなふうに再会しても、どうしていいか分からない……)
率直なところ、私は再会の驚きより、かなり動揺していた。
「あなたは……スローン伯爵ですね。初めてお目にかかります。私はアンジェリカ・リリー・コルネ伯爵です」
私より先にコルネ伯爵が声をあげ、フェリクスはハッとして、慌てて挨拶を始める。
「初めまして、コルネ伯爵。僕はフェリクス・ヴァン・スローン、スローン伯爵の嫡男です」
「スローン様、私の侍女であるルベール嬢と話をしたいのですか?」
「……はい!」
フェリクスが切実そうにコルネ伯爵を見た。そのコルネ伯爵は慈しみのある瞳を私に向ける。
その顔を見て、私は理解できた。
(侍女として私を採用するに辺り、身辺情報はすべて確認されているのだわ。つまりフェリクスが婚約寸前までいった相手であると、コルネ伯爵は分かっている……!)
「ルベール嬢。彼はあなたとお話があるようよ。どうしますか? このまま残って彼と話しても構わないわよ。護衛騎士を一人、あなたにつけるから、帰りは彼と馬車を拾えばいいわ。でも先日、重い荷物を持って怪我をしたでしょう。傷はまだ完全に癒えていない。辛いようなら今日のところは、失礼させていただいたら?」
コルネ伯爵の言葉に、私は涙が出そうになる。すぐに反応できない私を見て、コルネ伯爵はこのままフェリクスと話さず、帰る選択肢も与えてくれたのだ……!
(ずっと。この先もずっと。フェリクスと話さないわけにはいかない。うやむやで終わってしまったが、気持ちの区切りをつけるためにも、ここはフェリクスと話した方がいいのでは? こんなふうに再会することになったのも、そういう意味だと思う……)
コルネ伯爵のおかげで、落ち着いて自分の気持ちと向き合うことができた。そして自分が今すべきことにも、思い至ることができたのだ。
「コルネ伯爵、ご配慮、ありがとうございます。それではお言葉に甘え、スローン様と少しお話をしてから、宮殿に戻るのでもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。クライン卿、ルベール嬢をお願いしてもいいかしら?」
「かしこまりました、コルネ伯爵」
護衛騎士の一人、クライン卿がお辞儀をする。
こうして話が付いたので、コルネ伯爵は裏口に向け、移動を再開した。
縁談話が破談したことは、テレンス嬢には話している。その際、名誉のためにフェリクスの名は出さなかったが、テレンス嬢は今の状況を見て、察してくれたようだ。目で「大丈夫よ。部屋で待っているわ」とメッセージを送ってくれる。
私は頷き、皆を見送り、そしてフェリクスに「下のロビーで話しましょう」と提案しようと思った。
オペラの上演時間は長く、終わると多くが家路に着く。一部はそのまま明け方まで開いているカフェやパブリック・ハウスへ向かい、オペラ談義に花を咲かせる。そして移動する程でもないが、少しおしゃべりしたい者たちは、ロビーで歓談。
劇場もその流れを理解しているので、しばらくロビーを解放してくれる。
(それでも時間になったら、次々と明かりが落とされ、退出となる。もしフェリクスと気まずくなっても、そこで綺麗さっぱりお別れができるわ)
フェリクスの父親である伯爵が反対し、私たちは婚約できなかった。だが手紙を書いても返事はなく、彼がよく行くというカフェや本屋にも、足を何度も運んだが、今日みたいに遭遇することはなかったのだ。よってフェリクスも、持参金を用意できなかった我が家を、私を嫌いになって、会わないようにしていた……そんなふうに思っていたのだ。
だからこそ、今の再会を素直に喜べないでいたが――。
「イヴ、会いたかったよ!」
フェリクスはいきなり私を抱きしめた。
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