婚約式
いよいよ婚約式が始まる。
まずは祭壇の左右の扉から入場し、中央でレグルス王太子殿下と向かい合う。
「ではパイプオルガンの演奏に合わせ、そのまま祭壇までお進みください」
マルグリット夫人の言葉に頷き、私は深呼吸と共に背筋を伸ばす。顔をあげ、顎は少し引く。テレンス嬢が私に教えてくれた堂々とした姿勢をキープ。するそこでパイプオルガンの音が響く。
神聖な雰囲気に息の呑みながらも、ゆったりと歩き出す。
レグルス王太子殿下も祭壇に向け、歩き出している。
その姿勢、その歩み。
それはこういった場に慣れており、余裕があり、風格を感じさせるものだった。
(何よりもホワイトシルバーのフロックコートは、結婚式さながらで、痺れる程のかっこよさだわ! サラサラのブロンドに、あの色味はやはり映える! 薔薇窓から射し込む光で、レグルス王太子殿下が輝いて見えるわ……!)
待ち受ける大司教の前に、私とレグルス王太子殿下が到着する。大司教は真剣な表情で婚約式の開始を告げるが――。
《せっかくアンジェリカと再会できたのに。ここから二時間か……。長過ぎる。結婚式よりも長くなる理由。それは婚約の誓い自体はすぐに終わるのに、その後、来賓の挨拶を受けるから時間がかかる。この挨拶、来賓が歴史あるこの聖堂の赤絨毯を歩きたいからと、始まったらしいが……必要なのだろうか……? この挨拶の時間さえなければ、すぐに終了で王宮に戻れるのに。そうなったら宮廷晩餐会の時間まで、アンジェリカとゆったり過ごせる》
私と一緒に過ごす時間が欲しいと、レグルス王太子殿下は表向きはいつもの落ち着いた無表情で、心の中では盛大に嘆く。そうしている間にも聖歌隊により、聖歌が捧げられた。
その歌声は静謐そのもので、心が洗われるように感じる。
前世でオーストリアに行き、そこでウィーン少年合唱団の歌声を聴いたことがあった。
(その時と同じで、これは大聖堂に声が反響し、鳥肌ものね)
永遠に聴ける気がしたが、聖歌は終わり、大司教がこの日に相応しい主の教えを説く。参列者を含め全員の手元に主の教えが書かれた本が用意されている。皆、大司教の指定しているページを開き、その教え静かに聞く。
こうしている間、ずっと参列者が座る席には背を向けている。だが参列者席には国王陛下夫妻、二人の王女、私の両親や二人の姉、大勢の国内貴族、そして来賓の各国の王侯貴族がいるのだ。それを思うと……。
(武者震いをしちゃうわね。緊張するわ)
そんなふうに私が思った瞬間。
「……!」
私の横に立つレグルス王太子殿下が、私の手をそっと優しく握ってくれる。
ポーカーフェイスのレグルス王太子殿下は、氷の王太子なんて言われているが、その手からは優しい温かみが伝わって来た。
《大丈夫だ、アンジェリカ。参列しているのは、金属のペン先でライセンス契約を結んでいる国ばかりだ。発明者がアンジェリカであり、ライセンス契約を発案したのもアンジェリカであること。皆、知っている。未来の賢妃を見ようと、集まった者たちばかりだ。持っているのは好意的な興味。緊張する必要はない》
レグルス王太子殿下がかけてくれる言葉に、胸が熱くなる。
私は心の声が聞こえ、先回りもできる。でも彼に私の心の声が聞こえるわけではない。ただ隣にいて私が不安そうにしていると察知し、こうやって手をつなぎ、心の声を聞かせてくれるのだ。
その優しい気持ちに想いが溢れそうになる。
レグルス王太子殿下の手を、ぎゅっと握り返した時、大司教の説話が終わった。
「今日という日のための説話として、長々と読み上げてしまいました。ですがこのお二人の絆は強く、どんな困難でも乗り越えられるに違いないでしょう。説話など不要と思えるぐらい、お互いを信頼し、敬っています。二人の未来は明るい。そう信じております」
そこで大司教はレグルス王太子殿下と私を順番に見て、柔和な笑みを浮かべる。
「それでは婚約式における誓いを始めたいと思います」
そこで大司教が一呼吸を置き、大聖堂内はシンとする。王立劇場と同じ時期に建立され、三百年の歴史を持つ大聖堂。堅牢な石造りであり、静まり返ると神々しい雰囲気が漂う。
「ではお二人は向かい合ってください」
大司教の言葉に、レグルス王太子殿下と向かい合う。
いつもの無表情なのだけど、その碧眼はキラキラと輝き、全力の愛が感じられる。
「レグルス・ウィル・アトリア。あなたはアンジェリカ・リリー・コルネを婚約者と定め、永遠の愛をここに誓いますか?」
「はい。誓います」
レグルス王太子殿下の返事が、大聖堂内に響き渡る。私は心臓のドキドキが止まらない。
「アンジェリカ・リリー・コルネ。あなたはレグルス・ウィル・アトリアの婚約者となり、永遠の愛をここに誓いますか?」
「はい。誓います」
少し震える声で返事をしている。
「今、ここで、二人の婚約は誓約されました。証人はここにいる皆様です。二人の永遠の愛を認める方は、拍手をお願いします」
大司教がそう告げた直後。
まるで波が押し寄せるにして、拍手がわきあがる。
響き渡る拍手の音に鳥肌が立つ。
その拍手が続く間に、レグルス王太子殿下、私の順番で、婚約誓約書にサインを行った。
サインが終わる頃に、拍手が収まる。
「二人に幸あらんことを」
大司教の言葉が誓約の終わりの合図だったが……。
そこでレグルス王太子殿下がふわっと私の腰を抱き寄せた。驚き、彼の顔を見上げると――。
結婚式ではないので、キスはないと聞いていた。でもふわりとレグルス王太子殿下の唇が、私の唇へと重なる。
その瞬間、「ゴーン、ゴーン」と鐘の音が鳴り響いた。
お読みいただき、ありがとうございます!
祝・婚約式、二人の未来に幸あれ(拍手)♡
明日は読者様がまた読みたいと思っているあのキャラが登場です~☆彡















