彼女の状況
なんだかチクチクとした痛みを感じる。
だがその痛みをしっかり知覚したくない気がしていた。
でも次の瞬間。
カチャ、カタッという金属の音に、ついに目が覚める。
目をしっかり開けようとするが、頭がぼーっとしており、動きが緩慢になってしまう。その一方で、お腹の辺りが突っ張っているように感じる。
「なんだかお腹の辺りに違和感が……」
独り言のように呟いたが、すぐに反応する声が聞こえる。
「当然です。まさに縫合が終わった直後ですからね。でも傷は臓器まで達していませんでした。大事に至らないでよかったです」
「……ボルチモア先生?」
私は目を開けようとして、室内が想像以上に明るいことに気付く。薄目を開けると白衣姿のボルチモア医師の姿が見えた。
彼は私が着ているガウンの前を閉じ、掛け布をかけてくれている。
「ここは大聖堂に臨時で設けられた医務室です。もしもに備え、王宮で使っている物と同じ薬や薬草、軟膏や消毒液を用意していました。ルベール嬢の治療も完了です」
治療の言葉に思い出す。そういえば私、刺されたのだわ、と。
「ボルチモア先生、アルセール国の大使夫人が貧血で倒れました!」
「分かりました。そちらのベッドに運んでください。侍女の方が付いているなら、下着を緩めてあげてください。それが終わったら、診察しましょう」
ボルチモア先生がベッドの周囲にカーテンを引き、去って行く。
右手の曇りガラスからの陽射しがなくなり、一気に室内が暗くなったように感じる。
(あのナイフを手にしていた少女はどうなったのかしら)
少女は……泣きながら行動していた。
とても自らの意志で動いたとは思えない。
(話をしたい。あの少女と。何があったのか、聞きたい……)
「失礼します! 王都警備隊中央部隊、隊長のアルラークと申します。ルベール嬢の処置が完了したと聞いています。少々お話を聞きたいのですが、可能でしょうか?」
「ああ、警備隊の方ですか。ご苦労様です。ちょっと待ってくださいね」
そこでベッドを取り囲むカーテンがシャッと開き、ボルチモア先生が顔を覗かせる。
「ルベール嬢。痛みを緩和させるための薬を、縫合前に少し吸引されています。頭もぼーっとしていることでしょう。もしこのまま休みたいようでしたら、警備隊の方にはまた後で尋ねるようお願いしますが」
「大丈夫です。私もいろいろと聞きたいことがあります。お通ししてください」
「分かりました」
ボルチモア先生は顔を引っ込め「傷は浅かったのですが、怪我人であることに変わりはありません。三十分程度で切り上げるようにしてください」「かしこまりました!」という会話が聞こえ、「失礼します!」の声が聞こえる。
「あ、はい。どうぞ」
私が返事をすると、カーテンがシャッと開き――。
王都警備隊中央部隊といえば、王都警備隊の中枢を担う部隊だった。管轄内に宮殿があれば、大聖堂もある。所属している隊員の人数もとても多い。そこの隊長となると、ベテランの隊員かと思ったが……。
キリッとした一重の瞳はアクアグリーン。髪色はチョコレート色で制帽を被り、濃紺の王都警備隊の隊服をビシッと着ている若い青年だった。
「王都警備隊中央部隊、隊長のアルラークです。この度のルベール嬢の勇姿、実は少し離れた場所で見ていました。すぐに部下を動かそうとしていたのですが……もし動かしていたら、大事になっていたでしょう。婚約式の開始は遅れ、もしかすると延期……となった可能性もあります。咄嗟のあなたの判断は素晴らしかったです」
そう言うとアルラーク隊長は、親しみを感じる笑顔になる。
いきなりの素敵な笑顔。しかも賛辞を贈られたのだ。
(耳が熱い。それに体も熱いわ!)
私は「そ、それはよかったですわね」と、なんだか間の抜けた返事をすることになる。
そんな私の様子を見たアルラーク隊長は……。
「よかったらお水を飲まれますか?」
「! そうですね。いただきたいです」
「分かりました」
アルラーク隊長は、ベッド脇のサイドテーブルに置かれたカラフェからグラスに水を注ぎ、そして私が上半身を起こすのを手伝ってくれる。
「お腹に力を入れると痛みを感じやすいです。仰向けで起き上がろうとせず、一旦横向きになり、腕の力を使ってください」
「! こうですか?」
「そうです。腕と肩の力で、体を支えるんです。バランスをとりたい場合は、膝を使いましょう。そうすればお腹の傷に影響が少ないです」
「なるほど……」
聞くとアルラーク隊長は、過去に腹部を負傷したことがあるという。そこで完治するまで自身がしたことをいくつか教えてくれた。それを水を飲みながら聞いた私は……。
「ありがとうございます。とても参考になりました!」
「お役に立ててよかったです」
アイスブレイクはこれで完了だ。ベッドのそばに置かれていた丸椅子に腰かけたアルラーク隊長は、早速私に尋ねる。
「離れた場所から見ていたのですが、あの少女の発言と、整合性をとる必要があります。刺されるに至った経緯、その状況をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。お話いたします」
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