彼女の献身
「殿下と伯爵を乗せたそれぞれの馬車が到着します。さあ、皆さん、お迎えの準備をなさって!」
リーヴィエル侍女長の言葉に、碧い色のドレスを着た侍女たちが、一斉に待機部屋を出る。そして大聖堂の正面入口へと向かう。
既に参列者の要人、国王陛下夫妻の入場は終わっている。
だがここから主役の二人が到着するのだ。
正面入口に続く階段、正面広場に護衛騎士、警備兵がずらりと並び、その物々しさと言ったら……。
「ルベール嬢」
「は、はいっ」
「しっかりなさい。侍女の動き一つで、コルネ伯爵の品格が問われるのよ。大勢の護衛騎士や警備兵の後ろに、沢山の王都民の姿が見えるでしょう? みんな、見ているわ。凛となさい。あなたはルベール侯爵家の令嬢でもあるのよ。武人で知られた歴代ルベール侯爵の血を引くあなたなら、大丈夫。絶対にね」
「テレンス嬢……!」
彼女の言葉は魔法だ。
緊張がゼロになったわけではないが、おどおどしている場合ではないと、気持ちが強くなれた。見るとテレンス嬢は、モンクレルテ嬢にも声がけをして、励ましている。
(テレンス嬢の足を引っ張るわけにはいかない。何より私は、コルネ伯爵の侍女よ。やる時はやるのよ、イヴ!)
そこでファンファーレ共に、一斉に歓声が起きる。
「わーっ」という声と共に、吹雪と花びらが舞う。
最初に止まった馬車から護衛騎士が降り、敷かれた赤絨毯に沿い、整列する。次に止まった馬車からはレグルス王太子殿下が降りてきた。
ホワイトシルバーの眩しい程のフロックコート姿の殿下に、王都民の歓声がさらに強まる。さらに人々は手にした国旗を振り、口笛や拍手も沸き上がった。
続いて止まった馬車からは――。
「わぁっ」「コルネ伯爵!」「お綺麗です!」
悲鳴にも近い歓声に迎えられたコルネ伯爵は、身頃からスカートの裾にかけ、白から碧色にグラデーションするドレスを着ているが、チュールに散りばめられた模造宝石が陽射しを受け、キラキラと輝いている。胸元やウエスト周りの繊細な刺繍やレースも動く度にニュアンスが出て、とても優雅だった。
ロングローブをつけた手に白と青、紫でまとめられたブーケを持ち、もう一方の手で集まった王都民ににこやかに手を振っている。
「さあ、動いて!」
テレンス嬢の言葉に、私とモンクレルテ嬢はドレスのスカートをつまみ、歩き出す。
コルネ伯爵を先導するように、マルグリット夫人が進む。その後ろを歩くコルネ伯爵の左後方に私、右後方にテレンス嬢、そして後ろにモンクレルテ嬢がつき、正面入口につながる階段を上り始める。
その時だった。
「ワン、ワン!」
なんと観衆の誰かが抱っこしていた犬が、こちらに目掛けて走り出す。
このようなハプニングはパレードでも、槍試合でも、よくあること。護衛騎士は持ち場から一切動かず、警備兵が犬を追いかける。
「おい、待て」
「ラッシー、戻って来い!」
飼い主の少年も追いかけようとするが、それは別の警備兵が止め、観衆はこのハプニングにドッと笑う。コルネ伯爵も「まあ、犬もお祝いしてくれているのね。嬉しいわ」と笑顔で応じる。
その時だった。
カシャン、カツンと「ううっ」と幼い少女の声が聞こえ、私は左の方向を見る。
花が入った籠を左腕に、右手にピンクのガーベラを握りしめた少女がこちらへ来ようとして、護衛騎士の持つ槍の柄により阻まれていた。
「コルネ伯爵様、お花を、お祝いのお花、受け取ってください」
犬を捕まえるための、警備兵の奮闘は続き、笑い声も起きている。なんとも平和的な雰囲気の中、一輪の花をコルネ伯爵にプレゼントしようとしている少女。
本来、王都民から差し出される物は受け取らないとなっている。だが少女が手にしているのは、ガーベラの花なのだ。
「……いいわよね? 一輪の花ぐらい。可哀そうだわ、あんなふうに制止されているのは」
コルネ伯爵の言葉に私は素早く目を走らせ、リーヴィエル侍女長を見る。
大聖堂の入口で待機しているリーヴィエル侍女長は、駆け回る犬ではなく、しっかりこちらを見ていた。そして私と目が合うと首をふる。
(つまり花を受け取るのはダメということ)
でも優しいコルネ伯爵は、それを伝えると悲しがるだろう。そこで私は提案する。
「コルネ伯爵。代わりに私が受け取ります」
「ええ、そうしてちょうだい」
その時、ドッと歓声が起きる。
ついに犬を警備兵が捕まえたようだ。
「私が代わりに受け取って、あとでコルネ伯爵に渡すわね」
私は少女に近づき、護衛騎士に頼み、槍をどけてもらう。少女は私の方へ数歩近づき「はい」とガーベラを差し出す。
「ありがとう」と受け取った時、「うわぁ」「あの犬、お漏らししている!」と再び歓声が起きた。
それから起きたことは、何だか現実味がない出来事だった。
今、この瞬間、世界は平和で幸せに満ちていると思っていた。しかし、この幼い少女の中では違っていたようだ。私にガーベラを渡すと、少女は空いた右手を花の入った籠につっこむ。そうしながら足を踏み出し、籠から取り出したのは……ナイフ。
(ダメ!)
私は少女を抱きしめた。
腹部に強烈な痛みを感じる。
(どうして? どうして、こんな幼い子どもが――)
私は激痛に耐え、震える少女をぎゅっと抱きしめたまま、テレンス嬢に合図を送る。察しのいい彼女はすぐに異変に気付いたが、和やかにコルネ伯爵に進むように促す。
コルネ伯爵がこちらを見た時、私は少女を抱きしめたまま、首だけ彼女の方に向け微笑む。
「コルネ伯爵に会いたいと駄々をこねているので、先に大聖堂に向かってください」――そんな想いを込めて、彼女を見た。
それは……ちゃんと伝わったようだ。
コルネ伯爵はいつもの優しい笑顔で頷き、階段を上り始める。それを見送り、私は少女を抱きかかえ、そのまま護衛騎士の方へ歩いていく。
激痛は強まり、全身から汗が噴き出している。
だが歯を食いしばって我慢していた。
(この晴れの日を、血で汚すようなことがあってはならない)
もうその一心で動き続ける。すでに事態に気づいている護衛騎士が動こうとするのを目で制止し、人目のつかない場所まで移動した。
「大丈夫ですか!」
護衛騎士に声をかけられた瞬間。
私は膝から崩れ落ち、意識を失った。
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