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令和元年7月6日(土)「模試」千草春菜

 今日は県の統一模試があり、日々木さんと一緒に来ている。

 夕方から雨が降り出した。

 雨の中を日野さんが会場まで付き添ってくれた。


「千草さんに迷惑掛けないようにね」


「子どもじゃないよ!」


 日野さんが日々木さんの頭をポンポンと叩く。

 無邪気に戯れている姿は愛らしい。

 ただ、日野さんは高校生、日々木さんは小学生にも見えるので外からは同級生に見えないかもしれない。


「近くにいるから。あとはよろしく」


 日野さんは私にそう言って軽く手を振り、去って行く。

 過保護にも見えるが、この時間だから親に送ってもらっている子は他にも見かける。

 模試の終了は夜の9時半なので、その時はもっと増えるだろう。

 塾に通っているから夜に出歩くことはよくあるとはいえ、心強い存在であることは間違いない。


「緊張してる?」


 日野さんの姿が見えなくなり、私は少し不安げな日々木さんに声を掛ける。

 今回の模試に誘われた時に教えてもらったが、日々木さんは緊張のあまり中学受験に失敗したそうだ。

 彼女が緊張するなんて想像できなかったが、誰しもそういうところはあるんだなと思った。


「少しね」


 ぎこちない笑みで日々木さんが答えてくれた。

 今日は場慣れすることが目的だと聞いている。

 私にとってもそういう目的が大きなウエイトを占めている。

 学校や塾と違う環境で自分の実力を試すいい機会だと感じている。


「行こうか」


 日々木さんを安心させようと笑顔でそう言った。

 私の笑顔で安心するかどうかは分からないが、少しでも効果があれば。

 私は憧れの日々木さんと一緒ということでかなりのパワーをもらっているのだし。


 教室に入り、決められた席につく。

 日々木さんとは少し離れている。

 日野さんから趣旨を説明された時に、教室内ではあまり近付かないように頼まれている。

 その意図は理解できるので、とても残念だけど様子をうかがうだけにしておく。


 私は日々木さん以外の生徒たちを眺めた。

 みんな優秀そうだ。

 夏休みの終わりの全県模試はもっといろんな子が参加するのだろうが、中2のこの時期の模試だと受験への意識が高い子に限られると思う。

 私も口の中が乾く感じだったが、「私のライバルは日野さん」と心の中で繰り返すと気後れが払拭されるような気がした。


 ……私のライバルは日野さん。


 何でも簡単にやってのける日野さんをライバル視するなんて、と自分自身でも思わないわけではない。

 確かに運動、コミュニケーション能力、リーダーシップなどいろいろな面で負けているのは事実だ。

 それは認める。

 リーダーシップなんて、私も少しはあると思っていたからこそ彼女の凄さに気付いた。

 しかし、勉強ではまだそれほどの差はないと思っている。


 期末テストの9科目の合計では私が上回った。

 日野さんが体調不良の上、主要5教科以外は手を抜いているらしいので、その結果だけで私が上だなんて思ってはいない。

 ゴールデンウィークに出回った彼女のノートを見ても、彼女の頭の良さはうかがえる。

 それでも頑張れば届く、勝てる距離だと私は思っている。

 本当は今回の模試に日野さんが参加してくれればその距離がよく分かったんだけど。

 8月末の全県模試には参加すると言っていたので私の本番はそこだ。


 最初の科目が終わった。

 手応えはあった。

 他の子たちの大半は黙々と次の試験に備えるという感じだ。

 一部、友だち同士で参加している子らが集まって小声で会話をしている。


 日々木さんはやはりその容姿から注目を集めている。

 それでも声を掛ける子はいなかった。

 しつこいナンパが来たら、女子トイレに逃げ込むように日野さんに言われていたが、杞憂に終わって欲しい。

 日々木さんの表情は少し硬いかなという程度だ。

 一度こちらをチラッと見て微笑んだ他は、集中しようと頑張っているように見えた。


 次の数学は解けない問題があった。

 そのせいで時間配分も狂った。

 学校ではこの難易度の問題は出ないだろう。

 塾だともう少し落ち着いて対応できたかなと思う。

 これも経験だと自分に言い聞かせる。

 受験本番ではなく模試でこういう経験を積めばいい。


 日々木さんを見ると、手を頬に当て落ち込んでいるように見えた。

 数学は伸びていると聞いていたが、今回の問題は難しかった。

 こういう時に気持ちを切り替えられるかどうかが試験で重要になってくる。

 一声掛けてあげたいところだけど、自分で乗り越えてこそ今回の模試に挑んだ意味があると思う。

 失敗して気付くことも多い。

 先回りして助けることだけが友情ということではないと私は気付いた。


 最後の科目が終わり、大きく息を吐く。

 模試とともに日々木さんを守るという大役を任せられて、それを成し遂げた安心感に包まれていた。

 だから、気付くのが遅れた。

 日々木さんが3人組の女子に声を掛けられていた。

 私は慌てて机の上のものを鞄に詰め込み席を立つ。


「迎えが来てくれるから大丈夫だよ。声を掛けてくれてありがとうね」


 近付くと、日々木さんが笑顔で3人に手を振っていた。

 どうやらテストの合間に一人きりだった日々木さんを心配して声を掛けてくれたようだ。

 3人組も手を振り返して教室を出て行く。


「テスト、どうだった?」


「疲れたよぉ……」


 日々木さんは机に突っ伏してしまった。


「緊張した?」


「うーん、模試だからかなあ。失敗したら取り返しがつかないっていうプレッシャーは感じなかった」


「教室の中も力試しって雰囲気だったしね。本番が近付くともっとピリピリするんだろうけど」


「お姉ちゃんは今年の春に高校受験したけど、直前は青い顔してたなあ……」


 少し顔を上げて会話をしていた日々木さんがようやく上体を起こした。

 鞄からスマホを取り出すと「可恋に連絡するね」と言った。


 会場の外はかなり強い雨が降っている。

 入り口付近に迎えの人が雨を避けて待っている。

 その中に日野さんがいた。


「お待たせ」と日々木さんが日野さんに寄って行く。


 日野さんは日々木さんの肩に手を置いて労うと、大きなあくびをした。

 もう一方の手に傘を持っていたので、口元を隠すために日々木さんの肩に自分の頭をつけた。


「可恋はおねむだよねー」


 日々木さんが子どもをあやすような口調でからかう。

 日野さんが顔を上げ、肩に置いていた手でコツンと日々木さんの頭を叩いた。


「ごめーん、いつもなら寝てる時間だもんね」


 私が驚いた顔をすると、「夜9時に寝るのよ。いまどきの中学生じゃないよね」と日々木さんが笑う。


「朝5時起きだからね。少しくらい寝るのが遅くなっても平気だから、気にしないで」と日野さんが説明する。


「お疲れ様、試験はどうだった?」と日野さんは続けて私に訊いた。


 私は急いで鞄から数学の問題を取り出し、日野さんに見せる。


「この問題だけど……」


 私が指し示した問題を一瞥しただけで日野さんは解き方を口にした。

 言われてみれば納得だ。


「普段なら解けたでしょ?」


 私は頷く。

 そう、普段なら解けたと思う。

 本番でその力が発揮できないのであれば意味がないわけだが。


「そろそろ行こうか」


 ほんの少し小降りになったところで日野さんが言った。


「試験で集中する方法ってあるの?」


 この雨の中だ。

 歩きながら会話するのは難しい。

 いま聞いておきたいと思った。


「そうだね、私の場合は空手の経験が活きてる。やり方は人それぞれだけど、必要性を自覚して意識して集中を高めようと心がけるようにすればできるようになると思うよ。自覚がないとできないことだから」


 こういうところで私が一方的に彼女をライバル視していることに気付く。

 彼女にとって私はライバルたりえない。

 だから、こうして気軽にいろいろと教えてくれる。

 いつか彼女にライバルだと思われたい。


 雨の中を黙々と歩く。

 肌寒い。

 今日は暖かい服装にしてきてよかった。

 分かれ道で別れようとしたら、「家まで送る」と言われた。


「眠いのでしょ? 悪いよ」


 雨音に消されないように大きな声でそう言うと、日野さんは首を横に振った。


「夜遅いから、気を付けた方がいい」


 結局、家の前まで送ってもらった。

 上がって何か温かい飲み物でもと言ったけど、「ありがとう、でも、いいよ」と断られた。

 帰宅して落ち着いて休んだ方がいいと私も分かっている。


「おやすみなさい」


「おやすみ。今日は協力ありがとう」


「おやすみ~よい夢を~」


 日野さんより眠そうな日々木さんに「おんぶしようか?」と声を掛けている。

 日々木さんは「平気」と答えていた。

 そんなふたりを見送って、私は家に入る。

 あくびが出た。

 思ったより疲れた。

 今日は早く寝よう。

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