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令和3年4月5日(月)「16歳」日野可恋

「今日は来てくれてありがとう」


 英語と日本語で私はキャシーと結さんに感謝の気持ちを伝えた。

 そして、華菜さんにも「今日はありがとうございました」と一礼する。


 私の16歳の誕生日は人生でもっとも賑やかなものとなった。

 家族以外から当日に祝ってもらったのは昨年のひぃなが初めてだ。

 今年はひぃなに加えて3人も増えた。

 まあキャシーひとりで10人分くらい騒がしかった訳だが。


 帰路に就く3人を玄関で見送る。

 キャシーは来訪時に挨拶代わりとして「Happy Birthday、カレン」と言ったあとは、食べている時以外ずっと格闘技関連の話をしていた。

 よくも飽きないものだと感心するが、ここしばらくは勉強を優先していたので溜まったものがあったのだろう。


 結さんは先日行われた大会の模様を写真や動画を使いながら詳しく教えてくれた。

 私がおめでとうと称えると、彼女は夏の大会も優勝を目指すと宣言した。

 慢心せず常に向上心を持ち続ける姿勢は素晴らしい。

 姉の舞さんに迫る日も近いのではないか。


 このゲストふたりが中心となったため、ひぃなと華菜さんの姉妹はあまり会話に加われなかった。

 申し訳ないと思ったが、華菜さんは「今日は料理を作りに来ただけだから」と裏方に徹してくれた。

 ひぃなは「わたしのことは気にしなくていいから」と余裕の笑みを浮かべて場の雰囲気を盛り上げていた。


 舞さんからのメッセージカードや、ひぃなが祖母と交渉して手に入れた私の小さい頃の写真をサプライズで公開し、宴は盛り上がりを見せた。

 それもこうしてお開きだ。


「気をつけてお帰りください」


「強いふたりに送ってもらえるからとっても安心だね」と華菜さんは笑顔を見せる。


「不審者よりもキャシーの方が危険ですけどね」と私は苦笑し、結さんに「言うことを聞かなかったら捨てて帰っていいからね」と助言した。


 ハイテンションなキャシーは酔っ払いよりもタチが悪い。

 もちろんアルコールなんて一滴も摂っていないのに。

 どこかで野良の格闘家を見掛けたら勝負を挑みかねない。

 結さんや華菜さんでは止められないだろう。

 キャシーの保護者に車で迎えに来てもらうことも考えたが、彼女の『大丈夫だ』の言葉に負けてしまった。


『くれぐれもトラブルを起こさないように』と最後まで釘を刺して3人を送り出す。


 3人が玄関を出てキャシーの声が聞こえなくなってから、私はふーっと息を吐いた。

 ひぃなが「お疲れ様。ごめんね、可恋が主役なのに気を使わせて」と労ってくれる。


 私はニコリと微笑んで、ひぃなの頭に手を置いた。

 それだけで彼女は私の気持ちを理解してくれる。

 安らぎが心に満ちるのを感じた。


 私が玄関に立ったままなので、ひぃなは上目遣いにこちらを見た。

 明日は高校の入学式だ。

 支度は済ませているが、いつも通りの就寝時間を守るためにはすぐにお風呂に入らなくてはならない。


「今日は一緒に入ろうか」


 私がそう言うと、ひぃなは瞳を輝かせて「うん」と頷いた。

 彼女の頭の上から手を離し、その手で彼女をエスコートしながら廊下を歩き始める。

 ひぃなのウキウキした気分が伝わってくる。


 リビングダイニングはすでに片付けが済んでいる。

 華菜さんが手際よく動いていたし、ひぃなもそれを手伝っていた。

 先ほどまでの賑やかさが嘘のようだ。

 広々とした洋室には祭りのあとのような空虚さがあった。


 1年前までなら来客が帰ったあとのこの気分をひとりで味わっていた。

 寂しくなんてないと必死に思い込もうとしていた。

 いまは隣りにひぃながいる。

 彼女がいることで孤独の辛さが際立つようになった。

 だから、以前に比べて私は弱くなったかもしれない。

 だが、それでも……。


 準備を調え、一緒に浴室に入る。

 たまにひぃなからお願いされて一緒に入ることはあるが、私から言い出すことはなかった。

 私は烏の行水なので、長風呂のひぃなとはペースが合わない。


「16歳ってもう結婚できるんだね」と湯船につかっているひぃなが口にした。


「来年4月に民法が改正されて男女18歳に統一されるけどね」


「わたしの誕生日が3月28日だから、それから改正までの間だったら……」


「同性婚がそれまでに認められるといいね」と私は笑った。


 私にとって制度なんてどうでもよかった。

 ひぃなとの共同生活が続くのなら。


 ひぃながのんびり温まっている間に、私は髪と身体を洗い終える。

 長い髪を頭の上でまとめているひぃなは名残惜しそうな顔で「替わるね」と言った。


「背中、流すよ」


 湯船は私が足を伸ばしてちょうど良いサイズだがふたりで入るにはちょっと狭い。

 一方、洗い場はそこそこ広めに作られている。

 ひぃなは頷くと私の前に背中を向けて座った。

 その背中はとても小さく、肩幅も狭い。

 幼子のような脆さや儚さを感じてしまう。

 透き通るほど白い肌は上気して赤く染まっている。

 少しでも力を込めれば傷つきそうなきめ細かい肌だ。


 力加減に注意しながらボディソープをつけたタオルを肌に滑らせる。

 ひぃながくすぐったそうに身をくねらせた。


「平気?」と声を掛けると「平気」と我慢していることが丸わかりの声が届く。


 初めて彼女の裸体を見た時は骨と皮ばかりで心配になった。

 いまは当時よりはマシだ。

 腰のラインは幼児体型から幾分か女性っぽさがうかがえるようになっている。

 脇に私の手が触れると大きく身をよじり声が漏れた。


「前も洗おうか?」と耳元で囁くと、一瞬答えに詰まったひぃなが「だ、大丈夫」と恥じらいを含んだ言葉を返してきた。


 そして、振り返ると「わたしも可恋を洗ってあげる」と言い出した。

 私が「もう洗ったよ」と言っても、「明日は大事な日なんだから」と首を横に振る。


「じゃあ」と私はタオルを渡すと、背中を向けた。


 ひぃなの気配は背中に感じるが、一向に彼女は動かない。

 どうしたのかと思って振り返ろうとすると、「待って」と彼女は呼吸を整えた。

 ようやく背中にタオルが当たる感触があった。

 力加減は物足りないが、丁寧に私の背中をこすっている。


「やっぱり大きいね」


「女の子らしくないでしょ」と自嘲すると、「そんなことないよ」とひぃなは指で私の背中をなぞった。


「わたし、この背中を守れるかな?」


「精神的にはもう守ってくれているよ。背中じゃなくて私の心を、だけど」


「明日から高校生活が始まるじゃない。戦いになるかもしれないのに、わたし、守られてばかりじゃ……」


「大丈夫。私を信じて」


 ひぃなが私の背中にピタリと自分の身体を寄せているのを感じる。

 その柔らかな肌触りは捨てがたいが、「ほら、風邪を引くよ」と私は注意を促した。


 身体が離れる。

 振り向くと、彼女の目が赤くなっていた。


 私は湯船に入り、「おいで」と優しく呼び掛ける。

 私の両脚の間に背中を向けてひぃなが入って来た。

 お湯が零れる。

 それに構わず、私はひぃなの背中を抱き締めた。

 彼女の右肩の上に私の頭を添える。

 心臓の鼓動がひとつに溶け合うような気がした。


「ひぃながいる限り、私は何ものにも負けはしないよ」




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・高校1年生。今日が16歳の誕生日。明日が臨玲高校の入学式。生まれつき免疫系の障害を持ち、幼少期は入退院を繰り返した。二十歳まで生きられないと医師に言われたこともある。


日々木陽稲・・・高校1年生。先日15歳の誕生日を迎えた。祖父の願いを聞き入れ臨玲高校に進学する。ロシア系の血を引き日本人離れした容姿を持つが、身長が伸びないことが悩みの種。


キャシー・フランクリン・・・G8。15歳。インターナショナルスクールに通う。1年留年した。来日してから空手・組み手の選手として急成長している。可恋を忍者の師匠と慕う。


神瀬こうのせ結・・・中学3年生。空手・形の選手。同じ種目の可恋に憧れている。姉は東京オリンピック代表内定の金メダル候補。


日々木華菜・・・高校3年生。陽稲の姉。料理の腕は玄人はだしで、将来はそちらの道を進むことを目指している。

中学生編はこれが最終話となります。


明日から高校生編のスタートです。


なお、中学生番外編を不定期に投稿する予定です。そちらもお楽しみくださいませ。

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