令和3年4月2日(金)「桜が散る頃」川端さくら
「さっちゃんは良いよね。心花が一緒だし、ほかにもうちの中学から行く生徒が多いから……」
LINEで呼び出して来たかと思えば、会っていきなり愚痴を聞かされた。
だいぶ葉っぱが目立つようになってきた公園の桜の下で、怜南はデートの帰りかと思うほど可愛らしい服装をしている。
春らしいライトグリーンのカーディガンに女の子感の強いフリルがついたブラウス。
ふんわりとしたチュールスカートが良く似合っている。
普段着感しかないわたしは隣りに立つことが恥ずかしくなるほどだ。
「怜南はみんなが羨むような高校に行くんだし……」
怜南の進学先は県下でトップクラスの進学校だ。
前生徒会長が合格を決めて話題になったトップ高には及ばないが、それでも校名を言えば「おお!」と言ってもらえるようなところである。
彼女はコツコツ努力を積み重ねて合格を決めた。
その直後は鬱陶しいと思うほど自慢げな顔をしていたのに、心花たちと卒業旅行としてTDLに行った辺りから愚痴が増えてきた。
「さっちゃんと違って私は繊細なのよ」
「心臓にタングステンの毛が生えてると思ってた」
「何よ、タングステンって!」
「いや、ふと頭に浮かんだだけ……」とわたしは弁明したが、怜南は自分の心臓に毛が生えていることは否定しなかった。
「怜南はコミュ力高いから余裕でしょ」
可愛いし、自分の見せ方をよく知っている。
男子はイチコロだし、小学生時代は女子さえ手玉に取っていた。
彼女のせいでクラスの人間関係がズタズタに引き裂かれた恨みはいまも消えていない。
「それでも不安はあるのよ。初対面の印象は大切だし、ちょっとしたミスで悪いイメージを持たれることだってあるし……」
「つまり、素を出さなければ大丈夫ってことだね」
「言うようになったわね」と怜南が睨むが、わたしは平然と受け流して「うっかりそんな顔をしないように」と忠告した。
怜南はムッとした顔になる。
いつからだろう。
彼女がわたしの前でこんな風に素をさらけ出すようになったのは。
いつもわたしを見下すような態度だった。
その姿勢はさほど変わっていないが、そんな怜南の言動が次第にあまり気にならなくなった。
「わたしは仮面をかぶったままの怜南より、いまの表情豊かな怜南の方が好きだな」
怜南は一瞬目を大きく見開いたが、すぐに悪戯っぽい目つきになって「あら、告白かしら?」とからかってきた。
ここで「愛している」ってノリで言えば怜南がどんな顔をするかなと思ったものの、さすがにそんなセリフは恥ずかしすぎる。
代わりに「彼氏のいる相手に手は出さないよ」と少し芝居がかった感じで言ってみた。
怜南は突然自分の顔をわたしに近づける。
互いにマスクを着けているが、鼻と鼻が触れ合うほどの近さだ。
その細やかな肌や長い睫毛がわたしの目に飛び込んでくる。
多少のことでは動じなくなったと安心していたが、これには心がかき乱された。
わたしが仰け反るように後ろに下がると、怜南は満足そうに微笑んだ。
心花の我がままは分かりやすい。
はっきり言葉にして伝えるタイプの我がままだ。
それに比べ怜南は姑息な手を使って自分の我がままをやり遂げてしまう。
ここでわたしが不快感を表に出せば、怜南はますます調子になるだろう。
「こういうことは彼氏にすれば」
「……別れたの」
怜南はサラッとそう言った。
それが本当かどうか、わたしには見抜く術がない。
騙すつもりならもっと演技をするんじゃないかとも思うが、彼女の目を見ても何も読み取ることはできなかった。
「本当に?」
「別に信じてくれなくてもいいのよ。自分よりランクの高いところに進学するのが気に食わないって言い出すような男なんてこっちから願い下げだし」
怜南の言葉の響きに真実味を感じて、わたしは信じることにした。
彼女がフリーかどうかなんて、わたしには関係ないことなんだし。
「高校で彼氏を作ればいいじゃない。レベルの高い人がいっぱいいるでしょ?」
かなり適当な発言だったが、怜南は気にした素振りもなく目元をほころばせた。
そして、「私に彼氏がいないのだから、さっちゃんは手を出してくれるんでしょ」とすり寄ってきた。
そういえば、さっきそんなことを言ったっけと思っても後の祭りだ。
「あれは冗談だし、だ、第一怜南にはもっと格好いい釣り合いの取れた相手がすぐに現れるはずだし……」
「冗談なんだ。私をもてあそんだのね」と俯くが、これはウソ泣きだとすぐに気づく。
「怜南は可愛いからよりどりみどりじゃない」とわたしは元気づけるように明るく言った。
「……なのよ」
怜南の声が小さく聞き取れない。
わたしは「ん?」と聞き返す。
「結構本気だったのよ……」と怜南が呟いた。
歯を食いしばっているような苦しげな声だった。
わたしは何も言えずに立ち尽くす。
怜南は顔を上げずに肩をふるわせていた。
風に乗って桜の花びらが彼女の髪に舞い落ちる。
それを見て、わたしは美しいと感じた。
「……好きになって、本当の自分を見せようとすると、みんな去って行く。上辺だけね、私の良いところは」
雲が陽差しを遮った。
そろそろお昼時だからか公園から人影が消えている。
わたしはひとつ息を吐くと、目の前の艶のある黒髪に向かって語り掛けた。
「追い討ちをかけるつもりじゃないけど、これだけは知っておいて欲しい。わたしは、いまの怜南のことは好き。だけど、昔の怜南がやったことはいまも許せないの」
怜南が顔を上げる。
思っていた以上に本気で泣いていたようだ。
その目は真っ赤に染まっていた。
マスクがなければ彼女の唇の動きで何か伝わったかもしれない。
わたしは一度ギュッと目をつぶると、何も言わない彼女に背中を向けた。
言葉は出なかった。
きっと、もう二度と彼女と話すことはない。
わたしは歩き始める。
最初はゆっくりと。
少しずつその速度が上がり、公園を出る頃には早足になっていた。
振り返りはしない。
わたしは目から零れるものに構わず、霞む視界の中を駆けていく。
心の中で彼女の名前を叫びながら。
††††† 登場人物紹介 †††††
川端さくら・・・4月から高校1年生となる。公立高校への進学が決まっている。怜南とは小学生低学年から友だちだったが、中学に入る頃には疎遠になっていた。
高月怜南・・・他人が困っているところを見るのが好きという歪んだ性格の持ち主だが、普段は人当たりが良い。将来のことを考えて努力を惜しまない一方、能力ややる気のない相手を見下す傾向がある。
津野心花・・・甘やかされて育ち、天然なところも目立つさくらの友人。さくらと同じ高校に進学する。




