令和3年3月28日(日)「15歳の決意」日々木陽稲
記憶する中で初めて、自宅で誕生日を迎えた。
物心がついた時から誕生日は北関東の”じぃじ”の家で過ごすものだった。
その約束が守られなかったのが昨年の誕生日だ。
新型コロナウイルスという思いも寄らない災害によって、昨年は可恋のマンションで14歳の誕生日を迎え、1日を過ごした。
あれから1年。
いまだに感染症は治まっておらず、”じぃじ”の家に家族全員で行くことは断念した。
一昨日お母さんが無事に退院したこともあって、わたしは自宅に戻っている。
「お祖父ちゃんが到着したようだ。お母さんを呼んできてくれるかい?」
わたしはお父さんからそう声を掛けられ、「はい」と返事をした。
今日はわたしの誕生日のお祝いと同時にお母さんの退院祝いも行うことになっている。
病院とは環境が変わったこともありお母さんの体調はすぐれていないが、”じぃじ”への挨拶はすると話していた。
寝室のドアをノックしてからゆっくりと開ける。
お母さんはすでに着替えを済ませメイクをしているところだった。
「具合、どう?」と声を掛けると、お母さんは手を止めてこちらを見た。
「しばらくサボっていたら感覚が分からなくなるわね。陽稲、見てくれる?」と化粧のことで相談を受けた。
わたしは「”じぃじ”着いたって」と言いながら近寄り、お母さんの顔をしげしげと見た。
入院中は化粧っ気がなかったせいで老けて見えていたが、こうしてしっかりメイクすると以前のような若々しさを感じられた。
ただ、髪は白髪が交じり手入れが行き届いていないことがどうしても目立ってしまう。
わたしはタンスからスカーフを取り出すとそれをお母さんの頭にかぶせた。
短い時間だけなのでこれで良いだろう。
「助かるわ。ありがとう」
「ごめんね、ゆっくり休ませてあげられなくて」
「仕方ないわよ。お義父さんにとっても今日は大切な日なのだから。老い先短いなんて泣き落としをしていたけど、あと50年は生きられそうな顔をしていたわ」とお母さんは笑った。
今日こちらに来るために”じぃじ”はまだ入院中だったお母さんとビデオ電話で交渉したらしい。
お母さんと”じぃじ”は嫁と舅という関係であり、わたしのことを巡って対立することが多かった。
仲が悪いように見えるが、お父さんによると”じぃじ”はお母さんを高く買っているそうだ。
だからといって一歩も譲らないのが”じぃじ”らしい。
わたしがお母さんの車椅子を押して居間に戻ると、玄関のチャイムが鳴った。
お父さんとお姉ちゃんはキッチンで最後の仕上げに取りかかっている。
時計を見なくても約束の時刻よりかなり早い到着だと分かる。
わたしはお母さんを居間に残して玄関に向かった。
玄関のドアを開けると、”じぃじ”と可恋が並んで立っていた。
わたしは笑顔を浮かべて「遠いところを来てくれてありがとう!」と喜んでみせる。
強面の”じぃじ”の顔がほころび、「ますます可愛くなったなあ」と褒めてくれる。
「間違いなく世界一じゃな」と”じぃじ”が可恋の方を向くと「当然です」と真顔で返答があった。
ほかの人に言われても何とも思わないのに可恋に言われるとドギマギしてしまう。
笑顔で動揺を隠してふたりを迎え入れるが、可恋には絶対に気づかれただろう。
「快く受け入れてくれて感謝している」なんてお母さんに挨拶する”じぃじ”に続いて、可恋も「退院おめでとうございます。これは私と母からです」とお母さんに退院祝いの包みを渡す。
「可恋ちゃんには本当に感謝しているのよ。今日は楽しんでいってね」と元気そうなお母さんだったが、10分程度で寝室に戻った。
「焦らないことが大切ですからね」と可恋が理解を示し、”じぃじ”も「婆さんも入院してからは無理が利かなくなったと零しておる。今日も迷惑を掛けるなと出掛けに言われたわ」と頷いた。
ここからはわたしの誕生日と臨玲高校入学のお祝いだ。
臨玲入学は”じぃじ”のたっての願いだっただけに、その喜びようはひとしおだった。
「ヒナが臨玲に入ってくれて、もうワシはいつ死んでも構わんと思った。そこでだ。ワシはヒナのためにプレゼントを贈ることを決めた」
わたしは初めて聞いたような顔で両手を胸の前に合わせて”じぃじ”を見上げる。
自慢顔の”じぃじ”は鞄からパネルを取り出して「これだ!」とわたしに見せた。
それは一棟の建物の写真であり、わたしはすでに何度か目にしたものだ。
「時間がなくて見てくれは悪いが、内装には金を掛けたからな。この建物を臨玲に寄付し、陽稲記念館として永遠に遺してもらうつもりだ」
わたしは驚きに目を見張る。
一世一代の大芝居だ。
「内装はこんな感じで……」としれっとした顔で可恋が手元のスマートフォンをわたしやお父さん、お姉ちゃんに見せて回る。
そこには非常にセンスの良いカフェの内装が映っていた。
お姉ちゃんは純粋に凄いと声を上げているが、お父さんはアルバイトの話をしていたのでピンと来たようだ。
しかし、そこには触れずに「良いんですか、お父さん」と自分の父親に向かって非難めいた表情をした。
「あくまで臨玲に対する寄付じゃしな」
わたしと可恋は”じぃじ”から自分の母親が臨玲に通っていたことを聞いた。
だが、この話を”じぃじ”は息子たちにはしていない。
母親の過去はあまり触れられたくない出来事のようだった。
だから、これまで”じぃじ”は臨玲と繋がりを持たなかった。
わたしが入学してようやくおおっぴらに寄付などができるようになったのだ。
その事情を知らないと、ただの「孫バカ」に思われてしまうだろう。
「しかし……」と珍しくお父さんが反論した。
お母さんがいたら真っ先に異議を唱えたはずだ。
それが分かっているから、いまはお父さんが代わりに”じぃじ”に意見をしているのだろう。
お姉ちゃんはハラハラした顔でふたりのやり取りを見ている。
わたしもどうしたらいいかと思いながら眺めていた。
そんなわたしの耳元で「覚悟はできた?」と可恋が囁いた。
わたしは可恋を見上げる。
世界の理をすべて知っていそうな黒い瞳がわたしを見つめていた。
飲み込まれないように気持ちを強く持つ。
一昨日わたしは可恋から高校在学中に起業して年商1億を目指すようにと言われた。
あまりに突然のことで「考えさせて」と答えるので精一杯だった。
返答の期限は今日だ。
わたしは真っ先にお父さんに相談した。
自分ひとりの手に余る問題だと思ったからだ。
お父さんは意外な顔で「むしろ陽稲が先にプロになるって言い出すと思っていたよ」と言った。
わたしが驚くと、「ファッションデザイナーになる道はいくつもあると思う。しかし陽稲はファッションのことになると自分の考えを貫こうとするから、会社に入ってのちに独立するという形は難しいんじゃないかな」と語った。
「あー、確かに。でも、いきなり会社を興すなんて」
「様々な責任が伴うようになるから尻込みする気持ちは分かるよ。ただ陽稲にとって、いつ一歩を踏み出すかという問題だったんじゃないかな。高校生のうちか、卒業してからか、それとももっと大人になってからか」
お父さんにそう言われて、改めてファッションデザイナーになる夢について考えてみた。
ファッションデザイナーになりたいと思ったのは幼い頃のことだ。
それ以来、夢を公言し勉強を積み重ねてきた。
少しは自信がついた。
成功するかどうかはともかく、必ずプロになるという決意はできたと思う。
問題はどうやってプロになるかだ。
なんとなく可恋がお膳立てをしてくれると思っていたのかもしれない。
「可恋は忙しいから助けてくれないって……」
「本当に困った時、助けてくれないと思うかい?」
わたしは首を横に振る。
自信を持って。
「可恋ちゃんだけでなく、お父さんやお母さんだって必要なら喜んで手を貸すよ。だけど、最初から頼るのではなく自分でやろうとする意志を示すことは重要だからね」
当然のことだ。
わたしは可恋の横に並び立ちたいのだ。
彼女におんぶに抱っこしてもらうのではなく。
それこそがパートナーと言える。
ずっとそう思っていたのに、大事な場面で勇気を欠いてしまった。
わたしは可恋の眼を見つめ、決然と頷く。
可恋は微笑むと視線をお父さんたちの方へ向けた。
「ご静粛に。これからひぃなが15歳の決意を表明します」
なに、この無茶振り。
口論が止み、注目が集まった。
わたしはおずおずと口を開く。
「わたし、日々木陽稲は高校在学中にファッションデザイナーとして起業します」
お父さんが暖かい笑みをこちらに向けた。
お姉ちゃんはまたも驚きの顔になっている。
一方、”じぃじ”は「さすがワシの孫じゃ」と頷いた。
可恋は先を促すように軽く小突く。
わたしはゴニョゴニョと誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
可恋は「言いにくいのなら目標を10倍にしようか?」と意地悪そうな顔で囁く。
わたしは叫ぶように宣言した。
年商1億を目指す、と。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・今日15歳を迎えた。ロシア系の血を引き、それが容姿に強く表れている。白い肌、赤みを帯びた髪、天使のような小顔の持ち主。父方の祖父”じぃじ”は自分と同じようにロシア系の外見が顕著だった陽稲を溺愛した。娘として引き取りたいという申し出は陽稲の両親に拒絶されたが、将来臨玲高校に進学するという約束を取り付け、その費用とそれまでの衣装代をすべて負担するという取り決めを了承させた。
日野可恋・・・4月5日に16歳の誕生日を迎える。NPO法人の代表を務める一方、父親からの養育費を元手に投資を行い財をなす才覚の持ち主。




