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令和3年3月15日(月)「爆弾発言」晴海若葉

 金曜日はミーティングだけだったので、今日は久しぶりとなるダンス部の練習だ。

 先週の木曜日に開催された卒業式でダンス部は演技を披露した。

 あたしたちが卒業生たちを送り出したのだ。

 そこに参加した部員の顔が輝いているのは決して春の陽差しのせいだけではないだろう。


「次は部員全員であんなダンスができたらいいな」


 練習の合間に奏颯そよぎが次の機会に向けた野望を口にする。

 彼女は人数の多い1年生部員のリーダーだ。

 あたしが心の底から「そうだね!」と同意していると、可馨クゥシンが「ソレハ難シイ問題ダナ」と顔を曇らせた。


「そのために必要なのは全体の底上げなのに、モチベーションが上がっているのは卒業式に参加した子だけって感じだよね」


 可馨の発言を受け、しかめっ面でコンちゃんが問題点を指摘した。

 今回のダンスは参加人数が絞られていた。

 2年生が優先されたこともあって1年生でダンスに参加したのはわずか5人だけだ。

 あたしがそこに入れたのはかなり幸運に恵まれた結果だと思う。

 当日にマネージャーの手が回らないようならそちらを手伝ってもらうと奏颯から言われていた。

 奏颯と仲が良いあたしならそうなったとしても禍根は残らない。

 それが、同じくらいの実力が居並ぶ中であたしが選ばれた理由だろう。


「動画用の練習は進んでるんでしょ?」と奏颯が尋ねると、「topハ課題ヲclearシテイルガ、middle以下ハ時間ガ掛カリソウダ」と可馨は肩をすくめた。


 人前で踊る機会が限られている状況なので、個別のダンスを撮影して1本の動画に編集するという企画が昨年の秋から進められている。

 当初はフルコーラスを全員踊る予定だったが、無理ということでBチーム以下のメンバーはどんどん踊る部分が短くなっていったと聞いた。

 それでも可馨はクオリティに満足していないようだ。


「成功体験があれば、やる気も出ると思うんだけどね」


 コンちゃんの言葉にみんなが頷く。

 1年生がダンス部の活動として本格的にイベントに参加したのはクリスマスイヴの時くらいだ。

 部活解禁が7月にずれ込み、夏休みが短縮された影響は大きかった。

 運動会ではクラス主体のダンスだったし、文化祭のファッションショーは2年生だけが踊った。

 2学期の終業式の日にやっと訪れたお披露目のパフォーマンスは散々なものとなり、気落ちしたまま年末年始を迎えてしまった。


 次の目標とされた卒業式は緊急事態宣言延長の余波を受けて1年生の参加人数が削られた。

 ダンスを直接見ることも叶わず、金曜日にマネージャーが撮影した動画をミーティングで流しただけだ。

 自分が出ていないイベントを見せられても気持ちは盛り上がらない。


「ヤル気ハ他人ニ与エテモラウモノデハ無ク、自分デ見イ出スモノダ」


「それが正論じゃあるんだけどな」と奏颯が可馨の言葉を肯定する。


 しかし、ふたりともそれで良しとは思っていない。

 どうにかして部員のやる気を引き出したいと頭を悩ませている。

 その沈黙を破ったのはそれまで黙っていたさつきだった。


「ずっと考えてたんやけど、ダンス部を辞めようと思ってるねん」


 驚いて思考が停止する中、可馨だけが「さつき!」と反応した。

 だが、その後に出て来た言葉は英語のようで、何を言っているのかあたしには理解できない。

 早口で、さつきを責めているようにも懇願しているようにも聞こえた。


「可馨に誘われて入ったんやけど、ダンスは楽しいし、みんなとも仲良うなってとても居心地は良いんよ。でも、ここはうちが輝ける場所やないと思うねん」


 奏颯を中心にいつも集まるメンバーの中で彼女だけが卒業式に参加していない。

 いま自分の仕事をこなしているマネージャーのみっちゃんや美衣は裏方として当日も精力的に働いていた。

 奏颯、可馨、コンちゃん、あたしの4人は舞台に立つことができた。

 あたしたちは卒業式でのダンスに気を取られ、周りが見えていなかったのかもしれない。


「さつきは練習を頑張っているんだし、いつかもっと上手くなるよ」と奏颯はフォローするが、さつきは寂しそうに首を横に振った。


「人間、向き不向きがあるやろ」


 笑みを浮かべているのに泣いているように見える。

 あたしは思わず「マネージャーとして残るのは?」と尋ねたが、彼女は何も答えなかった。

 コンちゃんが「本気?」と聞くと、さつきは黙って頷いた。


「……私ハ、ドウスレバ良イ?」


 こんなに打ちひしがれている可馨を見るのは初めてだ。

 どんなに追い詰められていても顔を上げようとする彼女がいまは小さな子どものように涙を浮かべている。


「もしうちが……可馨にダンス部を辞めて言うたら辞めるん?」


 さつきの言葉を聞いた可馨は顔を歪めた。

 彼女はさつきと同じ学校に通いたいという理由でインターナショナルスクールからこの公立中学校に進学したのだ。


「……ごめん、試すようなこと言うて」と先に口を開いたのはさつきだった。


「可馨ひとりで大丈夫かな思うてたけど、もう心配せんでもええよね」


「……さつき」


「別に友だち辞める訳やないんやし、泣かんといて」


 そう言うさつきの声も涙声になっている。

 あたしも悲しくなって目が潤んできたのが分かる。

 彼女は誰とでも分け隔てなく接してくれた。

 奏颯のおまけ扱いされることの多いあたしに対してもひとりの友だちとして見てくれた。

 そんなさつきがダンス部を辞める。

 その衝撃がじわじわとあたしの胸の中に広がっていった。


 さつきは泣きじゃくる可馨を抱き締めて宥めている。

 気がつけば周りは練習を再開していた。

 異様な空気に包まれたこの一角だけが時間の流れから取り残されたようだ。

 当然みんな気がついているはずだが、誰も何も言ってこない。


「考え直す気はないの?」と未練がましい奏颯とは異なり、コンちゃんはサバサバした表情で「ダンス部を辞めて何をするか決まっているの?」と今後のことを話し始めた。


「うーん、ないこともないんやけど……」


「聞いてもいい?」


「ほたるちゃんが美術部主導でファッションショーをしようと計画しているやん。そこに宣戦布告しようかなって」


 さつきの口から物騒な言葉が飛び出した。

 あたしたちの間では仲裁に回ることが多い彼女が宣戦布告って……。


「服集めが大変や言うけど、それでもうちはモデルを使ってファッションショーをしたい思うねん」


 美術部がやろうとしているのはモデルや服を絵に描いてファッションショーのように見せるというものだ。

 過去2回行われたファッションショーではたくさんの服を持ったお金持ちが協力してくれて成立したらしい。

 その人が卒業し、苦肉の策として絵によるファッションショーを企画したそうだ。


「ファッションショーならダンス部も協力するから辞めなくても」と奏颯が言うと、「ダンス部を続けながらはキツいと思うし、うちが主役になるにはダンス部におったら無理やん」とさつきは答えた。


「目標があるんならこれ以上引き留める訳にはいかないか」とようやく奏颯もさつきの意志を尊重する気になったようだ。


 さつきの言葉がどこまで本気なのかはあたしには分からない。

 部を辞める口実なのか、何が何でも自分の手でファッションショーを開催したいのかは。

 ただ、辞めるという決意は本物だ。


 可馨はまださつきの肩に顔を伏せ泣き続けている。

 弱々しい姿をさらけ出した可馨にさつきは優しい声で語り掛けた。


「大丈夫や。別の学校でもこれだけ仲良うなれたんや。部活が違うてもたいしたことあらへん。お互い成長するためにほんの少し距離を広げるだけやん」




††††† 登場人物紹介 †††††


晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。ダンスに興味を持つきっかけを作ってくれた須賀先輩の卒業式で踊ることができて喜んでいる。最近実力をつけて来たと評価される一方、奏颯に贔屓されていると陰口を叩かれることもある。


恵藤奏颯(そよぎ)・・・中学1年生。ダンス部。1年生部員のリーダーで次期部長として有力視されている。ダンスの実力は可馨に次ぎ、部内での人気はトップを誇る。


可馨(クゥシン)・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。ダンスの経験はなかったが太極拳を子どもの頃から習っていて、そこで身につけた身体の使い方が役に立った。来日してすぐ家の近くでたまたま知り合ったさつきと仲良くなり、同じ学校に行くことを望んだ。


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。若葉と名前がかぶっていたため部内ではコンちゃんと呼ばれている。参謀型と自覚していて、奏颯や可馨の議論を活発化させる発言が多い。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。関西出身。言葉が通じない可馨と仲良くなるなどコミュニケーション能力は幼い頃から高かった。運動はやや苦手で、ダンスは練習の成果がなかなか結果に繋がっていない。普段は彼女の周りに人が集まるが、ダンス部では可馨の周りに人が集まり、そのことに思うところがあったようだ。

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