令和3年2月24日(水)「送別」
店を一歩出ると身を切るような冷たい風に曝された。
夕闇の中で、この隠れ家のような居酒屋だけが皓々と灯りを照らしている。
保育所に急がなければならないのに、足を踏み出すことを一瞬躊躇ってしまう。
この1年間を通して溜まった澱のようなものが私の足を重くしていた。
愛娘の顔を思い浮かべることですべてを振り切って歩き始める。
それでも今日の送別会に参加しなかったひとりの同僚教師の顔は頭の中から拭い切れなかった。
彼女は昨年4月に私と同じタイミングでこの学校に採用された。
私より少し歳上だったが、同年代でもあり親しみやすいキャラクターだったので彼女とすぐに意気投合した。
私立高校は転任などがないので、長いつき合いになると思っていた。
私はシングルマザーだ。
一人娘を誰にも頼ることなく私独りで育てている。
そんな私にとってこの臨玲高校の教師の職は魅力的だった。
条件が良く、待遇も素晴らしい。
雑務は少なく、授業に集中できる環境だ。
娘が急病だった時にもすぐに休むことを許してくれた。
しかし、どんな職場にも闇の部分はあるものだ。
学校の教職員という狭い世界では尚更に。
この学校は派閥争いが終結したばかりだったが、敗れた側の教師を排除して終わりとはいかなかった。
多くの教師が辞めていったが、発言力のある教師はまだ何人も残っている。
理事長と学園長の対立だったそうだが、教師間の派閥はすんなりそのふたつに収まるものではなかったらしい。
例えば今日の送別会の幹事を務めた野口さん。
私より1世代上の彼女は世話好きで面倒見が良く、中立派の教師の中心人物だった。
シングルマザーの私にも何かと協力してくれた。
そのことは大変感謝している。
一方で、彼女に睨まれると職員室で孤立するという厄介な存在でもあった。
私と仲良くなった同期は煩わしい教師間のつき合いを嫌っていた。
その態度が野口さんの癇に障り、職員室で徐々に孤立していくことになる。
私も人目のあるところでは彼女と話すことができなくなった。
結局、彼女はわずか1年でこの学校をあとにする。
私立高校には野口さんのように何十年もその学校に居座っているような存在がいる。
理事長は改革を望んでいるが、そういう人たちを切り捨てるのは容易ではない。
事務方は北条さんという理事長の右腕が仕切っているが、ベテランの教師たちは卒業生との繋がりもあって一筋縄ではいかない。
なんと言っても臨玲は名門であり、OGやその家族には有力者が多く、その声は無視できないものがある。
来年度も新しい教師が数名採用されると聞いている。
だが、この淀んだ空気を払拭できるような人がいるとは思えなかった。
どれほどの熱意があっても現実という高い壁に阻まれてしまう。
薄暗い中を学校の駐車場まで戻り、スカイブルーの軽自動車に乗り込む。
日の光の下では爽やかなその色もいまはくすんで見えた。
採用が決まって、臨玲のある鎌倉に引っ越そうと考えていた。
そんな時に北条さんから市内では臨玲の教師は注目を浴びると忠告を受けた。
無理をしてこの車を買っておいて良かった。
校内でも校外でも私の一挙手一投足を監視されているような気がするからだ。
最近は鎌倉を出てようやくホッとひと息つける日々だった。
保育所に寄って娘を引き取る。
いつもより遅い時間になってしまったことを申し訳なく思う。
送別会の参加費をかなり多めに渡して抜けて来たので、買い物はせずに真っ直ぐマンションに帰る。
いまの私にとって娘と過ごす時間だけが心の拠り所だ。
今後の生活のことを考えれば臨玲に長く勤めていたい。
しかし、私はこの子に胸を張って教師として頑張っていると言えるのだろうか。
一緒に食事を摂り、お風呂に入れ、寝かしつける。
それが終わると明日の授業の準備に取りかかる。
理事長は生徒の学力向上を目指している。
それが古株の教師の反発を招いている。
女性に学問は必要ないと公言する教師までいるのだ。
この学校は昭和から時が進んでいないのではと思ったことさえあった。
寝る前に辞める同期からメッセージが来た。
彼女にとって私は裏切り者のようなものだが、彼女からそれを責める言葉を聞いたことがない。
こうして送られてくるメッセージも他愛のないものばかりだ。
だが、それが私の罪を告発しているように感じて、返信することができなくなった。
それでも彼女はメッセージを送り続ける。
私より若々しい彼女の笑顔を最後に見たのはいつだっただろう。
4月は一斉休校があり、ICT教育に関心が強かった彼女は希望に胸を膨らませていた。
学校が再開され野口さんたちと軋轢が生じても生徒の前では笑顔を見せていたと思う。
……やはりあれか。
秋口に彼女が不妊治療を受けていることが生徒の間で噂になった。
誰が漏らしたかは分からない。
多感で、時に潔癖な女子高生の中には彼女を汚らしいもののように見る者もいた。
その頃には、ほかの教師たちは彼女を避けるようになっていた。
彼女がいちばん苦しんだ時期に私はなんの助けもできなかった。
メッセージには私と娘の健康を気遣う言葉が書かれていた。
彼女は今日の送別会のことを知っていたのだろうか。
この緊急事態宣言下で送別会を開くことはどうかと思い、それとなく野口さんに意見をした。
けれども長年臨玲のために尽力した人を送別会もなしに送り出すなんて考えられないと言われ、私は渋々参加した。
逆らうことなんてできなかった。
娘を迎えに行くという理由で、お酒を飲まずにすぐに帰ることができて幸いだった。
あの場に長くいたら心が麻痺してしまいそうで怖かった。
もし彼女に送別会のことを知らせ、そこから理事長の耳に入れば野口さんに何らかの処分が下るかもしれない。
理事長にとっては良い口実だろう。
野口さんとその周囲の教師たちを一掃するには。
しかし、私にもとばっちりが来るかもしれないと思うと、できることではない。
返信を諦め、スマートフォンの電源を切る。
娘の寝顔に向かって、私は「ごめんね」と謝った。
私は涙を流さずに心の中でだけ泣いていた。
明日も私は教壇に立つ。
生徒の前で立派な大人の振りをすることだけが上手くなった。
生徒に、何より娘に、私のこの醜さを知られたくはない。
私は再びスマートフォンを手に取る。
そこにあった同僚の名前をタップすると、私は目を閉じて削除ボタンを押した。




