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令和3年2月16日(火)「甘さ」辻あかり

「僕もみんなにチョコをあげても良いですか?」


 新入部員の期待に満ちた目を見てダメだなんて言える訳がなかった。

 ダンス部は大所帯なのでチョコ自体はひとり当たり小さいのが一かけといった感じだったが、人数分ひとつひとつ丁寧にラッピングしてあった。

 その可愛らしさは練習後先に配り始めた須賀先輩のそれを上回っている。


「土日に頑張って作ったんです。クラスメイトの分と部活の分と」


 そう嬉しそうに話す姿を見て、女子力では完敗だと感じる。

 ほのかなら、そんな時間があるならもっと鍛えろと叱責するかもしれないが。


 新入部員が練習に参加するようになって1週間ほどが経過した。

 いまも男子として意識をしている部員もいるが、多くは普通に接するようになった。

 見た目でも言動でも男子っぽさが少ないせいだろう。

 しっかり手入れをしているのだろう肌はきめ細かく、髪はサラサラ。

 声変わりもしていないので、知らなければまず女子と間違える。


 1年生の中心である奏颯そよぎちゃんや可馨クゥシンちゃんは彼を鍛えてエースの一角にしたいようだ。

 外見だけなら十分にポテンシャルはある。

 いまは体力面で劣るが、男子だから今後大きな伸びが期待できる。

 現在彼は顧問の岡部先生のメニューをこなしているが、ふたりは早く技術的なことを指導したいと手ぐすねを引いて待っていた。


 昨日はそんな感じでみんなそわそわしていてあまり充実した練習ができなかった。

 そこで、今日はグラウンドの隅を借りて希望者を集めた自主練が行われている。

 緊急事態宣言が解除されないので土日の練習休止が続いている。

 自分で自主練に取り組める子は良いが、なかなかそれができない子も少なくない。

 BチームCチームに所属する部員たちのモチベーションをいかに高めるかはダンス部の大きな課題だった。


「奏颯ちゃんたち、焦ってるみたいやね。試験前にまた練習したりせえへんか注意しとかなあかんな」


 副部長である琥珀の助言にあたしは頷く。

 卒業式に3年生を送り出すダンスを披露する予定だ。

 クリスマスのイベントでは満足できるダンスができなかったので1年生の中心メンバーはリベンジに燃えている。

 だが、緊急事態宣言などもあって練習がままならない状況が続いている。

 明日から学年末テストの1週間前になるので部活は休みだ。

 以前もこの部活動休止中に部員を集めた前科があるので、彼女たちの動向は見張っておかなければならないだろう。


「そうだね。用心しておいた方が良いね」


「いっそ卒業式はAチームだけでやったらいいんじゃない?」


 もうひとりの副部長であるほのかが口を挟んだ。

 確かにAチームとBチームの一部だけを参加させれば短期間で質の高いダンスを披露できるかもしれない。

 それはダンス部発足当時の人数とも言える。

 部員が増えた分そのフォローが必要になって、できる子たちが自分の練習に時間を割けなくなっているのが現状だ。


「部員はお客様じゃないんだから、モチベーションが保てないのなら辞めるのが自然でしょ?」


 ほのかは自主練の目標としてのダンス動画作成担当チームのリーダーとしてあの手この手で部員のやる気を引き出そうとしているが、思い通りにいかなくてストレスを抱えているようだ。

 元々ダンス部創設時の理念は実力主義であり、どんどん高みを目指そうという方針だった。

 1年が新入部員のうちは仕方ないが、彼女たちはもう入部して半年以上経つ。


 とはいえ、いまの2年のコンセンサスはみんなで助け合おうというものだ。

 ここまで退部者を出さずに来れたので、このままそれを継続したいという思いがあった。


「琥珀はどう思う?」と尋ねると、「そうやね、卒業式はもうAチームだけでええんやない?」とほのかに賛同した。


「いまは緊急事態やし、緊急避難みたいな感じ? 今後については性急に答えを出さず、時間を掛けて考えればええと思うんよ」


 あたしはその意見を聞いてグラウンドで練習中の部員を見回した。

 今日は正規の部活ではないので参加者は三分の二ほどだ。

 AチームやBチームの上位メンバーはほぼ全員が参加している。

 あたしはひとつ息を吐くと、副部長のふたりに声を掛けた。


「来てない部員には悪いけど、練習後に残れる人全員で話し合おう。責任はあたしが取るから」


 陽差しの残るグラウンドで車座になった部員たちの前であたしは提案を伝えた。

 部員同士顔を見合わせている。

 意外なことに、すぐには意見が出て来ない。

 そんな中で最初に手を挙げたのは2年のももちだった。


「反対。卒業式なんだから出来がどうこうよりもみんなが頑張っているところを見てもらいたい。それで気持ちよく送り出したい」


「最後だからこそ最高の演技を私は見せたい」とほのかがそれに対して自分の意見を表明をする。


「1年生はどう思う? 特にイベントに参加できなくなりそうな子の意見が聞きたい」


 あたしがそう言って1年生たちの顔を見る。

 一瞬の静寂のあと、「はい」という声が聞こえた。

 視線を向けると、立ち上がったのは1年のさつきちゃんだ。


「足を引っ張るかもしれへんと思っていたので、実力が満たない部員を参加させないのは良いと思います」


「でも、1回でもそれをしたら今日来てないメンバーのほとんどは退部すると思う」と奏颯ちゃんが深刻な表情で起立した。


「部員ガ部ノタメニ努力スベキナラ、部ハ部員ヲ助ケル必要ガアルノデハナイカ?」と問う可馨ちゃんに「それだと助けてもらう部員はいいけど、それ以外の部員にとっては不公平にならない?」とコンちゃんが反論を述べる。


 いつもの1年生の活発な議論が始まった。

 結局のところモチベーションが低い部員にどこまで手を差し伸べるかの考え方は人により様々だ。

 正解のある問題ではない。

 あたしも簡単に切り捨てるという判断はしたくない。

 だが、部員の負担になっている以上どこかで決断を示すべきかもしれない。


「4月になれば新しい1年生が入って来ます。そうすると後輩からいろいろ見られると思います。ダンスの上手い下手だけではなく、練習への取り組み方や後輩との接し方、そういったもので評価されてしまいます」


 それはいまの2年生が通ってきた道だ。

 先輩と呼ばれるようになってから自覚を持った部員も多い。

 だから、それまでは続けて欲しいと思うが、変わることができなければダンス部に居場所はなくなっていくだろう。

 先輩風を吹かせて後輩にキツく当たるような存在になるならもっての外だ。


「いまのダンス部は楽しく部活を続けたいという考えであってもいいとCチームを発足させました。Cチームでもイベントに参加できるようにしたいと思っていましたが、いまはそれがほかの人の負担になっています。ましてBチームで真剣に自主練をしていない人まで面倒を見るのは厳しいです」


 理想を追い求めたあたしの甘さがすべての元凶だった。

 それに気づいた以上は修正するしかない。


「特に、頑張っている1年生に負担を掛けすぎました。ごめんなさい」とあたしは頭を下げる。


「改めて基本に立ち返り、イベントは実力上位者のみの参加とします」


 あたしはAチームに在籍しているがメインやソロを張る実力はない。

 後輩の何人かにも追い抜かれた。

 悔しいが仕方がない。

 新1年生が入ってくれば同じような思いをする部員は出て来るだろう。

 それでも実力優先という空気は守っていきたい。


 一方で、部としてチームとして助け合う精神も守りたい。

 特に初心者が多い新入部員たちを手助けしていくことは先輩としての義務だと思う。

 あたしはいままで十分に果たせたとは言えない。

 先輩から受けた恩の半分も後輩たちに返せていないかもしれない。

 だから、嫌われたとしてもやるべきことをやっておきたかった。


「退部者が出たとしてもこの改革は必要だと思います。ダンス部の未来のために断行します」




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部二代目部長。初代部長のようなカリスマがなく、部員数が急増したダンス部を迷いながら導いている。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。生徒主導の自主的な運営に興味を持ってダンス部を続けている。あかりの決断を支えながら自分ならどうするか考えることも忘れない。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。確かにあかりは甘いと思うが、その甘さが自分にない魅力だと思っている。


本田桃子・・・中学2年生。ダンス部。愛称はももち。1年生の時に退部を考えたこともあったが周りの支えがあって続けることができた。


恵藤奏颯(そよぎ)・・・中学1年生。ダンス部。次期部長候補。元は実力最優先の考えだったが、責任ある立場になって単純に考えることができなくなった。


可馨(クゥシン)・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。日本の”部活動”を理解しようと努めている。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。可馨の親友。自主練を頑張っているのになかなか上達しない。


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。愛称はコンちゃん。あえて反対意見を言って議論を活発化させるのが得意。

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