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令和3年2月14日(日)「       」黒松藤花

「ゆうべの地震、大丈夫やった?」


 清潔感のある白のブラウスが春の陽差しを受けてきらめいている。

 スポーティなデニムパンツはちょっと意外な印象だが、考えてみれば彼女は運動部の所属だ。

 本気で心配してくれていると感じられる眼差しに、わたしは「うん」と頷いた。


 昨夜寝入りばなに大きな揺れを感じた。

 揺れている間は身がすくみ、まったく動けなかった。

 収まってから飛び起き、妹の部屋に急いだ。

 そこにはすでにお父さんが居て、怖がるのぞみを抱き締めていた。


 お父さんはわたしに気づくと「家の様子を見てくる」と言って部屋を出て行った。

 残されたわたしは入れ替わるようにベッド脇に腰掛ける。

 すると、希は泣きじゃくりながらわたしの胸元に顔を埋めた。

 結局、わたしは妹のベッドで一緒に寝た。

 妹だけでなくわたしも怖かったから……。


「妹はあまり大きな地震を経験していなかったから怖かったみたい」


 東日本大震災は妹が生まれる前のことだ。

 10年前のことだから、わたしは4歳頃か。

 揺れそのものは覚えていない。

 ただお母さんにしがみついていた記憶がある。

 それはわたしに残る数少ないお母さんの感触がある思い出だった。


「そら怖かったやろな。うちも机の下に隠れてガタガタ震えとったもん」


 そう言って島田さんはニッコリと笑った。

 今朝目覚めるとスマートフォンに友だちからわたしを気遣うメッセージが届いていた。

 朱雀ちゃん、久藤さん、そして島田さんだ。

 感謝を添えて無事を伝える返信をしたが、島田さんからは渡したいものがあるので伺ってもいいかと聞かれた。

 承諾すると、昼過ぎにこうして尋ねて来てくれた。


 急に押しかけたから外で良いと言われて、家の前で立ち話をしている。

 家の中にいると地震の記憶が鮮明に残っていたのに、外に出ると地震のことが嘘のような平穏さがあった。

 被災地なら地震の傷痕があちこちにあるのだろう。

 遠く離れたここはもうすっかり日常が戻っていた。


「これ、妹さんと一緒に食べて」と綺麗に包装された小箱を手渡された。


 お返しを用意していないので申し訳ない気持ちになる。

 受け取らないというのも悪い気がするし、咄嗟に言葉が出て来ない。


「こういう時は『ありがとう』でええねんて。気にせんといて。うちが好きでやってることやから」


「……ありがとう」


 目的を果たしてすぐにでも帰ってしまいそうな島田さんをわたしは慌てて引き留めようとした。

 わざわざ来てくれたのにこのまま帰すのは悪いと思う。

 だが、いままでわたしは家族以外と積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかった。

 だから、こんな時にどう言えばいいか分からなくなってしまう。


「心配せんかてええよ。相手の感情を読むのは得意やから」と島田さんが微笑んだ。


 ホッとする一方で、自分の未熟さを強く感じた。

 朱雀ちゃんも島田さんもあんな災害のあとすぐに友人を気遣う行動が取れる。

 わたしは妹のことだけで精一杯だ。


 わたしが紡いだ物語の主人公のようにたったひとりで愛する人を守ることができれば、コミュニケーションの煩わしさを避けてもいいだろう。

 現実のわたしは……。

 小学生時代は女子の間にある暗黙の了解についていけずに孤立した。

 中学生になってからは意図的に他人と距離を置いた。

 それで心の安寧は得られたが、困った時に誰も助けてくれないことと隣り合わせでもあった。


 うちにはお母さんがいない。

 お父さんはひとりで二人分の役割をこなしている。

 昨日もわたしより早く希の元に駆けつけたように本当にすごく頼りになる。

 しかし仕事は忙しく、前回の緊急事態宣言の時は長期間家に帰ることができなかった。


 それに男の人には相談しにくいこともある。

 妹と違いわたしはお祖母ちゃんとそりが合わないので、ひとりで悩みを抱えていた。

 いまは朱雀ちゃんや千種ちゃんがそれとなく察して相談に乗ってくれる。

 そのありがたさに感謝の気持ちでいっぱいになるが、いつまでもふたりに甘えてばかりはいられない。

 少なくとも一方的に助けてもらう関係は不健全だろう。


「ごめん、わたし……」


「あんまり気にしすぎない方がええって。うちの周りにはもっとコミュ力ない子とかおるし。うちの部の部長はあんなに揺れたのに気づかずに寝てたって言うてるんよ。いろいろヤバいやん」


 そう言って笑った島田さんは「でも、ええとこもあるから部長が務まるんや。ひとりで全部できるんなんて伝説の魔王様くらいなんやない?」と言葉を続けた。

 島田さんは朱雀ちゃんにも一目置いていて「うちらの学年の中では彼女と久藤さんは別格やと思うんよ。それでも支えてくれる友だちがいてこそ強みが生かせる感じやけど」と話す。

 わたしから見れば島田さんもこのふたりと並ぶような存在だ。

 コミュニケーション能力が高くて、他人への気遣いも素晴らしい。

 わたしでは到底敵わないと思うのに、「黒松さんにはうちと違う良さがあるから一緒にいて楽しいんやないかな」と言ってくれる。


「うちは10年前の地震の記憶はないんやけど、そのあとしばらく大阪で暮らしててん。なんや原発事故で放射能がどうたらでこっちは危険やて言われてたみたいで」


 肩をすくめた島田さんは空を見上げ、「そこに同年代の親戚の子らがおって、最初は言葉をバカにされたんよ」と口にした。

 シリアスな暗い話かと思って身構えたが、彼女の目は笑っていた。


「こっちに帰る頃には口では絶対に負けへんて自信がついてたわ。鍛えられたんやな」


 そして彼女はわたしに視線を向ける。

 優しい笑みを浮かべ、「努力やなくて環境のお蔭やねん。中学生くらいまではそういう本人の力以外の部分が大きいんやないかな。必要ならこれから身につけていけばええと思うんよ」とわたしに語り掛けた。


「黒松さんてただおとなしいだけじゃなくて、何をするにもちゃんと考えて行動している感じがして、その辺が凄いなと思うてるんよ」


 そんな風に言われたのは初めてだった。

 自分ではうだうだ考えるだけで一歩を踏み出す勇気がないだけだと思っている。

 単なる優柔不断。

 そこを評価されたことは驚きだ。


「意外とみんな考えんと勢いや周りの雰囲気で決めたりすることが多いから。うちも結構あとで悔やむこと多いねん」


「でも、決められないだけだし……」


「決めたらちゃんとやり遂げているやん。ファッションショーは素敵やったで」


「あれは……」


 朱雀ちゃんや日々木先輩のサポートがあったからだ。

 決してわたしひとりでは決め切れなかった。


「うちは藤花ちゃんにないものを持ってると思てる。そして、藤花ちゃんはうちにないものを持ってると思てる。この前も言うたけど、うちには藤花ちゃんが必要なんや」


 そうまくし立てた島田さんは両手で顔を覆い、「あー、なんや口説いとるみたいやん。それに興奮して藤花ちゃんって呼んでもうた」としゃがみ込んだ。

 わたしは彼女の肩に手を置いて同じようにしゃがみ込む。

 視線の高さを合わせるのは妹に話す時の基本だ。


「わたしも琥珀ちゃんって呼ぶね」


 わたしの言葉に彼女は両手の間からいままでにない嬉しそうな顔を見せた。

 普段の自信に満ちた表情ではなく、どこか幼さの残る顔つきだった。

 それを見て誰もが不安を胸に抱えていることに気づく。

 そう、フィクションの登場人物ではない生身の人間は表に出さずとも様々な感情を秘めているのだ。

 他人も同じ人間なんだと実感して、わたしはようやく友だちという言葉の意味を理解した気がした。


 ――令和3年2月14日(日)「初めての友だち」黒松藤花




††††† 登場人物紹介 †††††


黒松藤花・・・中学2年生。趣味は妹を楽しませるための物語作り。現在朱雀たちのグループに所属している。


黒松希・・・小学2年生。藤花の妹。病弱。彼女を産んですぐに母親が亡くなった。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。朱雀主催の親友探しのお見合いパーティーに参加して藤花と知り合った。


原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。幼なじみの鳥居千種とともに手芸部やクラスを切り盛りする。思い立ったら即行動タイプ。


久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。彼女が引き取られた近藤家と藤花の祖母が古くからのつき合いで、その縁で知り合った。

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