令和3年2月8日(月)「バレンタインチョコ」水島朋子
「水島はチョコくれないの?」
休み時間、いつものようにスケッチブックとにらめっこをしていた上野が何かを思い出したかのように顔を上げた。
そして、発した言葉がそれだった。
「あんなの、菓子メーカーに踊らされているだけだろ」
あたしがそう言うと、上野は「くれないんだ」と肩を落とした。
そのしょんぼりとした姿に、「別にやらないとは言ってないだろ」と言ってしまう。
「やったー!」と上野と、なぜかくっきーも一緒になって喜び始めた。
「やるとも言ってねーよ!」と言ったところで後の祭りだ。
子どものようにはしゃぐ上野は珍しい。
そんなにチョコが好きなのかと思い尋ねてみると、返って来たのは素に戻った顔での「別に」という言葉だった。
「何だよ、それ」
「チョコをもらえるの、初めてだから」
そう言えばこいつの家はクリスマスや正月もまったく祝わないらしい。
まあ、バレンタインはあたしも無縁だったけど。
「あれだよな、コンビニで20円くらいで売っているヤツでいいよな?」
「えー!」と不満の声を上げたのはくっきーだ。
「プレゼントなんだからもっとそれっぽいのじゃないと」とくっきーは不満を漏らす。
「当然くっきーもくれるんだよな?」とあたしが聞くと彼女は目を逸らした。
「友チョコなら対等だろ」とあたしは目を怒らせてふたりに迫る。
チョコレートが特別好きだという訳ではないが、あたしだってもらいたい。
友チョコというくらいなのだから、友情の証だ。
あたしだけが一方的にあげるのは釈然としない。
「上野もだぞ」と念を押すと、彼女は首を傾げた。
「お前ももらうだけのつもりだったのかよ」とあたしがしかめ面を作ると、「チョコってどこにあるの?」と上野は疑問を口にした。
「そりゃあ、コン……」
あたしはコンビニと言い掛けて慌てて口を閉じた。
コンビニでチョコレートを売っているし、この時期ならキチンと包装したものもあるだろう。
だけど、コンビニで買ってしまうと特別な感じがなくなってしまう気がした。
バレンタインデーをありがたがる訳ではないが、折角友だちと贈り合うのならもう少し日常からかけ離れたムードを大切にしたい。
「あー、どこが良いかな。くっきーは知らない?」
くっきーは首を傾げながら「通販とかかな?」と疑問形で答えた。
彼女もよく知らないらしい。
あたしたちは3人とも小学生の頃から友だちがほとんどいなかった。
くっきーや上野の過去は知らないがきっと間違いないだろう。
だから、こういう女子として当たり前の知識に欠けていたりする。
「通販とかやったことねーからなあ……」
スマホでインターネットは利用してもお金が関わることは怖くて手が出せなかった。
中学生でもそういうのに詳しいヤツは利用しているのだろうが、あたしにはハードルが高い気がする。
もうバレンタインまで1週間もないのだし……。
「あとは……スーパーとかケーキ屋とか?」
くっきーの言葉を聞いてあたしは腕を組んだ。
買い物の大半はコンビニで済ませている。
小さい頃は親に連れられてスーパーマーケットにも行ったが、ひとりで行くのは結構勇気がいる感じだ。
ママに買い物を頼まれても何だかんだと理屈をこねて断ってきたのが悔やまれる。
スーパーマーケットでそれだから、ケーキ屋なんてひとりで入れる気がしなかった。
あー、もうコンビニで良いかと言い掛けた時、上野が「スーパーマーケットで良いの?」と口に出した。
あたしが「それっぽく包装しているヤツだったらスーパーで良いんじゃねえか」と頷くと、「それっぽくって?」と彼女は問い返した。
「ああ、じゃあ、一緒に買いに行くか」とあたしはふたりに声を掛ける。
どんなチョコをもらえるかというドキドキ感はなくなるが、このふたりだとワクワクよりも心配の方が勝ってしまう。
とんでもないチョコを送られるよりはマシだろう。
それにふたりと一緒ならあたしも恐れずにスーパーマーケットに行くことができる。
上野はすぐに頷いたが、今度はくっきーが悩み始めた。
理由を聞いてみると「自分のお小遣いを使いたくない」というストレートな発言が返って来た。
「だって、綺麗な箱に入ったチョコって、値段は高いし箱は大きいのに中に入っているのはこんなちっちゃなチョコだったりするじゃない」
くっきーは親指と人差し指で小さな小さな円を作り、あたしたちに見せた。
確かにコンビニで陳列されているチョコも一口大のものが何個か入っただけなのに結構な価格だったりする。
名目上は送り合う形だが、中学生の少ないお小遣いをほんの少量のチョコに使うことに躊躇する気持ちも理解できる。
それでも友情を取って欲しいとは思うけど。
「くっきーにはクッキーを贈るってのはどうだ?」
あたしがそう提案すると、くっきーは呆れた顔になった。
そこは笑うところだろと思うが、口には出さない。
「それならポテチ1年分が良いな」
「1年分って何だよ。それにチョコ関係ねえじゃん!」とあたしがツッコむ横で上野が「豆乳鍋が食べたい」なんて言い出して完全にカオスになった。
今日は寒いからあたしだって鍋を食べたいよ!
でも、いまはそんな話、してねーじゃん!
話が逸れていくのを回避しながら、なんとか買い物の約束を取り付ける。
ひとり分いくらという目安の金額を決め、お金を持って集まる時間と場所を調整した。
くっきーも上野も協調性に欠けるからこれだけのことでも大変だ。
「上野は先輩に渡す分も買っておけよ」
「光月はくれなんて言わなかった」
「普通は自分からくれなんて言わないから。お前たちは言わなきゃ分からないから言っただけで」
大声を出しすぎて息が荒い。
こいつらの保母さんにでもなった気分だ。
「とにかく。品物でも恩でももらった時は同等のものを返す。それが礼儀ってやつだ」
上野は神妙な顔で頷くと、「自分のおっぱいを光月に見てもらえばいいんだね」と自分の胸に手を当てた。
あたしは今日一番の大声で「違うから!」とツッコまざるをえなかった。
††††† 登場人物紹介 †††††
水島朋子・・・中学1年生。生徒会役員。周囲からは不良だと思われているが本人だけは違うと思っている。
上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。行動力は高いが常識に欠ける水島の友人。
朽木陽咲・・・中学1年生。手芸部。空気が読めない水島の友人。くっきーと呼ばれている。
山口光月・・・中学2年生。上野とつき合っている美術部の先輩。常識人だが押しに弱い。




