表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
683/745

令和3年2月2日(火)「受験の季節」藤原みどり

 もう2月だ。

 節分などと浮かれている場合ではない。


 1週間もすれば私立の一般やオープン入試があり、公立高校の試験もあと2週間を切っている。

 3学期になって、3年生の教室に入ると胸が締め付けられる。

 それは日増しに強まってきている。

 こんなことで無事に試験当日を迎えられるのか心配だが、担任教師として逃げ出す訳にはいかない。


「生徒の試験の結果は担任だけの責任ではありませんよ」


 職員室で悲壮感を漂わせていると副担任の君塚先生が珍しく慰めてくれた。

 普段は生徒にだけではなく、若手教師にも厳しい態度で接する人だ。


「私、感情移入しやすい性格なので余り生徒に近づきすぎないように心掛けているのですが、駄目ですね……」


 受験生を受け持つのは2度目だ。

 前回は教師1年目で担任ではなく、目の前の仕事に追われていっぱいいっぱいだった。

 今回は1年生からずっと見てきた生徒たちの受験である。

 担任として迎える初めての受験でもあった。

 そして、この最初の赴任校で過ごす最後の数ヶ月にも当たる。

 思い入れが強くなり過ぎて、受験生たち以上に不安や心配が頭の中で渦巻いていた。


「生徒たちの前では動揺は見せず、どっしり構えておくように」と君塚先生はこれまでも繰り返し口にした忠告を述べたあと、「生徒に寄り添うのは私よりも藤原先生が向いていると思います。少しでも自信をつけて試験に送り出してあげてください」と目を細めた。


「君塚先生はどうして損な役回りを担われているのですか?」


 いつもジャージ姿で校内を歩き回り、大声で生徒に注意を促す。

 彼女はこの学校に転任してもうすぐ1年になるが、全校生徒からもっとも恐れられている教師となった。


「必要だからです」と君塚先生は短く答えた。


「しかし、それだと生徒たちは君塚先生を嫌ったまま卒業してしまいますよ」


「構いません」


 いまの子は私の時代と比べても従順で素直な印象がある。

 それでも中には教師を見下したり言うことをきかなかったりする生徒は一定数存在する。

 昨年度までは小野田先生が厳しい大人の役割を担ってくれていた。

 教師相手にふざけた態度を取る生徒も小野田先生の前ではおとなしかった。

 君塚先生は小野田先生とはやり方こそ異なるが役割としては同じようなものだろう。

 正直ほかの教師にとってはありがたい存在だ。

 私もおおいに助けてもらった。

 だが、心の中にわだかまりのようなものは残った。


「教師全員が厳しければ生徒は息が詰まるでしょう。逆に教師全員が優しすぎても学校は――少なくとも公立の学校はうまく機能するとは思いません。役割分担をしているだけです」


 若い頃は優しい教師だったと聞いたことがある。

 それだけ生徒思いなのだろう。

 あえて悪役を引き受け生徒には理解されないまま卒業されるなんて、私には絶対にできないことだ。


 君塚先生は私から視線を逸らし、「感謝するのであれば私より日々木さんにした方が良いと思いますよ。いまの1組を精神的に支えているのは彼女ですから」と語った。

 照れないでくださいよと言いたい誘惑に駆られたが、怒られるのが目に見えている。

 やぶ蛇になるのを避けた私は「そうですね。本当に助かっています」と明るく答えた。


 私は高校受験に苦い思い出がある。

 仲が良い友だちがいて、同じ高校を志望していた。

 私は推薦で合格を決めたが、彼女は一般で受け不合格となった。

 それ以来彼女とはほとんど口をきかないまま卒業してしまった。

 いまでもあの時に何と声を掛ければ良かったのかと考えることがある。

 心の棘のようなものだ。


 男子に比べ女子は友だちと同じ高校を目指すケースが比較的多い。

 うちのクラスにも何人かいる。

 教師は不合格となった子のケアに忙しく、合格した子にまで気が回らないのだろう。

 私は……。


 終わりのホームルームが終わり、生徒のちょっとした相談に乗ってあげてから教室を出る。

 廊下に日々木さんと宇野さんが並んで立っていた。

 おそらく隣りのクラスの安藤さんを待っているのだろう。

 私は君塚先生の言葉を思い出し、ふたりに近づいた。


「こんにちは、今日は暑いくらいね」


 空は晴れ渡り、春めいた天候だ。

 このところ日によって気温の差が大きい。

 そこまで気を配れずにいつもの服を選んだから今日は汗ばむほどだった。


「そうですね。暖かいことは嬉しいですが、寒暖の差が激しいと体調を崩す生徒がでないか心配ですね」


 そう話す日々木さんは学級委員としてこの1年クラスメイトを本当によく気遣ってきた。

 私も中3の時に学級委員を務めたが他人の受験のことまでは手に負えなかった。

 自分のことで精一杯だったというのもあるし、いま思えば当時はまだまだ子どもだった。


「どっちが担任だか分からないわね」とからかうと「そんなつもりでは……」と彼女は申し訳なさそうな顔をした。


「とても助かっているのよ。君塚先生も褒めていたしね」


「君塚先生が……」


 誰にでも優しい日々木さんだが、君塚先生のやり方に対しては憤る姿を見せた。

 普段の日々木さんなら君塚先生の本心に気づきそうなものだが、怒りで目が曇っているのかもしれない。

 できることなら彼女には気がついて欲しいと思う。

 しかし、あからさまな伝え方をすると君塚先生や日野さんから叱られそうで二の足を踏んでしまう。


「もしね、もし自分と親友が同じ志望校を受けて、自分だけが合格したとしたら。日々木さんなら相手の子に何と言って慰める?」


 生徒に聞くのはどうかと思うが、咄嗟に口を衝いて出てしまった。

 日々木さんは大きな目を瞬かせて私を見たあと、真剣な表情で考え込んだ。


「実際にそういう状況に置かれたら別のことを言うかもしれませんが、わたしだったら『わたしはあなたの力になりたい』と率直に伝えると思います」


 そして、彼女は宇野さんだったらどう答えるか尋ねた。

 宇野さんは頭に手をやり「そうだな。次、頑張れよ、かな」とあっさり言った。


 どれが正解ということはない。

 だが、何もしなければ……。

 私はあの失敗を乗り越えるために教師になったのかもしれない。


 ひとつ頭を振って気持ちを切り替える。

 私の教師としての評価を高めるためにも受け持つ生徒たちには最高の結果を残して欲しい。

 そのためにも日々木さんの力は必要だ。


「一緒に頑張りましょうね。みんなの笑顔のために」


 胡散臭そうに私を見る宇野さんとは対照的に、日々木さんは柔らかな笑みを浮かべて「はいっ」と元気よく返答してくれた。




††††† 登場人物紹介 †††††


藤原みどり・・・3年1組担任。国語教師。教師になって4年目の今年度初めて担任となった。教師としての評価は高めだが学生気分が抜けていないという指摘も。


君塚紅葉・・・3年1組副担任。英語教師。今年度この中学に転任したベテラン。ジャージがトレードマーク。受験に強いという評判の持ち主。


小野田真由美・・・昨年度藤原先生が副担任を務めた2年1組の担任だった。担当は理科。教職を去り現在はNPOで活動している。


日々木陽稲・・・3年1組学級委員。推薦で臨玲高校への進学が決まっている。受験への不安を抱えるクラスメイトに勉強を教えたり、励まし勇気づけたりしている。


宇野都古・・・3年1組。元陸上部のエースで、その活躍によって推薦が決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ