令和3年1月21日(木)「懐かしい顔触れ」日々木陽稲
「いよいよ明日だね」
わたしは純ちゃんを見上げてそう言った。
彼女の様子はいつもとまったく変わらない。
競泳の大会でも緊張しているところを見たことがなかった。
淡々と自分の力を発揮する、そんな頼もしい姿をわたしはずっと見てきた。
わたしと一緒に教室から出て来た都古ちゃんが「頑張れよ」と声を掛けた。
純ちゃんはコクリと頷く。
すでに陸上での推薦で進学が決まった都古ちゃんと、明日受験に挑む純ちゃん。
1年の時に仲が良かった3人がこうして顔を合わすと懐かしい気持ちになる。
中学受験に失敗したわたしは失意のままこの学校に入学した。
受験のことは純ちゃん以外には話していなかったものの、公立に進んだことを驚かれることも多かった。
私立に行くものだと思ったと言われるたびに、気まずい思いをした。
そんな時は中学でも同じクラスになった純ちゃんが盾のように守ってくれた。
小学生の頃よりも周囲と壁を作り、ふたりだけで過ごす時間が多かった。
その壁を打ち破ったのが都古ちゃんだった。
明るく天真爛漫な彼女は誰とでも分け隔てなく接した。
クラスで浮いた存在だったわたしたちや小鳩ちゃんにも積極的に声を掛け、次第に4人で一緒にいることが増えていった。
わたしもようやく自分らしさを取り戻し、クラスメイトとの関係も良好なものになった。
そんなことを思い出していたら、ちょうどそこに小鳩ちゃんが通りかかった。
彼女が首に掛けているマフラーは1年生の時にわたしと買いに行った時のものだ。
当時オシャレに関心がなかった小鳩ちゃんを可愛くしようと、アレコレ口を出したり買い物に連れ回したりした。
「小鳩ちゃん、一緒に帰ろう」と誘うと、「承諾した。然れど此処にとどまると通行の邪魔だ。それに早急に帰宅するよう学校から厳命を受けている」と相変わらずの堅物ぶりを見せた。
「いまでも小鳩ちゃんの言うことは半分も分かんないぜ」と都古ちゃんがカラカラと笑う。
「そこは雰囲気で読み解くしかないよね」とわたしが言うと、都古ちゃんはお前もかという目でこちらを見た。
「仕方ないよ。可恋ですらあとで文書にして報告してもらわないと分からないって言うくらいなんだもの」
「日野は重要な論議は悉皆文書化を要求していると説明していたが……」
「……小鳩ちゃんとの会話がほかと比べても重要なんだよ、きっと」
わたしは口を滑らせたことを感じさせないように笑顔を浮かべる。
こういう時は話題をずらした方がいい。
以前から思い抱いていたことをわたしは口にした。
「その話し方はキャラ作りとしてはとても良いと思うのだけど、使いどころは考えた方が良いんじゃないかな」
彼女は小学生時代にいじめに遭ったそうだ。
それに他人とのコミュニケーションに苦手意識を持っている。
それらを克服するためにもうひとつの自分を作り上げた。
結果的に生徒会長にまで上り詰めたのだから大成功だろう。
ただ、コミュニケーションとしては問題がある。
高校進学を機にバージョンアップがあっても良いのではないかと思ったのだ。
黙り込んだ小鳩ちゃんに「あ、ごめん。入試前に言うことじゃなかったね」とわたしは謝る。
推薦での入学が決まっているせいで、わたしは受験生としての自覚に乏しい。
いつもならもう少し気をつけるのに気が置けない間柄だから言い過ぎてしまった。
「否。日々木の直言は傾聴に値する。私も高校では人間関係について篤学したいと思案していた」
「小鳩ちゃんなら必ずできるよ!」とわたしは応援する。
「よし! 小鳩ちゃんの新しいキャラを考えようぜ!」と都古ちゃんはノリノリだ。
「メイドなんてどうだ?」と笑う都古ちゃんに、わたしも「かしこまった感じが合っていそうだよね」と悪ノリしてしまう。
「ファッションショーの衣装合わせの時にメイド服も着てもらったけど、似合っていたよね。あれで高校デビューを飾れば一躍時の人だよ」
「それはないから」と珍しく小鳩ちゃんが素で反応した。
一方、都古ちゃんは「陽稲ちゃんは何でも持ってるな」と呆れている。
わたしは「メイド服は嗜みとしてどこの家にも1着はあるものでしょう」とジョークで誤魔化す。
すると小鳩ちゃんが「日々木は1着ではなく3着持ち込んでいた」と暴露した。
衣装合わせの場に持ち込んだのが3着であって、本当はもっと持っているけどね。
廊下でそんなことを喋り合っていたら教室から出て来た君塚先生から「早く帰りなさい」と注意された。
見ればもう廊下にはわたしたちしか残っていなかった。
つい調子に乗ってお喋りしすぎたようだ。
「すみません、すぐに帰ります!」と4人で頭を下げ、昇降口に急いだ。
「ごめんね、小鳩ちゃんまで」とわたしは謝る。
彼女は早く帰るように言ってくれたのに、雑談につき合わせてしまった。
小鳩ちゃんは「気に病む必要はない」と言ってくれた。
わたしは純ちゃんにも「明日受験なのにつき合わせてしまって……」と謝ろうとしたら、「いい。元気もらえたから」と彼女はわたしの言葉を遮った。
都古ちゃんは陸上部に、小鳩ちゃんは生徒会に入り、4人で帰ることは1年生の時もそんなに多くはなかった。
それでもこの4人でいると胸にこみ上げるものがある。
中学生活はもう2ヶ月も残っていない。
正門まで来たところで、わたしは3人に待ってもらいスマホで可恋を呼び出す。
目の前に建つマンションからすぐに可恋が下りてきた。
わたしだと少しの外出でもしっかり身だしなみを整えるので時間が掛かるが、彼女は部屋着の上からコートを引っ掛けただけだった。
マスクをしてニット帽をかぶりサングラスまで掛けている。
「久しぶりだな」と言った都古ちゃんはポンと手を打つと、「明けましておめでとう」と頭を下げた。
年が明けて20日ほど経つが可恋は1日も登校していないので、顔を合わせた生徒はごく数人だけだろう。
可恋は「あけおめ」とサラリと流し、わたしに「何?」と質問する。
分厚いマフラーまでしていても外は寒いようで一刻も早く部屋に戻りたいと顔に書いてあった。
「正門をバックに4人並んだ写真を撮って欲しいの」
わたしがそうお願いすると、可恋はうんと頷いてわたしのスマホを受け取った。
都古ちゃんも「いいな!」と言って自分のスマホを可恋に渡して撮ってもらうことにした。
ほたのふたりには後日プリントアウトして渡すことを約束する。
陽差しのお蔭で寒さは和らいでいる。
4人が並ぶと純ちゃんだけ頭ふたつ以上飛び出てしまうので、彼女にはしゃがんでもらう。
1年の頃は純ちゃんは保母さんと言われていた。
いまは都古ちゃんの身長が少し伸びたものの、当時はチビ3人が170 cmを越える純ちゃんの周りに集まっていたのでそんな風に揶揄されたのだ。
「はい、チーズ」という可恋の声に合わせて思い出が刻まれる。
「高校は分かれても、いつまでも友だちだからね」
わたしが目を潤ませてそう語り掛ける横で、可恋は淡々と「F-SASのパートナーとして4月から協力してもらうからよろしくね」と都古ちゃんに話し掛けている。
さらに小鳩ちゃんにも「4月からも連絡を取り合うことになると思うのでよろしく」と声を掛けた。
いや、いいんだよ。
高校生になっても繋がりは保っていけるのだから。
でも、この盛り上がった気持ちが……。
ビジネスライクな態度だった可恋が純ちゃんの前では普段の顔に戻った。
そして持っていた大きな紙袋を手渡す。
「これ、夕食。しっかり食べて、明日の試験に挑んで」
あまり表情を変えない純ちゃんもその言葉に嬉しそうに目尻を下げた。
むむむ。
胃袋をつかんだ者が勝ちか。
ならば――。
「純ちゃん、合格したら美味しいものいっぱい食べようね! お姉ちゃんにたくさん作ってもらうから!」
……よし、勝った。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・3年1組。すでに臨玲高校への進学が決まっている。
安藤純・・・3年2組。陽稲の幼なじみ。競泳の選手で期待のホープと目されているが、希望するレベルの推薦がもらえなかった。
宇野都古・・・3年1組。県内の陸上では名の知られた選手。推薦を受け無試験での入学が決まっている。
山田小鳩・・・3年3組。前生徒会長。学年トップクラスの成績を誇り、県内最難関の公立高校への受験を決めている。
日野可恋・・・3年1組。正門前のマンションに住むが今年度は一度も授業に出席していない。臨玲高校への進学を決め、主幹の北条氏とは密に連絡を取り合っている。女子学生アスリート支援のNPO法人”F-SAS”を立ち上げ代表を務めている。




