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令和3年1月9日(土)「課題」恵藤奏颯

 緊急事態宣言の影響がもう現れた。

 中学の部活動が土日は禁止となったのだ。


 1年で集まって自主練をすることも考えたが、部長から止められてしまった。

 周囲の目を気にするなんて納得できない。

 そう反論したものの、学校に苦情が舞い込めばダンス部の存続が危うくなると言われてはどうしようもなかった。


 アタシが深々と溜息を吐くと可馨クゥシンから『奏颯そよぎハ元気ガ無イナ』と声を掛けられた。

 現在1年の何人かの部員でビデオチャットの真っ最中だ。


『なんで可馨は元気なんだよ』と言い返す。


 練習ができなくなってアタシ同様落ち込んでいると思っていたのに。

 彼女は前回のイベント後に練習不足だと苛立っていた。

 今回の措置で今後ますます練習がしにくくなってしまう。

 裏切られた思いで尋ねた言葉に『卒業式ハdance動画ヲ編集シテ公開スル予定ダト聞イタ。Event担当ト動画担当ガ協力シテ制作スルコトニナルダロウ』と彼女は嬉しそうに答えた。

 どうやら新たな目標ができて気持ちを切り替えることに成功したみたいだ。


 アタシは『聞いてないよ!』と大声を出す。

 すると、『昨日ほのか先輩から動画編集ができるかどうか聞かれたんや。それで部長たちは卒業式で踊れなかった場合に備えて動画を作る予定だって教えてくれはったの』と同じイベント担当のさつきが説明した。


 可馨の家には高そうなパソコンがあり、彼女はそれを使いこなしている。

 イベント担当のリーダーということもあって真っ先に彼女に打診が行ったのだろう。

 それでも部長と同じ統括担当グループのアタシに話が来なかったことに不満が残った。


『組織改革をしても同じ学年で話すことの方が多いんだから仕方がないよ』とコンちゃんがアタシを気遣うように言った。


『みっちゃんは何か聞いてる?』と同じ統括担当に聞いてみると、彼女も首を横に振るだけだった。


『まあいいか』とアタシは頭を振る。


 くよくよ考えたところで何かが変わる訳でもない。

 目標がなくならずに済んだのだから良しとしよう。


『それで、どんなダンスをするの?』と可馨に尋ねると、『Christmasノrevenge』と気合の籠もった表情で語った。


 クリスマスイヴの日に行ったイベントでは練習不足が露呈し、全体としての出来は散々なものだった。

 ダンス部のパフォーマンスだから人が集まるだろうという甘い予測が外れたことも含めて反省点が非常に多いイベントだったのだ。


『気持ちは分かる』とアタシは悔しさを滲ませた顔で応じる。


 練習がままならない状況を考えれば、新しいものよりあの時のダンスの質を高めた方が良さそうだ。

 卒業式まで2ヶ月ほどしかないのだし。


 アタシはふと思い立ってスマホを手に席を立つ。

 自分の部屋を出て隣りの部屋のドアをノックする。

 返事を待たずにドアを開けると、わかねえが机に向かって勉強していた。

 驚いた顔で振り向く姉に「ちょっといい?」と話し掛ける。


 彼女がコクリと頷いたのを見て、「この前の終業式でのダンス、どうだった?」とアタシは聞いてみた。

 わか姉は元ダンス部員だ。

 運動神経皆無って感じの彼女がダンス部でやっていけるのかと思っていたが、下手なりに頑張っていた。

 トロくて頼りない2歳歳上の姉をアタシは見下すことが多い。

 ダンスの感想を聞いたところで役に立たないと思い、これまでは聞いていなかった。


「え……」と口籠もる姉に、「正直な感想が聞きたい」と頼み込む。


 チャットの発言が止まり、みな聞き耳を立てているようだった。

 わか姉は顔を伏せたまま黙り込んでいる。

 長い沈黙にもうダメかなと考えた時、わか姉が顔を上げた。


「……みんなって訳じゃないけど、1年生のダンスは元気がないような気がした」


「……元気」とアタシは呟く。


 そう言えば部長も「楽しむことができていなかった」と反省していた。

 それが重要なことは何となく分かる。

 3年のひかり先輩のダンスなんて、見ているだけで踊りたくなってしまうほどだ。

 しかし、現実問題としてダンスの技術を高めようとすればそういうことまで気が回らなくなる。


「難易度の高いダンスを目指しすぎているってこと?」


 アタシの質問にわか姉は首を捻る。

 会話のテンポが噛み合わないのでイライラすることが多く、こういう話をすることは普段なかった。


「早也佳先輩は何か言ってた?」


 早也佳先輩はアタシの憧れの人だ。

 ダンス部に入ったのも先輩がいたからだ。

 厳しいことを言われたらショックを受けそうだったのでこの前のダンスの感想は聞いていない。


 わか姉は「……1年生のことは特には」と返答し、アタシはホッとすると同時に胸の奥に痛みも感じる。

 何も言わないということは、言う価値がなかったのかもしれない。

 話を打ち切ろうとしたアタシに、ハッと思い出したようにわか姉が声を上げた。


「あ、若葉ちゃんのダンスは褒めていたよ」


 意外な名前が出て来て、アタシはポカンとする。

 つい、「若葉って若葉のことだよね?」と確認してしまう。

 1年生には若葉という名前の部員がふたりいるので、間違われた可能性はゼロではない。

 だが、わか姉は「晴海若葉ちゃんのことだよ」と間違いではないことを示した。


 アタシは自分の部屋に戻る。

 その間にイベントで若葉がどんなダンスを踊っていたか思い出そうとしたがほとんど記憶になかった。


『若葉、どんなダンスだった?』とみんなに聞く。


 可馨はアタシ同様覚えていないようだったが、さつきは『一生懸命って感じだったかな』と答えた。

 同じ若葉であるコンちゃんは『元気そうではあったね』と頬に手を当てて言った。

 みっちゃんは『若葉、イベントのあと須賀先輩に褒められていたみたい』と教えてくれた。


 アタシたちが集まる時はたいてい若葉も一緒にいる。

 しかし、彼女は自分のスマホを持っていないため今日のオンラインチャットには参加していない。

 ダンスの技術だけで言えば、彼女は1年生の中で平均より少し上くらいだろう。

 その彼女が3年生から注目を浴びたのだ。

 何かアタシたちに足りないものが彼女にはあったに違いない。


『みんなで押しかける訳にもいかないから、明日アタシとコンちゃんで若葉ん行くか』


 この提案にみんなが頷くのを見て、アタシは拳をギュッと握った。




††††† 登場人物紹介 †††††


恵藤奏颯(そよぎ)・・・中学1年生。ダンス部。統括班。1年生部員の中心であり、ダンスの技量も2年生に劣らない。次期部長候補と目されている。


可馨(クゥシン)・・・中学1年生。ダンス部。イベント班。アメリカ育ちの中国人。ダンスの腕は部内トップ。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。イベント班。可馨の親友。関西出身。


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。練習メニュー班。名前がかぶるのでコンちゃんと呼ばれている。


小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。統括班。次の副部長と期待されている。


晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。練習メニュー班。


恵藤和奏(わかな)・・・中学3年生。元ダンス部。奏颯の姉。


山本早也佳・・・中学3年生。元ダンス部。和奏の親友。後輩から慕われていた。

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