令和3年1月6日(水)「変わりゆく日常」辻あかり
北風がグラウンドを吹き抜ける。
雲によって陽差しが遮られているので半端なく寒い。
動いているうちはいいが、インターバルに入ると瞬く間に身体が冷える。
ひとつひとつの練習時間を短くして、合間に頭の整理をするというのがダンス部の練習法だが、真冬の屋外で行うには向いていなかった。
短い休憩中もキチンとマスクをするようにというお達しが顧問の岡部先生からあった。
これまで、なあなあでやって来た部分が冬休みの練習から見直された。
体育館ではなくグラウンドでの練習になったのもその一環だ。
でも、新型コロナウイルスは防げても、普通に風邪を引くんじゃないかと心配になる。
インターバルを若干短めにするよう指示をして、寒さに耐えるしかない。
「新年や言うのに、もひとつ元気がないね」とあたしの隣りで副部長の琥珀が嘆いた。
2学期の終業式の日に行ったダンス部のイベントの出来がもうひとつだったことが尾を引いている。
張り切って自分たちで準備をしていた1年生が落ち込んだままだった。
次の機会――卒業式にダンス部のパフォーマンスを披露して先輩たちを送り出そうという計画――にこの失敗を活かそうと声を掛けているが、その機会が訪れるかどうか不透明になってきている。
また緊急事態宣言が出されるということでみんな不安そうだ。
一斉休校はしないという話だが、感染を怯える子もいれば制約が増えそうだと煩わしく感じている子もいる。
「仕方ないよ」と肩をすくめたあたしは部員たちを見回した。
マネージャーの1年生小倉美稀は忙しそうに部員たちの間を駆け回っている。
同じく1年生の恵藤奏颯はほかのメンバーから少し離れた場所で休憩を取っていた。
あたしは琥珀とともに彼女のもとに向かった。
「奏颯ちゃん、このあとのことだけど」
彼女は顔を上げてこちらを見る。
凜々しい顔立ちだ。
同じ女子から人気があるのも頷ける。
「ミーティングの予定だったけど、この寒さでしょ。今日はコアメンバーだけにしてオンラインで済まそうと思うの」
本当は多目的室を借りて部員全員で行いたいところだが、かなりの密集になるのは避けられない。
おそらく岡部先生から許可を得られないだろう。
かと言ってここでやるには寒すぎる。
「分かりました」と奏颯ちゃんは素直に頷いた。
後輩ではあるが彼女を始め1年生の一部は納得しないと議論を仕掛けてくる。
そのためこうしたお願いひとつとっても気を使ってしまう。
あたしはホッとした表情になったが、奏颯ちゃんは思い詰めた顔で「あの……」と口を開いた。
「大丈夫でしょうか、部活」
学校が休校にならなくても部活は活動停止になるかもしれない。
こればかりはあたしたちではどうにもならないことだ。
「どうだろうね。去年は休校中に公園とかに集まって練習したこともあったけど、いまは大人数だし目立ちすぎるよね」
横で聞いていた琥珀も「そうやなあ。外で集まるのは無理やろね」と同意した。
全員が参加するとは限らないが、それでも結構な人数になる。
「自主練を前向きに頑張るモチベーションが欲しいよね。その辺りはほのかに頑張ってもらわないと……」
部活停止の可能性もあらかじめ考えておかないといけない。
1年生は休校中はまだ部員ではなかったので初めての経験となる。
自主練だけになってしまうとやる気が削がれる部員が増えそうなので対策は必要だろう。
「ダンスはひとりでも練習ができる競技なんだから前向きに考えよう」とわたしが奏颯ちゃんに声を掛けたところで、マネージャーたちが次の練習の準備をするよう合図を出した。
練習が終わると更衣室で着替えだ。
1年2年で分けて利用していたが、さらに少人数に分かれて使うことになった。
順番待ちが大変なことになるので、いままでよりも急いで着替えなければならない。
更衣室での会話も禁止だと後輩に言っている手前、自分も口を開かずに黙々と着替えを済ます。
更衣室を出てやっとホッとできる。
もちろんすぐには帰れない。
部長として部員の行動に目を光らせる必要があった。
あたしの場合ダンスの実力ではなくこういう雑用を引き受けるから部長になれたのだ。
琥珀に活動ノートへの記録を任せ、あたしとほのかが更衣室前で見張っている。
少しくらいの私語は大目に見るが、誰かが喋り出すとどうしてもほかもつられて話し始める。
それはだんだんと大声になってしまう。
女子中学生はお喋りが仕事みたいなものだ。
それを禁じるのはどうかと思うが、当分の間はこれを守っていくしかなかった。
部員全員が着替えを終え家路についたのを確認してから、あたしたちも帰宅する。
ダンス部は秋から1年生も部の運営に携わるようになったが、まだまだ2年生とは意識の差があった。
特に顕著なのが感染症対策だ。
部活動とは無関係だとしても、部員が感染すれば厳しい目で見られたりいろいろ言われたりするだろうと上級生は肌で感じている。
下級生たちにはそこまでの危機感はないようだった。
もしかしたら先輩たちもあたしたちのことをそんなハラハラした気持ちで見ていたのかもしれない。
「いつまで続くんだろうね」
帰り道で横を歩くほのかにそう漏らした。
頼りないとよく言われるあたしだが、みんなの前ではなるべく弱音を吐かないように気をつけている。
「暖かくなれば少しはマシになるんじゃないの」
ほのかがそう言うのならきっとそうなのだろう。
確かに去年も5月6月頃になると落ち着いた感じだった。
「冬来たりなば春遠からじって言うでしょう?」とほのかは言うが、わたしは「何、それ?」と首を傾げる。
ほのかは顔をしかめてこちらを見る。
それから前を向いてどう説明するのか考え込んでいた。
「どん底まで来たらあとは上がるだけって感じ? いまが本当にどん底なのかは分からないけどね」
前回は緊急事態宣言が出て大変だったけど、その時がどん底で徐々に良くなっていった。
だから、今回も……。
あたしはそう願わずにはいられなかった。
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。彼女自身は世の中の騒ぎを大げさだと感じているが、ダンス部のことを考えると感染症対策を徹底しなければならないと思っている。
島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。周囲に注意することが多いため自分が真っ先に感染したくないという思いはある。
秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。感染したら運が悪かったでいいじゃんと考えているが、さすがにそれを口にしない分別は身についた。
恵藤奏颯・・・中学1年生。ダンス部。マネージャーの美稀とともに統括担当。1年生のまとめ役であり次期部長候補。感染対策はかなりルーズ。
* * *
ほのか「自主練のモチベーションアップか……。難しいわね」
あかり「あたしの場合ほのかがいることが大きかったんだよね」
ほのか「ずっと一緒にやっているものね」
あかり「それだ! ダンス部全員ペアを作ってモチベーションを向上させるってどう?」
ほのか「そんなにうまくいくかな?」
あかり「ラブラブじゃないとうまくいかないか……」
ほのか「いや、そういう話じゃ……」
あかり「まずはカップル作りだね」
もちろん、この提案を聞いた琥珀がぶち切れて闇に葬り去られましたとさ。




